第17話「デートの約束」

「なんでツグミさんが、ミクジなんかと……。なんで俺じゃなくて、ミクジなんかと……」


 なんとかソウタをなだめた後も、ソウタはずっと念仏のようにブツブツと文句を言っていた。ミクジなんかと、と言われてしまうのは不愉快だったが、実際僕自身もツグミさんの方から連絡が来るとは思ってもいなかったから、何も言い返さないでいた。


「おい、ミクジ。お前はどうするんだ?」


 ソウタはそう言いながら、僕から奪い取ったスマートフォンを軽く投げた。僕は慌てながらもなんとかそれをキャッチして返事をする。


「えっ、どうするんだって言われても……」


「デートするのか?ツグミさんと二人きりで」


 僕は返事に困った。僕としてはもちろん、デートをして二人の関係性を深めるべきであろう。それがレンを救う唯一の方法だから。ただ、ツグミさんのことを好きだというソウタの目の前で、ツグミさんとデートをする気だなんてことを言えるわけがない。


「うーん、ちょっと考えてみるけど……」


 僕のあやふやな回答が癪に障ったのだろうか。僕がそう言うと、ソウタは眉間を狭めて、僕を睨めつけるようにしながら話し始めた。


「いいか、俺とお前は今日からライバルだ!俺はすぐにでもツグミさんに告白して、絶対に付き合う!!それが嫌なら、お前が先にツグミさんに告白して付き合ってみるんだな」


 ソウタはそう言うと部屋のドアへと向かって歩き出し、自分の部屋に戻ろうとしだした。まずい、このままだとソウタもレンと同じようにツグミさんに告白して、同じような結末を迎えてしまうかもしれない……。


「ソウタ君、冷静になって!勢いで告白しても、ツグミさんとの関係性が壊れるかもしれないだけだよ!!恋愛は、当たって砕けろじゃダメなんだ!」


 僕が慌ててそう言うと、ソウタはゆっくりと振り向いた。頼む、僕が人様の恋愛にアドバイスできるような立場じゃないのは分かっているけれど、ソウタのことを本心から心配していることが少しでも伝わってくれれば……。


「アドバイスありがとよ。俺も馬鹿じゃないから、勢いだけで当たって砕けるような真似はしないぜ。1ヵ月後だ。1ヵ月後までに俺はツグミさんに好きになってもらって、告白して付き合ってやる」


 ソウタは手のひらから人差し指を力強く立てて、1ヵ月後だと強調しながら僕に言った。


――バタン!!


 ソウタは僕の部屋のドアを大げさに強く閉めて出ていった。一人きりの部屋で、台風が過ぎ去った後かのような静かさに、世界に僕だけが取り残されたような感覚がした。ソウタがツグミさんに1ヶ月後には告白をする。それまでに僕はツグミさんから愛の告白を受けなければ、きっと次はソウタが死ぬ。


(……メッセージの返信、しなきゃな)


 僕は一度落ち着いて、自身のスマートフォンを取り出した。そして、ソウタがさっき勝手に読み上げたメッセージを自分の目でも改めて確認してみる。


(本当にツグミさんからメッセージが来てる!しかも、二人きりで会いたいとしっかり書いてあるな……)


 どうやって返信をしようかと考えながら、勢いに任せて画面を指で右往左往にスワイプして文字を打ち込んでいく。


『ツグミさん、こちらこそ今日はありがとう!僕もツグミさんと一緒に練習が出来て楽しかったし、魔法も上手くなれた気がしました。僕も、良ければ二人きりで会ってみたいです^^』


 こんなかんじの文面でどうだろうか。無難で問題ないような気はするが、無難すぎるような気もしてくる。異性との文面でのやり取りは慣れておらず、どういう文章が正解なのか見当もつかない。


(二人で会うとして、一体どこで会うのが良いんだろう……?それに、会ったとして何を二人でするべきなんだろう……?どうすればたった1ヵ月でツグミさんに好きになってもらうことができるんだ……?)


 勢いだけで文章を打ち込み動き回っていた僕の指は、次第に速度を落とし遂には完全に停止してしまった。ツグミさん送るべきメッセージが全て予測変換で書き綴られていけばいいのに、と思った。ソウタがツグミさんに告白してしまう1ヵ月後までに、僕はツグミさんから告白されないといけない。そう考えると、このメッセージの内容は絶対に失敗できない重要案件だった。


――ブルブルブル


 突然、持っていたスマートフォンが振動した。驚いた僕は部屋の天井に届きそうなくらいの高さまでそのスマートフォンを放り投げてしまった。


「いてっ!!」


 硬いスマートフォンは天井の方を見上げた僕の鼻のど真ん中へと見事に着地した。鼻の骨が揺れて顔全体に痛みが伝わる。僕の遅すぎる反射神経によって動かされた手は、空気だけをむなしく掴んで情けなく空中で固まっていた。


(こんな時に誰からの連絡だよ……。せっかくツグミさんへの返信を真剣に考えてたのに……)


 僕は痛みでジンジンとする鼻を片手で押さえながら床に落ちたスマートフォンを拾って指紋認証でロックを解除すると、画面がぱっと明るくなり、メッセージの通知が目に入る。


「……今度は、ミリンからメッセージだ」


 ツグミさんからだけでなく、ミリンからもメッセージが来るとは思ってもいなかった。僕の指は勝手に動き出す。スマートフォンの画面には1スクロールでは収まりきらないほどの長文のメッセージが表示された。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る