08:榎本満穂の事情。

「ど、どうして閉めるんですか!? えっ……あ、ちょっ!? 鍵まで閉めた!?」


 鍵が掛けられ開かないドアを無理矢理開けようとする満穂。ガタガタと揺れるドア越しに千寿が話し掛ける。


「お帰り下さいなラブコメのメインヒロインさんがぁ。イケメンの幼馴染主人公の下に帰りなさい」

「メインヒロインと言うなら入れてください! これは所謂チャンスですよ! 是非メインヒロインと関係を築きましょう!」

「んはは~嫌ですよって(ナチュラルに受け入れた挙句、自身をメインヒロイン呼びしましたよてこの娘)。ラノベの隠キャ主人公の成り損ないである自分にはただのトラブルの種ですって。成長して厄介な芽が出る前に帰れぇ。主人公の下に帰れぇ恋愛漫画のメインヒロインがぁ……」

「何を馬鹿な事を! トラブルこそエンタメの種だ、と言う蛍さんからの素晴らしいお言葉をお忘れですか! 弟の貴方もお姉さんの言葉に倣ってトラブルを楽しみましょう!!」

「ん~はは。あの人は退屈を何よりも嫌う人ですからねっと。でも弟の自分は退屈とお友達なんで。それに現実において恋愛絡みのトラブルだけは御法度だと言ってませんでした? お帰り下さい」

「ちょっとねぇ! ねぇ!! そもそも恋愛絡みじゃありません! 仮に恋愛絡みだったとしても私の場合はラブコメディです! しかもコメディ要素が強い方のラブコメです!!」

「それでもラブなコメディですよて。それもハーレムを築いた主人公の本命。どうぞ主人公の下へお帰り下さいなっと」

「冷たい!」

「冷たくない」


 ああ言えばこう言う。終わりの見えない押し問答。しかしそれは唐突に終わりを迎えた。後ろで見ていた琥珀が2人の押し問答に割って入り、鍵を開けてドアを開いた事で。

 更に話は予想外の方向へ進む――。


「あ、やっぱ榎本だったか」

「! やっぱり鈴鹿は瑠璃さんだったんですね!!」

「? おやぁ……」


 苗字呼びだったが砕けた感じに呼び合う2人。同級生以上の何かを感じた千寿は”シスター・エマ”こと榎本満穂を部室に迎えた。


「久しぶりだな。こうして話すのは……小学校以来だったか?」

「そうですね。私が全寮制の女子中学校に行ってたのでそれくらいになります」

「お~そういやそうだったな」


 仲睦まじい。2人の様子的にクラスメイト以上の関係だと分かる――が、「友達以上幼馴染未満?」という千寿からの質問に意外にも2人揃って否定した。


「友達以上ではねぇな。寧ろ未満だな。サシで遊んだ事ねぇし」

「んー言われてみれば確かにそうですね。学校も幼稚園、小学校と一緒でしたけど一度も同じクラスになった事もありませんし」

「あ、あれ? その割には仲良さげでは?」

「そらな。なんだかんだで9年間一緒に登下校してたからな」

「ですね。普通に話したり家もお互いに知ってもいたんですけど……今でも不思議な関係だったなぁ、と思います」

「ホントにな。まぁ丁度良かったんだろ? あれっくらいの距離感がよ」

「確かにそうかもですね。良くも悪くも瑠璃さんは裏表ない性格な上に自分に関係ない話にはとことん無関心でしたからね」

「そらそうだろ? ダチのダチの話ならいざ知らず、ダチですらねぇ奴のダチの話をされてもな。誰が誰を好きだとか嫌いだとか――ぶっちゃけ”知らねーよ”って思ってた」

「そうそれ! バッサリし過ぎてて返って気持ちが良い性格してますよ本当に。石垣君もそう思いませんか?」

「え? まぁはい……そうですねと?」


 不思議と言うよりあっけらかんとしてる2人の様子になんともドライな関係性だなと思う千寿。


「んで? 急にどうした? てかそっちもそっちで知り合いみてぇだな」


 この琥珀からの質問に満穂が「そうでした!」と言い、姿勢を正す。


「改めまして、石垣君のお姉さんが統括マネージャーをしている聖フェリス☥テレサ女子大学附属学院所属のVtuber”シスター・エマ”です。石垣君とは同じ日にデビューした間柄で、わばVの同期です」

「! おぉオメーもVだったのか。奇遇だな。オレも鈴鹿ってぇ名前でVやってる」

「はい! 存じてます!! 大ファンです!!」

「お、おぉそうか。悪いがサインはまだねぇぞ?」

「! ファンサをしていただけるのですか!」

「ふぁ、ファンサ? んだよそれ」


 ファンサービスの略だと千寿が伝えると、琥珀は「まぁ今のオレに出来る範囲で」と回答。それを聞いた満穂は嬉恥ずかしもどかしい、と言った様子でファンサービスをお願いした。


「あ、あの……壁ドンからの顎クイで、『神様なんぞに祈りの時間を捧げるくらいなら、オレにその時間を捧げろよ――エマ?』って言って下さい。出来ればエマは耳元で。ネットリと絡めながらで……あ、でも本名はまだやめて下さい。心の準備がまだなので……」

「あ? んだテメェ? おい千、とんでもねぇ背信者が居んぞ。シスターって名乗っておきながら不純な願望タラタラじゃねぇか」

「あぁ……まぁうん、そうね。ちなみに蛍姉さんに拾われた時もこんなんだったと。ナンパされている所を助けたら発情したんだとか。で、反応が面白過ぎたからVに誘ったんだと」

「ヤベェ奴。女子中でなにがあったんだよ」

「乙女の花園でナニがあったんですよ。へへっ」


 軽く引き気味の琥珀と、見慣れた光景だと呆れた様子で説明する千寿。そして止まる事無く1人妄想に耽って盛り上がる満穂。

 まさに。この場に個性が強いVtuberの3人が出会う。

 で、千寿が今日来た要件を再び問うた。


「それで? どういったご用件で此処に?」

「あ、はい! 昨日の配信の最後にまたウルバニをやりたいと仰っていたのでワンチャン狙いで来ました。どうせ石垣君の事だから駄々を捏ねると思いましたので、是非シスターエマを相方にと!」

「お! いいぞ。そこの千がガキみたいに"嫌だ嫌だ"ってぇ駄々をこねやがってた最中だったからな、助かる。――じゃあ帰ったらすぐにやりてぇから放課後迎えに行くわ」

「今日!?」

「今日ですか!?」


 コラボ配信決定。

 人気急上昇中の新人Vtuber”鈴鹿”と、中堅層でも確かな人気を誇る聖フェリス☥テレサ女子大学附属学院所属Vtuber”シスター・エマ”とのコラボ配信が唐突に決定したのだった。

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