第3話 このままでいたい(健司視点)

 朝の6時30分。携帯のアラームが鳴り、オレは目を覚ます。


今日は月曜だから仕事始めになる。憂鬱な気分だが、千恵美さんが朝食を作ってくれるはずだし、多少は気が紛れるな。



 リビングに向かうと、おいしそうなニオイが広がっていた。…既にメニューがテーブルに置かれている。ニオイだけじゃなくて、見た目も完璧だ。


ジャムとマーガリンが半分ずつ塗られたトースト・ブラックコーヒー・サラダ・バナナが入ったヨーグルト・キノコたっぷりのスクランブルエッグか…。


「三島君、おはよう」

キッチンにいた千恵美さんが、テーブルのほうに来た。


…女神のエプロン姿、良い! これから毎日観ることができるのか。

最高の言葉以外見つからないぜ!


「おはようございます、千恵美さん」


「三島君の好みに合うかわからないけど…」

座ったオレに向かう合うように着席する千恵美さん。


「…オレだけですか?」

作った本人が食べようとしないからな。


「あたしは千影と一緒に食べることにしたの」


今の発言は、これからの朝食はオレ1人確定を意味する。

寂しいが、姉妹で過ごす時間も大切だから何も言うまい。


オレは早速、スクランブルエッグに手を付ける。


…うまい。味付けの加減はもちろんだが、キノコの大きさも計算済みか。キノコの存在感を残しつつ、ふんわりした卵と同程度噛めば済む程度に抑えられている。


「…どうかしら?」


「めちゃくちゃうまいですよ!」


「良かった」

微笑む千恵美さん。


「今日から少しずつこの家の掃除を始めるけど、自分の部屋は自分で掃除するわよね?」


「もちろんです。子供じゃないんですから」

小さい頃は母さんにほとんどやってもらってたが、今思うと恥ずかしいぜ…。



 「ねぇ三島君。前から訊きたかったことがあるの」

千恵美さんが真面目な顔をする。


この顔をしたのは「千影を悲しませたら絶対に許さない!」と言った時だな。

仕事以外で真面目モードになりたくないが、仕方ない。


「何ですか? 答えられる範囲なら、何でも答えます」


「今千影と付き合ってる訳だけど、結婚とか子供は考えてるの?」


そういう質問か…。正直に言うしかないな。


「どちらも考えてないです」


「子供はともかく、結婚も?」


「何と言いますか、オレ達の関係は今がベストだと思うんです。名字が変わると、関係も変わるでしょ? だから…」


好きな人と同居してるからといって、無理に結婚しなくて良いよな?

オレはこのままで十分幸せだ。千影はどうかは知らんけど。


「なるほどね…」


「その質問、千影にはしましたか?」


「してないわ。近い内にするつもりだけど」


あいつもオレと同じ答えだと良いが…。



 ……千恵美さんが作ってくれた朝食を完食したオレ。さっきの質問が終わっても、彼女はオレの食事の様子を見つめていた。できれば止めて欲しいんだが…。


「三島君。寝癖が凄いの気付いてる?」

該当場所を指差す千恵美さん。


「これから直すから大丈夫ですよ」

時間に余裕あるし、心配いらない。


「良かったら、あたしが寝癖直してあげようか?」


「え? 千恵美さんが直す?」


「そう。あたしが持ってる寝癖直しのをかけて、くしでとかすんだけど…」


魅力的な提案だが、子供扱いし過ぎだろ! …突然こんな事言うってことは、クーの奴やってもらってたのか? あいつは実際子供だから良いんだがな。


「さすがにそこまで甘える訳にはいきませんよ」

万が一千影に見られたら、大笑いされそうだ。


「わかったわ」


ちゃんと納得してくれたか。


「どうして急にそんな事言い出したんですか?」

何か理由があったりする?


「朝は千影と一緒だから食べられないし、まだ時間が早いから掃除機もかけられないし、やる事がないのよね。昨日の分の洗濯はもうちょっと後でやるけど…」


この数日は問題ないだろうが、その内千恵美さんのやる事がなくなりそうだ…。

ここは旅館やホテルじゃないし、完璧な家事をする必要はない。


「何か趣味を探してみては?」

プライベートを充実させるには、趣味は欠かせないよな!


「そうね。なるべくお金をかけない趣味を考えてみるわ」


「では、オレはこれで。…ごちそう様でした」

席から立ち、感謝の言葉を伝える。


「出かける時、お見送りするからね」

優しく笑う千恵美さんを見届けてから、オレはリビングを後にする。



 ……準備を終え、玄関で靴を履いていると千恵美さんが来てくれた。


「三島君、いってらっしゃい」


「…行ってきます」


千影には見送りされたことあるが、千恵美さんにされるのは新鮮だ。

彼女とこのままサボって遊びたいところだが、我慢しなくては…。


オレは雑念を振り払ってから家を出た。

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