第12話「落下再び」

(ヤバイ、このままだと今度こそ本当に落ちて死ぬぞ……!!)


 高所からの落下は何度経験しても慣れない恐怖だった。そのまま落ちてしまうと死ぬということは、本能的にすぐ分かることだった。だが、前回の落下と違うのは、自分にしっかりとした意識があることだ。


(飛べ、飛べ、飛べ、飛べ……!!)


 僕は重力に強く引っ張られながら、眉間に意識を集中させ空を高く飛んでいくイメージを強く描いた。地面に落ちる前に、このホウキが浮力を持って、そのまま高く飛びあがるイメージだ。魔力が眉間から血管を通り全身に巡り、それがホウキにも伝わり飛んでいくのだ。


「……あっ」


 気付くと僕のホウキが浮力を持って、プールに浮かぶ浮き輪に乗っているかのように僕は自然と空を飛んでいた。目の先には校舎の屋上があり、僕はほとんど地面に近づくことなく、魔法によって空が飛べているということに気づいた。僕の心臓は爆発して死にそうなくらいバクバクしながらも、自分の力で魔法を上手く操れたことに喜びを感じていた。


「……ミクジ、私も飛べたよ!!」


 どこからか、ミリンの嬉しそうな声が聞こえた。どうやら、ミリンも無事にホウキで空を飛ぶことができたようだった。


「二人とも、よく飛べたね!本当に、おめでとう!」


 ツグミさんの嬉しそうな声が遠くなった地面から聞こえる。自分のことに精一杯すぎてミリンのことは正直考えられていなかったが、僕もミリンも結果的に飛べるようになったのならひとまずは良かった。流石に、ツグミさんが僕を殺すつもりだというのは僕の考えすぎの勘違いだったようだ。ツグミさんのスパルタな指導方法は間違っていなかったのだろう。僕は肩の力を抜いた。


「……アカン、私、もう無理や……」


 ミリンの力のない声がどこかから聞こえた。声の大きさと聞こえた方向を考えると、もしかするとミリンは僕より遥か上空にいるのかもしれない。そう気づいて空を見上げると、黒髪のショートヘアを激しく揺らしながら、少女が頭から地面に向かって落下をしていた。


(僕がこの前飛んだ時と同じだ……。魔力の使い過ぎで、一気に集中力が切れてしまったんだ)


「ツグミさん、ミリンが危ない……!!」


 僕は大きな声で叫んだ。ツグミさんの魔法で、ミリンを浮かして助けてもらう。それ以外にミリンを救う方法は無い。ツグミさんは、僕の声に気づき急いでステッキを構え始めた。


「ダメ……!間に合わない!!……てっきり二人ともちゃんと飛べたんだと思ってた……!」 ツグミさんの泣きそうな声が、事態の深刻さを僕に認識させた。ツグミさんの魔法ではもう間に合わない。気づくのが遅すぎた。このままだと、ミリンが死んでしまう。もう、僕は誰が死ぬところも見たくないのに……。


(飛べ、飛べ、飛べ……!ミリンを助けないと……!)


 なんとか眉間にイメージを集中させて、ホウキに魔力を送り込んでいく。ホウキは僕の心の焦りを感じ取っているかのように、不安定に蛇行して上空へと暴走しながら昇っていく。


「ミクジ君、飛ぶことだけじゃなくて、前に進むことも一緒に意識して!!」


 ツグミさんの必死な声が僕の耳まで届く。そうだ、飛ぶだけじゃなくて前に進まないといけないんだ。僕はミリンの落ちていく場所に向かって、ミリンより早くホウキを前に進ませないといけない!前に進め、前に進めと眉間に意識を集中させる。冷たい汗が僕の額を流れる。


「……ナイスキャッチ!!」


 ツグミさんの嬉しそうな声が聞こえた。気づくと、僕のホウキは地面すれすれを浮かんでおり、僕はそれに乗りながらミリンの体を下手くそにお姫様抱っこしていた。ミリンは顔を赤らめて恥ずかしそうにしていた。二人の人間の間であくびが移ってしまうように、僕の顔もいつのまにか赤く熱くなってしまった。


「死ぬかと思ったぁ……!」


 ミリンの鼓動が、僕にも伝わるくらいに激しく早くなっていた。ミリンは足をバタバタさせて、すぐに降ろして!、と言うので、僕が命を助けてあげたのになと思いながら、それは口にせずに地面にゆっくりと彼女の足を降ろした。ミリンはゆらゆらとしながら、自分の足で地面に立った。


「本当にごめん……!もし二人が落ちそうになっても、私が魔法で浮かせるつもりだったんだけど、油断してた……」


 ツグミさんは泣きそうになって綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしながらそう言うと、僕たち二人に向かってすっと頭を下げて土下座をした。女性に土下座をされた経験なんてもちろんなかった僕は、ただ茫然として立ち尽くしてしまっていた。慌ててミリンが彼女を抱きしめて、土下座を辞めさせてその場に二人で座り込んだ。ツグミさんの綺麗な長い髪には、校庭の土が荒々しくついていた。


「大丈夫だよ……!私も油断しちゃったから!……ツグミさんのおかげで、初めてちゃんと自分で空が飛べたから、私は凄く嬉しい……!」


 ミリンはツグミさんの髪を撫でながら、そう言った。髪からぽろぽろと土が落ちていく。ミリンのその言葉は慰めではなく、本心から言っているように僕には思えた。


「僕も、今日初めてちゃんと空を飛べた感じがする。スパルタ過ぎて、正直死ぬかとは思ったけど!」


 僕が笑いながらそう言うと、確かに死ぬかとは正直思ったとミリンが笑いながら続く。ううー、と言葉にならない言葉を言いながら、ツグミさんはミリンの胸の中に顔を埋めて泣いてしまった。ミリンは何も言わずに、ツグミさんの髪から土を払って、静かに撫で続けた。すっかり疲れきってしまった僕は、二人の前に座り込んだ。


「……ミクジも、助けてくれてありがとうね。すごく嬉しかった」


 ミリンは大きな丸い瞳でまっすぐ僕の方を見ながら、少し恥ずかしそうにそう言った。僕はその瞳を見ていると、強い魔力で吸い込まれるような感覚がして、目が合った後にすぐに目をそらした。何もない校庭の地面を見ながら、うん、とだけ小さな声で返事をした。


(ミリンって、こんなにかわいかったっけ……)


 ――僕は、ミリンのことを好きになってしてしまいそうになっていた。僕の心臓は空から落下していた時よりも早く鼓動していた。今までミリンと一緒にいた時には感じたことのなかった感情が僕の心の中に満たされていた。ただ、今更幼馴染であるミリンを好きになってしまうはずなんかない、と僕自身はその気持ちをうまく認められなかった。


(いや、これはただの吊り橋効果ってやつだ……!あの高さから落ちたら、誰でも死ぬかと思って心臓がドキドキするし!異性が近くに居たら好きだと勘違いして当然!)


 恋愛経験の少ない僕は、自分で持っている最大限の恋愛知識をこじつけて、今まで感じたことのないこの気持ちを誤魔化した。


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