第6話「レンの真実」

 眠たい授業が終わり、昼休みになった。いつもは、レンと二人で昼食を食べているのだが、当然レンはもういない。僕は愛想笑いを駆使してあまり仲良くないクラスメイトの男子達の輪にうまく入り込んだ後、静かに昼食を食べた。そこでしれっとレンの話題を出してみるが、やはり誰もレンのことは覚えておらず、昼休みに職員室に行く予定の人もいないようだ。


 昼食後の昼休み、僕は一人で職員室に向かった。


「失礼します。」


 緊張しながら、職員室のドアを開けた。中には魔法少女や魔法使いの先生達が小さな銀色の机でパソコンをカタカタしたり、事務作業をしたり、何か実験のようなものをしていたりしていた。職員室へは何回か来たことがあるが、いつ来てもいろんな意味でソワソワする。


「メイ先生はいらっしゃいますか?」


 職員室でたまたま扉の近くにいた初老男性の先生が僕のことに気づき、メイ先生はこっちの席だよと案内してくれた。初老の先生のゆっくりした歩みに合わせてついていくと、メイ先生がパソコンを見ながら弁当を食べている最中だった。


「あ、ミクジ君。にゃるほど、君が来てくれたんだね」


 メイ先生は口をもごもごさせながら、僕に気づいて話しかけた。初老の先生はメイ先生に軽く会釈をして、じゃあな、と僕の肩を叩きゆっくりと元の場所に戻っていった。


「……先生は、レンのことを覚えているんですか」


 世間話やアイスブレイクなんてものを挟む精神的な余裕もなく、僕はレンのことをメイ先生に尋ねた。僕はレンのことを一刻も早く知りたかった。


「うん、もちろん。レン君は素直な良い子だったわ」


 メイ先生は、パソコンの画面を見ながら少し寂しそうな横顔で言った。この顔は嘘をついている顔じゃないな、と思った。


「レンは、どうなってしまったんですか」


「彼は一時的に死んだ、とでも言えばいいのかしら。彼は生きているけど、死んでもいる。ずっと眠ったまま永遠に次の日の朝を待っているような状態、みたいなイメージかな」


 レンは生きているけれど、死んでいる、と僕は表情を変えずにただ繰り返した。


「そう。今朝学校に着いたら、いつもは20人分あるクラスの魔力が19人分しか無かったの。生徒を順番に見ていくと、レン君が居なかったのがすぐ分かったから、彼が犠牲になったんだと気付いたわ」


 メイ先生は長細い水筒のコップに入ったお茶をぐびっと飲んで、一息ついた。


「ミクジ君、何か心当たりはある?おそらく、君にレン君の記憶が残っているのは、あなたが何か大事な瞬間を見たからよ」


 心当たりなんてものではなく、僕には確信に近いものがあった。あの時の記憶が、風景が、脳裏に鮮明に蘇った。あれは見間違いでも夢でもなかったのだ。確かに昨日起こった出来事だ。


「……ツグミさんが、レンを抜け殻みたいにして、殺す所を見ました」


 僕は強く拳を握り、怒りをこらえた。昨日からずっと、どこへ向けたらいいのか分からない怒りや不安で僕はおかしくなりそうだった。


「あのツグミさんが……。なるほどね」


 メイ先生はそう言うと椅子を回し体を僕の方へ向け、指先まで細い白い手で僕の腕をつかみ、拳から指をほどくようにゆっくりと動かしていった。


「……ミクジ君の気持ちは分かるけど、ツグミさんのことを恨まないでほしいの。ツグミさんがレン君をそういう状態にしてしまったのは、うまく説明するのが難しいけれど、魔法少女の生理現象みたいなものなの。」


 メイ先生の言葉とともに、温かい指が優しく僕の指に絡まってくる。


「あなたも、クラスの女の子を見てエッチしたいとか、いろんな想像をすることもあるでしょ?」


 メイ先生から突然尋ねられた質問に、僕はほろ酔いでも飲んでしまった高校生かのようにフラフラと顔を赤らめながら、しないことはないです、と小声で言った。話に夢中になっていた僕は、いつの間にかここが職員室であることを忘れかけていた。


「でもあなたには理性があるから、人間としてダメなことをやらずに済んでいるわよね。」


「も、もちろんですよ!」


 僕は目を大きくしながら勢いよく言った。何を馬鹿なことを言っているんだこの教師は、という気持ちがその短い言葉には込められていた。


「ゴホンッ……!」


 僕の大きな声に反応するように、職員室を案内してくれた初老の先生がわざとらしく咳ごみをした。先生が咳ごみをしたのは、職員室にふさわしくない話の内容のせいなのか、職員室にふさわしくない大きな声を出したからかは分からなかったが、僕はきっとおそらくその両方だろうと思い反省した。だが、その先生の咳ごみを気にすることのない様子でメイ先生は話し続ける。メイ先生は職員室の中でも肝が据わった先生のようだった。


「魔法少女は、理性にも勝てないような強い欲求を持っているの。いくらお利口な飼い犬でもドッグフードを前にしたら何分も待てが続けられないように、理性だけじゃその欲求に勝つことはできないの。」


 僕の頭の中には、昨日ツグミさんが召喚した羽の生えたブルドッグのような犬が、レンの抜け殻らしきものをドッグフードのように食べる姿が鮮明なイメージとして映し出された。さっき昼食で食べたものが胃を逆流し喉元から出てしまいそうな吐き気がしたが、どうにか唾液を飲み込んでそれを抑えた。


「……それはどういう欲求なんですか」


「強い魔法少女になりたいという欲求。人よりも魔法が上手くなりたいという欲求。……レン君はそれの犠牲になってしまったの」


 メイ先生は、僕の目を見てそう言った。ツグミさんの人よりも魔法が上手くなりたいという欲求に、レンは殺されてしまった。落ち着いて耳から入った情報をまとめて整理して、その言葉の意味を喉の奥まで飲み込もうとしても、僕の感情がそれを拒んだ。メイ先生の話にいまいち納得できなかった僕は、ずっと僕の手に絡まっていた彼女の指先を静かにほどいた。


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