第8話「放課後」

――キーンコーンカーンコーン


 今日最後の授業が終わるチャイムが校内に鳴り響いた。僕は渋い顔をし、非常にまずい、と思った。ツグミさんに誘われた魔法の練習の件について、僕は今日どこかのタイミングでツグミさんに話しかけよう話しかけようと思っていた。だが、気づけばいつの間にか放課後になってしまっており、クラスメイトは各々下校を始めだした。昼に廊下で一人スキップをするほどのルンルン気分だった僕も流石に冷静にならざるを得なかった。


(やばい、このままだと今日1日も話しかけることなくツグミさんが帰ってしまう……。というか、ツグミさんの方から話しかけてくれるのも期待してたんだけど、全然話しかけてくれなかったな……)


 そういえば、自分からツグミさんに話しかけたことは今までほとんどなかった気がする。クラスでツグミさんに声を掛けるきっかけなんて今までなかったし、きっかけがあったとしても女子に話しかけるのはハードルが高く苦手なのだ。どうやってツグミさんに声をかけるのが正解なんだろうか。悩み始めた僕の脳内には、恋愛シミュレーションゲームの選択肢のようにいくつかの台詞が浮かび上がる。僕は恋愛経験は少ないが、シナリオに沿って女子からの好感度を高める恋愛シミュレーションゲームは経験豊富で実に得意なのである。


①「ツグミさん、元気してる?そういえば、昨日魔法の練習に誘ってくれたよね!僕はいつでもいいんだけど、いつ一緒に練習しよっか?」……うーん、まあ悪くもないけど良くもないな。自分が一緒に練習をしたがっているみたいでちょっとダサい会話かもしれない。


②「こんにちは、ツグミさん。今日の放課後もいい天気だね。空は少しずつ赤く染まってきて、ほうきで空を飛んだらさぞ気持ちいだろうなあと感じているよ。あ、でも僕は空を飛ぶのが苦手なんだった。ところで、つぐみさん昨日なんか僕に言ってなかったっけ?」……これは会話の中にヒントを盛り込んで、ツグミさんに昨日のことを思い出させる作戦だ。うまくいけば、自然な流れで話が進むかもしれない。


③「ツグミさん、君は今日僕に何か言いたいことがあるんじゃないか?照れてしまう気持ちも分かるが、それだと僕には伝わらないよ。さぁ、勇気を出して僕に話をしてみてごらん。僕はいつでも君からの言葉を待っているよ」……これくらい強気に言うのも、男らしくて良いのかもしれない。ツグミさん、強い男が好きそうだし。


「ミクジ君、何してるの?」


 僕の脳内での作戦会議中にいきなり話しかけてきたのは、ツグミさん本人だった。まさかのご本人登場で、相手から先手で話しかけられるパターンは想定していなかった。そんなの卑怯だ、と感情がそのまま口から出そうになったが何とか堪えた。


「えっと……ツグミさん、君は今日僕に何か言いたいことがあるんじゃないか?」


 僕は咄嗟に吐き出す台詞として③の案を採用した。理由は、一番最後に考えた案が③の案だったから、すぐ台詞が思い出せたというだけだ。


「え?」


 ツグミさんからの返事はたった一文字だった。


「え?」


 僕もその言葉を反復した。脊髄反射で反復するしかなかった。僕の脳内に次の会話の選択肢は浮かび上がらない。僕は3択の選択肢を間違えて選んでしまった。いや、そもそも現実と恋愛シミュレーションゲームはシステムが違っていて、この3択に正解は無かったんだと冷静になった今頃気づいたのであった。


 僕とツグミさんの間に沈黙が流れる。長続きするカップルはお互い沈黙のままでも心地いいという話をどこかで聞いたことがあるが、これは決して気持ちのいい沈黙ではなかった。沈黙が長すぎて、時間を止める魔法でも誰かが使ったんじゃないかと思った。だが、今のご時世時間を止めるのは禁断魔法となっており、この学校で使える奴なんかいるはずがない。そんなくだらないことを考えながら、二人は長い時間沈黙していた。


「なにしてんの、ふたりとも!」


 心地悪い沈黙を破ったのは、幼馴染のミリンだった。ミリンは不機嫌そうに僕とツグミさんの間に割って入ってきた。不機嫌だろうがなんだろうが、この無音な世界を救ってくれた救世主に僕は感謝の気持ちしかない。ミリンの声がしっかりと僕の鼓膜を振動させてくれたことで、僕は誰もこの学校で時間を止める禁断魔法を使っていないことが分かって安心した。


「ねえミクジ、今朝話したことちゃんと覚えてる?」


 ミリンは僕に顔を近づけて問いかける。僕は咄嗟に顔をミリンの方から少し避ける。今朝話したこと。なんだっただろうかと僕は頭の中で時を遡っていく。


「え、あ、うん。レンの話……」


「ちがーう、そっちやないって。先生からの戦況布告を受けた話の方!」


「……ああ、そっちの方ね。」


「……」


 心地悪い沈黙が、再び始まった。ミリンはさっきよりもさらに機嫌が悪そうになってしまった。気づくと放課後の教室には僕ら3人だけしか残っておらず、この沈黙を破ってくれそうな救世主はもう誰も見当たらなかった。


「……魔法の練習、しなきゃだね。」


 今回の沈黙を破れるのは、僕しかいなかった。僕がそう言うと、ミリンは機嫌を取り戻し穏やかな表情になった。ツグミさんは僕とミリンの会話についていけていないのか、不思議そうな顔で僕達の顔を交互に眺める。そして、ミリンはなんだか照れくさそうに話し始めた。


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