第14話「連絡先の交換」

「……私、ミクジ君と連絡先の交換はできないよ」


 ツグミさんからの返事は予想外だった。僕は全てにおいて彼女のことを甘く見過ぎていたのかもしれない。僕には手が届かないような存在であることは分かっていたつもりだったが、連絡先の一つや二つも交換できないほどだとは思っていなかった。


「なんで、ミクジ君は連絡先の交換がしたいの?私達ってそんなに連絡することあるかな……?」


 ツグミさんは純粋に不思議そうな顔で僕にそう言う。ぐぬぬ……、とそのまま思ったことを口に出して言いそうになったが、ぐぬぬなんて口頭で言うやつは阿呆だと思われるので、僕は冷静を装って表情を変えないようにした。だが、何か言われた時の言い訳を先に考えておいてよかった。僕はタンスの引き出しを開けて畳まれた服を取り出すように、簡単に返事の台詞を取り出して喋った。


「えっと、また今度魔法の練習したりするときに、連絡ができたら便利かなって……」


「うーん、それは、学校で話すだけでも問題ないんじゃないかな?」


 ツグミさんは即答した。僕が何を言ってくるのかあらかじめ予想していたのか、と疑わざるを得ないくらいの早さだった。もしくは、僕の会話はすべて否定すると頭の中で決めているかのようだった。


 確かに、連絡先交換をしなくても学校で話せばいいもしれないけど、逆に言うと学校以外でも気軽に話せるように連絡先くらい交換しても問題は無いはずだろうに。そこまで言って連絡先の交換を否定する理由があったりでもするのだろうか。一方的にボディーブローを喰らい続けているかのように、会話を続けるたびに心にじわじわとダメージが与えられる。ツグミさんは僕のことが嫌いなのだろうか、と自分にどんどんと自信がなくなってくる。


「……」


 僕の頭の中の引き出しをいくら開けても、使えそうな台詞は出てこなかった。僕が返事に困っていると、ツグミさんが質問を畳み掛けてくる。


「ねえ、ミクジ君は、私のことが好きなの?それとも、ミリンちゃんのことが好きなの?」


 思いがけない方向からの質問が飛んできた。胃の中でキュッと氷が滑るような感覚がした。僕はなんと答えればいいのか分からなかった。僕はツグミさんが好きです、と答えれば、僕はツグミさんに告白をしたことになり殺されてしまうかもしれない。かといって、ミリンが好きですと言うと、僕がツグミさんに告白される可能性は限りなくゼロに近づくし、もしかすると同じく魔法少女であるミリンに殺されてしまう可能性もなくはない。レンを殺した魔法の発動条件が詳細に分かっていない今、下手に回答をするのは危険すぎる。


「えっと、ツグミさんはどうしてそんなことが気になるの?」


 質問には質問返しをする、というのが僕ができる最大限の抵抗だった。ツグミさんは少し困ったような表情をする。


「……だって、男の子が女の子に連絡先を聞くなんて、それって好きだって言っているようなもんじゃない?」


 ツグミさん、意外とピュアだった。僕が少し警戒しすぎていたのかもしれないと思い、拍子抜けする。ツグミさんはただ照れて恥ずかしがっているだけだとすると、連絡先の交換をしないと言ってくるのも頷ける。……これはチャンスなのかもしれない。なにか上手く返事をして、ツグミさんに僕のことを意識させることはできないだろうか。


「……そ、そそそそ、そんなわけないだろ!」


 僕は咄嗟に演技をすることにした。分かりやすく焦り、分かりやすく動揺しながら言い返した。相手に自分の気持ちがバレたくなくて強がる思春期の少年を演じたのだ。この演技で、逆にツグミさんも僕のことを意識せざるを得なくなるだろう。


「そそそ、そうだよ!ミクジ君がツグミさんか私のどっちかを好きだなんて!……そんな訳ないよね!」


 なぜかミリンも凄く動揺していたようだった。いきなり登場してきたミリンのせいで、会話のペースが乱れてしまう。


(ん、どういうことだ……?ミリンは僕のことを意識しているのか……?)


 ミリンの言動に、僕は混乱してしまう。最近、ミリンの言動が少しおかしくてよく分からない。いや、元からおかしい奴だったような気もするが、そのおかしさに拍車がかかっているような気がする。


「そっか、私考えすぎてた!ミクジ君がミリンちゃんのこと好きなんだったら、私が連絡先交換しちゃうのも悪いかなと思って……!」


 僕が、ミリンのことを好き……?突拍子もない発言に意識を持っていかれる。僕達はただ幼馴染なだけで、そんなはずはない。そんなはずはない、よな?


「あはははは、そんな訳ないやん!せっかくやから三人で連絡先交換しよっ」


 僕が何かをしゃべる前に、ミリンが顔を赤くしながら話を進めてくれた。なんだかんだあったが、僕達はお互いに連絡先を交換して、いつでも電話やメッセージのやり取りができるようになった。恋愛ゲームでいうと、ここまでがチュートリアルで、今からが本編スタート、と言う感じだろうか。ひとまずは、ツグミさんとの関係性を進められたのだと僕は安心した。


(これでいつでも僕は攻撃を仕掛けることができる……!恋の駆け引きのスタートだ……!)


 そんなことを考えながら、僕は今日も一人で陽気な鼻歌を歌いながら寮へと帰っていった。


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