14:真夜中の事情。③

「っ――あぁ……」

「? んだ? 卒業って」


 卒業――。

 良く分かっていない琥珀を余所に千寿は”もうそこまでいってたんだ”と驚きがすぐに夢半ばで敗れた際に苛まれる脱力感と虚しさへと代わる。

 蛍は千寿の反応を視線だけで一瞥し、眉を顰める琥珀に卒業のVtuberにおける卒業の意味引退を伝えてから千寿を見た。


「また予想の域を超えてたかい?」

「――まぁね。動画削除の件を聞いた時に結構堪えてそうだなとは思ってたけどまさか卒業を考えるレベルで深刻だったとは思わなかった。でも……あぁ……丹精込めて制作した自分の作品をあんな形で否定されるのは溜まったものじゃない。普通に堪えるだろうし、誰だって萎える、か」


 姉の言葉に対し、くだんの件動画削除の件を話していた時の満穂の姿を思い返しては浅はかだった自分に嫌気がさす。

 馬鹿は死んでも治らない。悪癖もそう――、と千寿はつい自虐気味な笑みを浮かべた。

 

「そか。やっぱりその事を話してたか」

「――なぁ姐さん」

「ん? なんだい?」

「それってよ? んなそんな事になるほどの事なんか?」

「それ、とは動画削除の件かい?」


 首を縦に振る。


「――ふむ。1本の動画を削除するのは1分と掛からない。でもその逆。制作においてはそうはいかない。動画1本を1日でやり切るとして、日本トップの動画投稿者で7分の動画に6時間とかけている。それも熟練し、洗練し、それなりに卓越した技術を用いての6時間だ。つまりは今現在一般公開されている編集技術においてこれ以上早い動画制作は出来ないって事さね。早くするには人海戦術か、クオリティを下げるか、お金を出して企業が扱う編集ソフトを使うしかない」

「!? マジか」

「これ、大マジですよて。人によっては苦行を越して拷問。腰と目と手がイカレる。ついでに”これは本当に面白いのか?”と自分を信じられず疑心暗鬼になってメンタルも摩耗しますよと」

「へぇ……んなそんなのをやってんのか」

「小学生時代からの古馴染にしてみたら意外だったかい?」

「少し。――ん? んでなんでアイツとオレが……あぁ、もしかして姐さんか? オレの下に満穂を宛がったのは」


 蛍が発した古馴染というワードに反応する琥珀。蛍は「宛がうとは人聞きが悪い」とニヤリと笑みを浮かべた。


「鈴鹿の正体が琥珀だと、そこまで辿り着いたのはあの子自身だよ。だからまぁ――賭けてみた」

「賭け?」

「賭け。長らく接点を持てなかった2人が同じ狢になった状態で引き合わせたらどうなるか? これが最後になるかならないか――

「結果は? 敢えて聞くけども」

「大勝さね。アタシ個人としては完敗だったがね。まさか考え得る打算、妥協、理想その全て覆してくるとは思わなかった」


 完敗と口にしながらもそこに悔しさは一切合切無く、浮かべた笑みを更に深めた。


「あ~……ちなみにその全てを覆したっていうユニットの件。運営元……いや本社様的にはどうなんすかっと」

「それは勿論不快でしかないだろうさ。でのユニット化は明確な反逆だからね」

「ですよねっと。じゃあなにがなんでも阻止されるのでは?」


 フェレサ女を作り、総括マネージャーでも今は立場は怪しくなっている蛍。強気に出られる運営が認めるとは思えない。ユニット化は絶対に妨害される。

 しかし蛍は「その点は大丈夫」と毅然とした態度で言い切った。


「――このタイミング? んかあんの?」

「ん? あぁあるよ。2人が配信で使っているWorldTube動画共有サービス主催の二大イベントの一つがね」


 このタイミング、のくだりが引っ掛かった琥珀。それに蛍が答えると千寿が「あ、サマイベサマーイベントの音楽祭か」と付け加えた。


「そう。そのタイミングで去年出来なかった5期生の新曲をアップする予定。ちなみにだけど……去年がこれ」


 そう言って蛍は自身の携帯を再度取り出して手早く操作。テーブルの上に置かれた蛍の携帯の画面には約1年前に投稿された5期生リーダーによる初のMVミュージックビデオが映されていた。


「――へぇ。スゲェなこれ」


 MVは2Dと3Dを掛け合わせたもの。MVの再生数は400万回を突破している5期生リーダー”星屑睡蓮花すいれんか”の代表曲。


 聞く者全ての心を射止める歌声と、見る者全てを釘付けする映像。瞬きを忘れ、息を飲むレベルの完成度であった。


 ただ1人を除いて――。


「やっぱり5期生リーダーの星屑睡蓮花は次元が違う。正直、このMVを見聞きする度にアイドル化も悪くないって思わされるよ」

「確かに。この……なんだ。歌声で殴りかかってくる感じがスゲェ良い」

「殴りかかってくる、ね? 言い得て妙。言い得て的を得てる表現さね。――実はこのリーダー……いや5期生の全員は日本が誇る最大手Vtuber事務所”ライブβ”って所の研修生だったらしくてね? 特にリーダーの星屑睡蓮花は研修生の中ではトップの成績だったみたいだよ」

「へぇ。すげぇ所?」

「凄いよ。なんの文句なくね。なんたってVtuber業界の初期勢。黎明期を生き抜いた老舗だ。ちなみにそこの看板ライバーの登録者数は現在435万人だよ」

「400!?」


 桁違いの登録者数に流石の琥珀も目を見張る。

 現在のvtuber業界で最大手と名乗れる事務所は2つ存在する。


 その1つ。"ライブβ"。

 創立年数――6年目。

 所属ライバー数――国内外合わせて40人以上。

 登録者数100万人を到達したライバー数――26人。事務所内トップの登録者数は435万人。

 事務所の方向性はアイドル特化。


 その2つ。"シン・ジゲン"。

 創立年数――6年目。

 所属ライバー数――国内外合わせて100人以上。

 登録者数100万人を到達したライバー数――7人。事務所内トップの登録者数は177万人。

 事務所の方向性はエンタメ特化。


 この2つが今現在のVtuber業界トップに君臨する事務所である。


「――ん? おい千。どうした? 動画終わってんぞ?」

「! え、あっはい……」


 ふと静かに蛍の携帯電話に視線を向け続ける千寿に琥珀がツッコむ。すると千寿は明らか可笑しな挙動で返事し、怪訝そうに見てくる2人の視線に耐えかねて言葉を続けた。


 これ、このMV――自分が榎本さんを煽ったせいで出来たものかも、と。

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