11:~後編~コラボの事情。

 始まりと同様にリビングにて。


千寿「『――はいあい。てなわけで今宵は鯰と~』」

琥珀「『鈴鹿と』」

満穂「『聖フェリス☥テレサ女子大学附属学院所属。シスター・エマでしたぁ……』」


 千寿に続いて各々が締めの言葉を告げて約3時間に及んだコラボ配信が終了。事切れた様にシスター・エマこと榎本満穂がテーブルに突っ伏す。

 流石の鯰こと千寿も万人単位の前に立った事で相当疲労したらしく、いつもであれば飲み物などを振舞う所を椅子から立てずに項垂れる。

 唯一いつも通りだったのは鈴鹿こと瑠璃山琥珀だけ。それも配信中も。スタミナは勿論だがその平常心を支えているであろう胆力が凄まじい。


「ほれ」

「あ、どもです」

「ありがとうございます」


 千寿に代わって琥珀が冷蔵庫から缶飲料を渡しては「おつかれさん」と言いながら立て続けに缶同士をあてがう。


 で、今日のコラボ配信の反省会をしつつ配信前に話した千寿と琥珀の出逢いの経緯やらGWの話と雑談に華を咲かせていると話は千寿と満穂の話となり、ふと琥珀が配信中に多々あった”久しぶり”や”去年振り”のコメントを思い出してはその事について質問。2人の顔が強張り場の空気が少々シリアスとなる。


 それは自分にとっても、満穂にとっても気まずい話。なんとか話を逸らそうとした千寿だったが「規制です」と満穂が先に応えてしまった。


「規制?」

「はい。実は去年の10月にうちフェレサ女の4期生の1人が配信中に誤って国際絡みの問題に触れてしまって、そのせいでその人のチャンネルは忽ち大炎上。その人は精神を病んで最終的にフェレサ女を辞めてしまいました。しかも現実の方でもそれが飛び火して通っていた高校も転校。家も引っ越したと聞いてます――」

「! やべぇな。んな事があったんか。それならまぁ……規制も止む無しか。ちなみにどんなんだ? その規制ってのは?」

「そうですね。大まかに言えばコラボ相手の選別と、それから配信で扱えるゲームの制限です。コラボ相手は基本的に女性で、男性の場合は運営が審査します。ゲームに関してもR15のゲームから運営の審査が入る様になりました」

「ん? んで?なんで? 国のいざこざをつっついてそうなったんだろ? のになのにその規制はおかしくねぇか?」


 今の炎上話にコラボ、そしてゲームは関係なくね? と今度は眉を顰め、満穂も少々難しそうな表情を浮かべる。


「ん~そこはちょっと複雑なんですねよ。その4期生の人、得意ゲームがストラテジーゲームで……要は戦略ゲームなんですけど、その日にやっていたゲームがたまたま第二次世界大戦を題材としたものだったんです」

「あ」

「しかも一緒にやっていた人がそっちの国の人と競技チームを組んでいて、チームの人達がその時の配信を観ていたんです。それも配信しながら。その結果、問題の部分が多くの人達に見られたという訳です」

「あぁ……んでゲームと人は選びましょうってか。んならまぁ……納得は納得」


 満穂の説明に琥珀が納得。しかし満穂は「そうですね」と口では同意しながらも何処か不服そうな感じ。それに琥珀がツッコむ。


「実はこの規制のタイミングで5期生を中心にメディア出しが活発になったんです」

「? てーと?」

「石垣君。瑠璃さんにフェレサ女の内情をどのくらい話してますか?」

「――いや。ほとんどなにも。せいぜい姉さんがフェレサ女の総括マネージャーをしてるってことくらい。自分でも調べまして?」

「いや全く」


 これ以上は不味いのではないか? ここいらでこの話は終わらせるべきではないか? と一考した千寿。しかし過去の経験から話させた方が良い、という結論に至る。

 全く知らないと言う琥珀に対し”現在フェレサ女は2つの派閥がある事を説明し、アイドル寄りの5・6期生とそうではない他期生に分けられている”、と千寿達がフェレサ女の内情と現状を出来得る限りで説明した。

 ちなみに上記の件。これは運営元も遠まわしにだが認めている周知の事実。5期生、6期生の挨拶やイベントでの紹介時に”フェレサ女学院所属アイドルVtuberの――”ではなく”アイドルVtuberフェレサ女学院の――”と紹介されている。


「運営はフェレサ女をアイドルグループにしたいみたいなんですよね……」

「へぇ。敢えて聞くが嫌なんか?」


 批判的な姿勢だったのを遠回しに指摘され、満穂は愛想笑いを浮かべながらも”はい”と肯定した。それもはっきりと。


「ただ私のコレと先輩達のコレとは根本的に違っているんですよね」

「てーと?」

「先輩達はそもそものアイドルの在り方に批判的。私の場合は実害を被ったから批判的、なんです」

「実害? 枕営業でも誘われたんか?」

「――……はは。今なら、その方が良かったかもですね」


 冗談まがいに笑いながら。されど何処か冗談に聞こえない。古馴染だからと安易に触れてはならない地雷に触れてしまった、とそんな気持ちに苛まれる琥珀。

 一呼吸置き、満穂は千寿を見る。とてもとても申し訳なさそうに――。


「石垣君。私の……シスター・エマのチャンネルを開いて貰って良いですか?」

「? ん――」

「開きましたか? では動画欄を。そして遡って下さい。私達の”ドギマギ小説部”と、”クトゥルフTRPG”まで」

「え? あ、はい」


 ドギマギ小説部。

 タイトルのせいで美少女ゲームであるように見えるが、実際はプレイヤーのメンタルをゴリゴリと削り取るサイコロジカルホラーゲームである。


 クトゥルフTRPG。

 読んで字のごとくクトゥルフ神話を題材にした会話型で進めていくロールプレイングゲームの事。


 ちなみにドギマギ小説部は満穂が初めて動画編集に挑戦した動画シリーズの記念すべき1作品目。

 満穂が何度も泣き言を口走っては蛍に叱られ千寿に励まされながら制作し、完走した時の得も言われぬ達成感を味わった事で動画編集にハマるキッカケを与えてくれた処女作品。

 そしてその動画シリーズの3作品目として制作したのがクトゥルフTRPG。千寿に合成音声の制作知識と素人以上プロ未満の絵心があると知った満穂が無理を言って複数分の立ち絵とその立ち絵に当てる合成音声を用意させ、夏休み中の一大企画として制作した動画シリーズ。投稿してきた動画シリーズの中ではトップ3に食い込む程に人気が高い。


 千寿は言われるがまま彼女のチャンネルを開いて動画欄を遡る――が、ドギマギ小説部とクトゥルフTRPGの動画が見当たら無い。しかもそれだけではなく千寿が出演している動画を含め、数多くの動画が消えていた。

 此処で千寿は此処で満穂がどうして申し訳なさそうに自分を見たのかを察する。


「あら~……運営からの指示ですかねっと」

「はい……」


 負い目を感じさせまいといつも通りのテンションで質問したが、頷いた後の頭は元の位置よりもやや低い。視線も何処か逃げる様に千寿の胸元に向けていた。


「――はぁ……ん」

「!」


 重い空気が立ち込める。そんな中、話についていけない上に空気が重い。あとオレの古馴染になんつーツラさせてんだ? と琥珀が千寿の足を小突く。

 千寿は一端琥珀に事の経緯を説明。その途中から満穂も参加し、ドギマギ小説部とクトゥルフTRPGの動画等を運営からの指示で止む無く消した事を話した。


「? ほーん。んでなんで消されたん――あぁ、此処でさっきのコラボ相手の選別と配信で扱えるゲームの制限が出てく……んのか? いやこねぇか」

「いや出てきます。まさにそれです」

「?? かしくねおかしくね? 選別云々はその動画の後の話だろ? んでなんで過去の動画を消す羽目になんだ?」

「――……多分関係ないんだと。運営元が不要だと決めたものは過去だろうが現在進行形だろうが消す。人気があろうが関係ない――か、それか運営元に従わない私達に対しての制裁なのかもしれません。実際、私も含めて歌ってみたやASMRをやってみないか? と運営元から何度か打診されてましたし……。で、最初は断っても”気が向いたら!”って軽い感じで直ぐに引いてくれてたのが繰り返し断っていたら態度が段々と悪くなっていったんですよね。最後の方では深い溜息までつかれちゃいました」


 5秒と待たず、けれどもその短い間に色んな事を考えた満穂。考え抜いて出した答えはありきたりな説明ではなく彼女自身の本音だった。

 それを聞いた千寿は動画削除の件が相当堪えていると察したが”自分は個人勢だから”と何も言えなくなる。

 何故なら最低究極として、この問題の行き着く終着点は卒業。つまりは"辞める"なのだから。


 だから迂闊な事は言えない。でも此処にはもう1人居る。


「ならそんなとこ辞めてオレ等とつるむか?  蛍の姐さんに言いづれぇならオレから言ってやんぞ?」

「!」

「……」


 迂闊過ぎる言葉。然れど言った本人がさも当然と言わんばかりの表情に千寿は心の中だけでクスリと笑い、満穂も嬉しそうに笑う。


「――あぁ、前にも同じ事を言ってくれましたっけ? 変わんないなぁ瑠璃さんのそう言うところ」

「? そうだったか?」

「うん! 5年生の時に友達同士が好きな男の子を巡って喧嘩して、それを何とか仲直りさせようと奔走してた時に」

「――悪ぃ。覚えてねぇ。覚えてねぇけどオレなら同じ言葉を吐くだろうな。だってめんどくせぇし。聞き流せねぇレベルの愚痴を聞かされんならとっととそんな居場所なんて捨ててオレんとこ来いって思うわな」

「ふふっ」

「!」


(か、カッコイイ……)


 終ぞ笑みを零す満穂と、格好良すぎる台詞に心打たれる千寿なのである。


「――んで?そんで? どうする?」


 再度の問い掛け。満穂は嬉しそうに、また楽しそうに、笑みを浮かべたままその首を横に振った。

 、と言葉を添えて――。


 そしたら、


「へぇあっそ」


 と古馴染ならではの安直な返答。で、「――ちっと席を外すから思い出話に華を咲かせてな」と、考える素振りの後にそう告げて琥珀は2人を置いて配信部屋へと消える。


「どうしたのでしょうか?」

「さぁ?」


 2人は言われた通りに思い出話に華を咲かせ、次回のコラボ配信があったとして何をする? と話し合っている最中、配信部屋から琥珀が戻ってくるなりとんでもない事を言い放つ。


「おいテメェ等。オレ達3人でユニット組むぞ」

「え?」

「?」


 完全な予想外。まさかまさかの急展開。

 ユニットを組む。千寿と琥珀と満穂の3人で。しかも個人勢と事務所勢の垣根を越えて。


 普通であれば難しい。可能であっても時間が掛かって然るべし。

 しかしまぁそんな事情は知らぬ存ぜぬ関係ねぇよ、と瑠璃山琥珀は自身の携帯電話を2人の前に置く。


「「え」」


 携帯電話の画面にはとある呟きが。それもリツイート数5000越えと、いいねが8000を越えたとんでもない呟きが表示されていた。


【オレと鯰とエマがユニット組んだらおもろくね? とりまこれの反応次第でエマの事務所に直談判すっからしくよろで】


「――しくよろでは」

「ないですねっと」

 

 唖然。驚きのキャパシティを助走足らずでぶっちぎった為にただただ唖然となる千寿と満穂。

 そんな時にテーブルに置かれた琥珀の携帯電話が鳴り、画面には姉である蛍の名前が表示されていた。


 通話ボタンを携帯電話の持ち主である琥珀ではなく千寿が押し、ついでにスピーカーボタンも押す――。


「中々面白い事をしてくれたじゃないか。思わずしちゃいけない場所で路上駐車しちゃったよ」


 スピーカーから聞こえる声が普段と違う。きっと怖いくらい口元が左右に広がっている、と千寿は電話越しに姉の姿を想像した。それも他の2人よりも鮮明に、また鮮烈に。喜怒哀楽の最初最後が過剰投入――ベチョベチョに搔き回されているであろうニタニタと笑っている姉の表情を思い描く。


「面白れぇ、って事は認めてくれると? 蛍の姐さん」

「あぁ良いよ。全然良い。久方振りに興奮したよ。――満穂」

「! は、はい」

「君はどうする? どうしたい? どうありたい?」


 どうする? と建前を。

 どうしたい? と本音を。

 どうありたい? と理想を問う。


「ぇ……えと……えぇ? 出来るんですか? この3人で? 本当に?」

「出来るとも。君の心意気次第だが。――あぁそうそう。もしも心の隅っこにでもウチの守銭奴共が気がかりがあるなら一切合切無視してくれて構わないよ。アタシが黙らせておくから」

「え? あ、はい……やりたい? です?」

「ん? なにかな?」

「や、やりたいです」

「聞こえないね。ちゃんと言いな」

「やりたいです!」

「そうかい。――さて、千寿。お前はどうする?」


 姉からの問い。

 そして”やんだろ?”という琥珀からの視線と”やりましょう!”という満穂からの視線。

 答えなど既に決まっていた。


「やりますよって。やりますよっと」


 2度の同意の下、此処に個人勢と事務所勢の垣根を越えた新ユニットが誕生。爆速で帰宅した蛍の指示を受けて3人は配信の準備を始めたのだった――。


 ユニット名――三者三葉さんしゃさんよう

 構成――石垣千寿瑠璃山琥珀鈴鹿榎本満穂シスター・エマ

 前代未聞、即断即決でその日のうちに決まって実現したユニット”三者三葉”。

 

 21時頃に配信されたユニットとしての初配信は大いに盛り上がり、配信時間は30分と無かったものの最大時の同接数はまたもや5000人を突破した。

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