16:真夜中の事情。⑤

 時刻は飛んで深夜帯。自宅マンションのベランダにて――。


「さてどうしたものか」


 千寿が1人。夜空を見上げ、夜風を感じながらここ一ヵ月未満の出来事についてポツリと心の内を吐露する。

 琥珀との出会い。vtuber”鈴鹿”のデビューと、予想以上の人気。そして疎遠気味になっていた”シスター・エマ”こと満穂との新たな接点と、vtuberユニット”三者三葉”の結成。


 これ等が1ヵ月未満で起こった事。まさに息つく暇もない怒涛の数週間だった。


「まぁ……なんだかんだ良かったのかな?」


 色々とあったが全てプラスだと、特に三者三葉の結成に関しては率直に良かったと思っている。

 口ではどうあれ、やはり同じタイミングでデビューした満穂には同期の域を超え戦友の様な感情を抱いていたし、姉である蛍越しに彼女の話を聞いていて心配もしていた。

 琥珀に対してもそう。余計なお世話かもしれないと思いつつ、楽しくもそれなりに辛い場面が多々あるvtuberの世界に引き込んだ負い目を感じていた。だからvtuber歴と知識が浅い琥珀と、同期であり多忙な満穂にとって”三者三葉”は2人の憩いの場になるだろうし、またそうあって欲しいと願っている。

 

 しかし。だ。アイドル売りをしたい運営元の意向に逆らったユニット結成。夜風で思考が冷えた今になって分かる。

 現実的じゃない。そして非常に不味い事をしている、と。姉の蛍は問題ないと言っていたが、荒れる事は間違いないのは火を見るよりも明らかだった。


「はぁ……」


 悪い予感、悪い想像がグルグルと。とっとと寝るべきだった、と千寿は不安から溜息を零す。――すると、ベランダへ抜けるガラスの扉が開かれ、そこから約1時間半と長かった長風呂を終えた湯上り姿の琥珀がミルクセーキの缶2つを持って現れた。


「風邪、また引きますよって」

「うるせーよ。またとか言うな。それを言われちゃなんも言えんくなんだろうが。――ほれ」

「あ、ありがとう」


 琥珀からミルクセーキの缶を受け取り、蓋を開けてそれを飲む。ミルクティーよりも甘く、ミルクよりも舌に残る舌触り。

 大晦日の晩に飲む甘酒の様にチビチビ飲むのに最適な甘味のジュース。不意に肌に触れれば変な悲鳴を上げてしまう程にキンキンに冷えてもいる――筈なのだが、それを渡してきた琥珀は蓋を開けるなり仕事終わりのビールの如く一気に飲み干した。

 挙句、


「ッ――フゥ……」

「ん。――んっ」


 鼻下に女子高生に似つかわしくない白い髭を作る。ただ旨さの度合いが伝わってくる仕草に千寿は何も言えず、呆れた様子で自身の口元を指差してそれ白い髭を教えた。


 琥珀は特に気にする事なく親指で白い髭を払い、何の気なしに「悩み事か?」と夜空を見上げながら問う。


「その心は?」

「質問を質問で返すなよ――たく、やる事やって後は寝るだけの奴が柄にもなく星空を眺めてんだ。シチュエーションの相場的に悩み事だろ?」

「んはは。お察しの通りですよって」

「あそ。どーせオレ達の今後よか満穂がいるフェレサ女……とこじゃねぇか。姐さんとこカラードパレットを気にしてんだろ?」

「まぁ……ね。正直そこで悩んでましたと」


 図星を突かれ千寿は早々に観念する。


「ビビってんのか?」

「そら……ねぇ……。今のメンタル的にどうしても悪い方向ばかりを考えちゃってですね? おっかなびっくりしとります」

「そか。でもそれで良いんじゃね? ただただ呆然と立ち尽くしてるよか、おっかなびっくりでもそうして考えてる方が幾億倍マシってね」

「おや持論ですか?」

「いや。蛍の姐さん風の格言。言いそうだろ?」

「言うね。なんだったらおっかなびっくりの後に泣きべそと、幾億倍マシじゃなくて幾億倍オモシロいって言い替えるだろうね」

「あぁ確かに。基本ポジティブシンキングだものな。あの姐さんは」

「良くお分かりで」

「そらそうだろう。オレの居候を”面白そうだから良いよ。トラブったらトラブったでそれもまた面白そうだし”ってぇ、で認めたかんな」


 ベランダから小さな笑い声が2つ。夜風でそれが掻き消えた所で笑い声は言葉に代わる。

 そして笑い声が終えた時、琥珀は浅く息を吐き、ゆっくりと言葉を――恥じらう事も気負う事も無くいつも通りの感覚で本音を呟いた。


「長ぇ事1人だったからな。千、お前に拾われてから毎日が面白くて仕方ねぇんだ。もう切れた縁だと思ってた満穂とのパイプ役にもなってくれたしよ。んだからまぁ……悪ぃが付き合ってくれや。もしもの時はテメェと一緒に地べたに這い蹲ってやる。テメェ以上に泥だらけになってやる。――で、テメェの首根っこ掴んで立ち上がってやっからよ」

「! ――んっ――……っ、ハァ!!」


 本音を聞き、吹っ切れた様子で缶の中身を全て飲み干しては親指の爪で丁寧に白い髭を拭う千寿。その手で自身の赤くなった顔を仰いだ。


「あ~! 創作物でしかお目に掛かれない口説き文句に顔から真っ赤なスパチャが出そう。この場に榎本さんが居たら全財産を投げながら卒倒しておりましたよって。ホントにって」

「っ――おんばかがっ」

「ングッ!?」


 千寿程ではないが、ほんのりと頬を赤くさせた琥珀による脇腹チョップに千寿はぐぐもった悲鳴を上げた。

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