第2話 もじゃもじゃとの遭遇

 私が西の森へと向かい嫁入りする日、両親と兄は勿論、遠方から駆け付けてくれた姉夫婦、数こそ多くないがいつでも私たちの暮らしを支えてくれたメイドや執事たちみんなが揃って私を見送ってくれた。

 用意された馬車に乗り込むまでの間、私が行きたくないなら行かなくても良いと、例え家が没落しようとも、お前が幸せになってくれる方が大事だと、父や母は何度もそう言って私を抱きしめてくれたし、兄や姉も涙ぐんで自分たちが代われるのなら代わりたいと嘆いてくれる。

 メイドや執事たちも各々せめてこれを持って行って欲しいと、お菓子だったり手作りのひざ掛けやカーディガンなどを持たせてくれて、その気持ちの暖かさに私も泣いてしまいそうになった。

 別れは寂しかったけれど、この人たちを守る為だ…と思うと、決意はより強くなって、私は皆にしっかりとお別れを告げ、馬車へと乗り込む。

 窓から皆の姿が見えなくなるまで私はずっと手を振り続けたし、みんなもそうしてくれていた。


 西の森までは馬車を使っても大分時間がかかる。実家が見えなくなり、手を振るのを止めた私は、大人しく座って外の景色を眺めていた。

 そうして次に考えるのは、嫁ぎ先のこと。魔法使いだと恐れられ、嫌われる男は一体どんな人なんだろう?ってことだった。


 例えばそう、死人みたいな黒ずんだ肌の色をした、見るからに不健康で陰鬱な雰囲気を漂わせる男だとか、あるいは野獣のように屈強な体の全身がごわごわの体毛で覆われた野蛮そうな大男であるとか——————????


 "魔法使い"と言う存在について私が知っているのは、人知を超えた、神々を冒涜する力を使う… 恐ろしくて、非常に不道徳な存在と言うことだけで、その姿を見たことはない。

 人々の多くも殆どが恐らくは"そう"で、町の子供たちに対して大人たちが「早く寝ないと魔法使いに攫われてしまうよ」なんて寝かしつけが行われることもあるらしいことを考えると、何処かお化けか妖怪みたいな存在に思われている節もある。

 だから、そんなに嫁入りする…なんて話は、いまだに私にとっても何処か非現実的で、"不思議"と言う感覚が抜けないでいた。


 次第に馬車は大きな街道を外れ、森へ続く細い道へと入って行った。

 道は段々とデコボコし始めて、馬車は当然揺れが激しくなり、ちょっとお尻が痛くなったりもしてしまう。人が多く使う道は整備されているけれど、ここはそうではないのだろうってことが、道の状況からもわかってしまうね…。

 ともあれ、この道の先に魔法使いが住む館があるらしい。魔法使いとの出会いの瞬間が近づいていると考えると、私は好奇心と不安の両方の意味でドキドキしてきた。

 そうこうしているうちに道は森へと入り、周囲に見えるのは豊かな木々ばかりと言う景色になって行く。

 緑豊かなその景色は、自分の家にいた頃には見ることが出来なかったもので、何だかワクワクしてしまう。森の緑ってこんな風に深い色をしているんだ…とか、空気が澄んでいる気がする…とか、そんな風な違いも感じられて新鮮だった。


「??!」


 そんな時だった。馬車が急停止し、私はその衝撃で座席から転げ落ちそうになったのを慌てて踏みとどまった。

 どうしたんだろう?と窓から外を見てみると進行方向の道の脇に何かが落ちている。


——————否、倒れている!


「だ、大丈夫ですか!!?」


 私は止める従者の声を無視して、咄嗟に馬車を駆け降り、その人を介抱する。

 ボロボロの汚れた布の服を着たその男性は、背が高く、一見すると痩せているのに抱え起こす時に触れた感覚は、意外とがっしりした体つきだった。

 ただ、そんなことよりなにより気になるのは、ボリュームのあるもしゃもしゃの髪!!その髪のせいで倒れている時に別の生物だと思ったくらいだった。


「…うーん………あれ……キミは……」

「……あ、良かった」


 男性に意識があったことに私はほっとした。

 男性は「?」マークを浮かべている。


「意識は大丈夫みたいですね…。痛いところはないですか?見たところお怪我はないみたいですが…。…あ、良かったこれ、お水です。どうぞ」


 荷物から取り出したお水を飲ませてあげると、男の人はどこか遠慮がちにそれを飲み干し、一息ついた様子だった。


「あ、ありがとうございます…」

「いえいえ、偶然通りかかっただけですが、倒れている人を放っておけませんから…」

「そうなんですね…。でも、こんなところに貴女は何の御用で…?」


 男の人が不思議そうに私の顔を見やる。もじゃもじゃの髪は目元も隠しているので、その表情は見えにくいが、どこか戸惑っているように見える。


 ————そう。この西の森と呼ばれる広大な森には、国中から恐れられ、嫌われている魔法使いの館があるくらいで、あとは何もない。

 勿論動物だったり植物などの森の恵みを求める狩人や薬草採りが森に立ち入ることはあるだろうけれど、魔法使いの縄張りに踏み入らない様に、彼の住む館の近くには絶対に立ち入らない様にしていると聞く。だから、彼の館の周辺にやってくる人間なんてほとんどいない、ということなんだろう。

 そんな場所に私みたいな女が一人いたらそりゃあ不思議に思うのも当然だろう。


「あ、申し遅れました。私、メーデルと申します。王都の方から、この先にあると言う館に嫁ぎに来まして…」

「…そうなんですね。町から離れたこんなところまで来るなんて大変でしたね…」

「…いえいえ、想像していたよりもずっと豊かで美しい森で…空気も美味しいし、素敵な場所だなって思っていたところなんですよ」

「そうですか…?……って、嫁入り?え?」

「え?」

「………」

「………」


 私と男の人は無言で見つめ合ってしまう。


「えっと、貴方の方はどうしてこんなところに倒れていたんです?」

「……あ、俺は…、この森に住んでるんですが、王都から来る予定の客人の様子見に来て……、ここ数日あまり寝てなかったせいか待っているうちに眠たくなっちゃって、気が付いたら寝ちゃったみたいで……」

「……まぁ」


 髪で隠れて良く見えないながら、よくよくみると目の下に酷いクマが出来ている!

 何のお仕事をしている人なのか想像もつかないけど、油断をするとこんなところでうっかり寝てしまうほどなんて…、寝る時間も惜しんで夜中まで働いている人なのかも知れない…!


「…でも…その王都からの客人って…もしかして…」

 私が自分を指さしつつそう口にすると、男の人はじっと私を見つめながら、おずおずと口を動かす。

「…え、でも…それじゃあ、貴女は一体誰に嫁ぎにきたんですか?この先にある館に住んでいるのなんて俺だけで…結婚するような相手なんて…」

「え?」

「え?」


 また二人で疑問符を浮かべて、見つめ合ってしまう。


「……貴方は"魔法使い"さんですよね?」

「……は、はい。そう呼ばれています…」

「じゃあ、私、貴方に嫁ぎに来たんですよ」

「………」

「………」

「…えッ、ええええええええええ!!!!?」


 もじゃもじゃの毛玉…もとい男性が顔を真っ赤に染めながら大きな声で叫んだ。


(…客人が来るとしか知らなかった…なんて、彼はもしかして婚姻関係を結ぶって話の説明をされていないの!?)


 予想外の展開に私自身も動揺してしまう。…しかし、もし彼にその気がなかったとしても、今更私も実家へは帰れない。

 仕方がないので、あわあわと慌て続ける男性が落ち着いてくれるのを待ちながら、私は彼に、どこからどこまでの事情をどんな風に説明したものか…と言うことを脳内シミュレートすることにしたのだった。

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