真夜中の秘密のスイーツ倶楽部
日間田葉(ひまだ よう)
第1話 マロンペースト
「栗をたくさん頂いたのでマロンペーストを作りたいの」
茉莉子さんはそう言って僕の方を見た。
「和栗のマロンペーストですか、それは美味しそうです」
僕はにっこり笑って茉莉子さんを見返す。
「昨日頂いたから早めにと思って急なお教室になってごめんなさい。
他の生徒さんは都合がつかなかったので
「僕は大丈夫ですよ、夜ならいつでも空いていますので」
夜中とは言えない今は22時、僕はとある高級住宅街に佇む大きなお屋敷の広いキッチンの中にいる。
茉莉子さんは真夜中に開催しているお菓子教室の先生で僕はその生徒の一人なのだ。
真夜中にお菓子教室なんていうと「それはおかしいよ」とダジャレで返されそうだけど本当だから仕方ない。
「栗はもう茹で上げているから、
茉莉子さんはそういうと僕にくり抜き用のスプーンを差し出した。
白くて細くて長い指がスプーンの首をちょこっと挟んでいる。僕はじっと手を見ながらスプーンの端っこを掴んで受け取る。
そして僕は大人しく一個ずつ栗から実だけを取り出す作業に取り掛かった。
茉莉子さんはこの大きなお屋敷に一人で住んでいる。
このお菓子教室はたまたま僕が営業で飛び込んだ縁で知ったのだが毎回本当に楽しくて教室の生徒にしてもらうのが大変だったけど、あれも通過儀礼と思えばなんのことはない。
実は茉莉子さんは若くして旦那さんを亡くされた未亡人だ。
美人で優しくて財産もあるので茉莉子さんに一度でも関わってその事情を知った男どもは涎を垂らして近寄ってくるらしく、それはそれは周りが警戒して牙をむくのは当たり前の話である。
今日も助手という名の監視役がいる。
「優斗さんも一緒に栗の実をくり抜いてね」
優斗と呼ばれた若い男は「はい」と返事して僕の隣に並んだが茉莉子さんが後ろを向くと途端に不機嫌そうな顔になったのを僕は見逃さなかった。
こいつは茉莉子さんの亡くなった旦那さんの弟で茉莉子さんの義弟になる優斗という。とても目障りなやつだ。
優斗は黒髪を後ろでちょこっと結んで僕を上から見下ろす。僕は背が高い方だと思っていたが優斗と並ぶと背が低く感じてとても嫌だった。しかも僕はここに入るためにゲイだと嘘をついているので優斗は僕に警戒心を持っている。
茉莉子さん狙いと思われると入れてくれないから咄嗟に嘘をついてしまったんだ。今では何であんな嘘をついてしまったんだろうと皆を騙しているのが申し訳なくて心が痛むのだがこの教室は僕の居場所になってしまったので本当の事は言えない。
そんなことを考えているうちに優斗は手際よく栗から次々と実をくり抜いていった。
「それだけあれば充分だわ、何グラムあるかしら? 計って下さる?」
優斗はすでにスケールの上にボールを置き栗の実を入れてはかりにかけていた。
「300ちょっとです」
「じゃあ、牛乳を100と生クリーム50とお砂糖を120か100か、うーん、甘さ控えめもいいけど今回は120にしてみましょうか」
「はい」と今度は僕が素早く材料を用意してそれら全部を鍋に入れて弱火で煮込み始める。
僕はヘラでゆっくりかき混ぜながら煮詰め過ぎないように適度にまったりした頃合いで火を止めた。
「うん、丁度いい感じ」と鍋を覗き込んだ茉莉子さんがフードプロセッサーを自ら持ってこようと手を伸ばすが優斗の方が早かった。
「俺が持って行きますから」と少し重いそれを優斗がさらって僕のところに持ってきた。うわ、過保護。と、思うけどおくびにも出さないようにする。
置かれたフードプロセッサーに煮詰めたものを入れてかき回す。
ごつごつした栗の実がみるみるペースト状になっていくのは壮観だ。栗の白い粒が完全になくなるまでぐるぐる回す。
蓋をとるとねっとりして少し色のついた栗のペーストが出来上がっている。
栗のほのかな香りが残っていて実に美味しそうだった。
「味見してみる?」
僕はこくこくと首を縦に振って頷いた。
スプーンに一さじすくって渡してくれたそれをゆっくりと口に運ぶ。
口の中でとろける栗と砂糖の甘味、和栗は本来甘味が少ないのでどうしても砂糖に頼ってしまうがそれはフランス産の栗においても例外ではない。
僕は身震いしながら
「うんま~~~~♡」とほっぺを押さえていた。
そうしたら二人が同時に吹き出して笑いだす。くっそ。
茉莉子さんはいいけど、優斗お前が笑うなと憤慨したら顔が熱くなってきた。
「清人さんって可愛いわね。ふふふ」と、茉莉子さんに揶揄われたのでもっと顔が熱くなる。
優斗はフンっと鼻で笑って横を向いた。なんて嫌なやつなんだ。
僕が睨んでいると茉莉子さんは笑いながら
「じゃあ次はペーストを裏ごししてマロンクリームを作りましょう、そうしたらモンブランができるわよ」
「モンブラン!」
僕は一気に機嫌が直って心の中で飛び上がった。ひょっとしたら体も飛び上がったのかもしれない。
また二人が後ろを向いて笑っているように思えたから。
そう、僕はスイーツが大好きなんだ。
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