06:~後編~Vtuberの裏事情。

「空きを埋めろねぇ? それも1人寂しくお喋りながらって。駅前の銅像に話続ける酔っ払いかって~の」


 配信部屋に一人残された瑠璃山琥珀。千寿からやれと言い渡された空欄だらけの【startup】と明記されたノートページを眺める。


「ぁ」


 気が付けば身体が斜めっていたようで、画面の鬼もそれに合わせて斜めっていた。


「ん〈姿勢を正し、再度右に揺れてみる〉」


 画面の鬼がそれを真似て動く。


「んっ〈今度は左に揺れてみる〉」


 画面の鬼はそれを真似る。


「んあ〈口を開けてみる〉」


 画面の鬼も口を開ける。


「ああ~〈口を開けたまま首を回してみる〉」


 画面の鬼も口を開けたりちょっと閉じたりを繰り返しながら首を回す。


「んん〈唸り、口元をピクピク痙攣させながらも笑ってみる〉」


 画面の鬼も笑う。ただし半笑い。

 そんな事を5セット程繰り返した頃、新しい玩具の遊び方が分かってきた子供の様に口からポロっと感想が零れ落ちた。


「へぇ……良いな、オレ」


 良いな、オレ。無意識下に最高の感想を漏らす。


「――……あ? ――っ!? 何言ってんだ馬鹿がッ!!」


 ポッと噴火した羞恥心に任せてデスクを叩く。しかし噴火した羞恥心はマグマの如くジンワリと全身に駆け巡り、全身へと広がる。

 特に上半身。首から上は真っ赤っかであった。


(幾らオレの動きに合わせて絵が動くからって”良いな、オレ”はねぇだろうがっ!?)


「あ~クッソ。糞が。なにやってんだよオレは。――あ~糞っ! いつもだったらこんな思いをさせた野郎をぶん殴って気分スッキリさせんのに……」


 バンバンッ、と幾らかデスクを叩いたり悪態を付いたりしてなんとか羞恥心を抑えようとする琥珀。

 時間は掛かったもののなんとか平常に戻り、再度【startup】を見ると一番上の欄には〈名前:鈴鹿すずか〉と書かれていた。


(名前が鈴鹿ね。名前的に――とと、そうだった)


「名前が鈴鹿ねぇ。名前的に鬼じゃなくて狐じゃね? 鈴鹿御前って確か狐だったし」


 練習だがラジオの本番だと想定してなるべく話さなければいけない事を思い出す。受け取ったA4の紙にも”なるべく思った事や感じた事は声に出して話す事!”と書かれている。ついでに”困ったら発狂芸か鼻歌!”とも。


「慣れねぇなぁ……。慣れそうにもねぇ……。良くアレがテレビや雑誌とかを見ながら独りでブツブツなんか言ったりうろ覚えの歌なんかを口ずさみやがって心底うざかったが――ハッ。これ考えるとすげぇ事だったんだなぁ」


 アレとは母親の事。家出前、家に居た頃を思い出して尊敬の念を多少でも抱く。鼻で笑ったが。


「そう言えば今流行りの歌ってなんだ? はいけ~いこの手紙~♪ か? グリーングリーン青空~には~小鳥を喰ら~い~♪ か? ――って、どっちもガキん頃の音楽の授業でやらされたやつか。あと喰らうな歌え」


 歌というワードで思い浮かんだ歌を口ずさむ。

 それは卒業式が近くなるとやたらと歌わされた歌だったり音楽の授業で定番だった歌。で、流行の歌ではない事を早々に悟って思わず苦笑。ついでに”喰らい”と歌ってしまった自分にノリツッコミを入れる。


「え~と? 誕生日が4/27と……あ? 今日じゃね? あぁ……おめっとさん? ――! あぁ」


(もしかしてコイツの誕生日が今日だったから、偶々今日知り合ったオレに運命的なものを感じて渡しましたってか?)


「――まぁいいか。とりあえず決まっているのがこの2つ。残りは【ファンネーム】と【趣味】に【特技】に【口癖】か。最初のファンネームってなんだ? ――……ん?」


 ファンネームが良く分からずにいる琥珀に千寿からの一報が入る。


「丁度良いタイミングだな。え~と? 『ファンネームとは自身のファンに付けるあだ名です。Vtuber”鈴鹿”のファンだと分かる素敵なあだ名を付けてあげましょう。ps.”鈴鹿組の組員”とか”鈴鹿組の舎弟”なんてどうでしょうか?』――良く分からねぇから”鈴鹿組の組員”で良いや」


 そう言って【ファンネーム】欄に千寿の提案を記入する。


「次に趣味か。趣味は……特にねぇな。強いて言えば生きてる事じゃね? 趣味=人生って聞くし。なら生きてる=趣味でもおかしかぇだろ? 知らんけど」


 スピリチュアルな事を雑に言う琥珀。

 更に、


「特技は……暴力? 正当防衛? それか気取った言葉で護身じゅちゅ――術。口癖は……なんだ? あぁ”おんばか”があったか」


 などと、とんでも発言から可愛らしい噛み言葉に、独特の口癖の披露と忙しい。これにはまだ見ぬリスナー達も大盛り上がり。お祭り騒ぎ待った無しである。


 そう――まだ見ぬ、ね。


「おんばかっと。後はこれか。見ろって言ってた資料。確かこの自作放送室の事が書かれているんだったか? ――ん? またか。本当にタイミング良いな――……うわっ、内容まで合ってやがる。マジでエスパーかよ」


 再び千寿からの一報。色々と変に思いつつも一報を読み上げる。


「『その部屋の詳細を見る前に幾らくらい掛かっているか予想してみて』、か。――……大体30万円くらい? パソコンが20万くらいで、この机周りのごちゃごちゃした小物共が2万~3万くらい? あとこの机が1万くらい。――! あぁあとこの部屋か。あ~見た感じ5万くらい? それか自作なら1万……だがまぁアイツには無理だな。もやしだし。ひょろひょろだし。ガタイが良いガキにも余裕で負かされそうだし。なんだったら園児に追いかけ回されて泣きべそを搔きそうな見た目してるし」


 と、図太い神経で自分を救ってくれた千寿を酷評――していったが、渡された資料に目を通した瞬間度肝を抜かれた。


「はぁ!? このパソコンだけで50万!? モニターも約3万でそれが2台!? はぁー……」


 予想を遥かに上回る金額に驚きを通り越して呆気に取られる。

 しかしまぁ、これは始まりに過ぎない。何故なら渡された資料はまだまだあるのだから。


「この部屋84万もすんの!? 車買えんじゃん!? 車がよッ!! ――てかパソコンなりこの周りのごちゃごちゃしたやつを合わせたら150万か? 軽自動車なら新車買えんじゃん!!」


 パソコン本体にモニターやキーボードと言った小物類の金額に驚く。

 で、極めつけには――、


「――……は? このマイク120万もすんの? ――……え? キモ。ヤバ。おんばかじゃん……近くのコンビニにゼ〇シィ売ってたっけ?」


 マイク単体の値段が100万を超えていたという事実に情緒が壊れてヤバい事を口走る始末。


 と、此処でまた千寿から一報。しかも通話である。


「『あの……ゼ〇シィハラスメントはやめてもろて。妖怪やら一部の男性やらにとってアレは妖刀村正以上の特級呪物よ』」

「『!? て、テメェなんでッ!?』」


 勢いよく席を立つ――が、そのせいで椅子が弾かれて壁に衝突して大きな音が。この部屋の値段を知ってしまったが故に琥珀は「あっ」と、普段なら絶対に出さないであろう情けない声を洩らしてしまう。


「『あぁ大丈夫。流石にその程度じゃ穴は空きませんよって』」

「『! あ、あぁそうか? ならよか――』」

「『凹みはするかもだけど』」

「『っ――おんばかがよぉ……』」

「『ンハハ。まぁ色々と聞きたい事があるけどまぁ……後回しで。それよりもそろそろネタ晴らしと行きましょうかねっと。』」

「『は? 凄い事?』」

「『うん!』」


 音声のみでも分かるくらいのニッタリネットリとした笑みを浮かべながら頷く千寿。そのままもう一つの電源が落ちた状態のモニター、それの電源を入れるように言う。


 すると電源を付けたモニターにはライブ配信の画面が。しかも濁流の如くコメント欄が爆速で流れていた。


「『んだこれ?』」

「『配信画面です』」

「『? んだそれ?』」

「『あぁそこから……まぁそこはおいおいね? 同業者兼先輩として教えますよって。――で、、それ読めますか?』」

「『あ、あぁ――”ON AIR”だろ?』」

「『――意味は?』」

「『あ? 確か……”放送中”だったか?』」

「『うん。そうですねっと』」

「『? なんでテメェ楽しそうなんだ?』」


 指摘されたよう楽しそうに話す千寿。そして自身で”ON AIR”の意味を答えておきながらいまいち状況が読み込めていない琥珀。

 されど状況の変化は数秒と掛からずに訪れる。


「『――……は? 放送中? ラジオの本番って事か?』」

「『うん』」

「『今が本番って事か?』」

「『そうそう』」

「『あぁ? ――あぁ――……バっ……カ、がよっ』」


 ”ON AIR”――”放送中”が意味する今の状況を察し、徐々に面白可笑しくなっていくクラスメイトを画面越しに見ては楽しそうに画面左下にある忙しく動く数字を読み上げる。


「『592人』」

「『あ?』」

「『605人。672人――お! 700人。700人突破おめでとう』」

「『待ておい! ”人”ってなんだよ”人”って!』」

「『ん? 画面左下にある数字を読み上げてるだけですよって』」

「『ひ、左下? この同接数ってやつか?』」

「『そうそう。それが今、貴女を実際に見ている人達の数です』」

「『――700余りが?』」

「『そう』」

「『オレを見てるって?』」

「『そう。お~まさかまさかの800人突破! おめでとうございます』」

「『あぁ……』」


 沈黙。沈黙。沈黙――。

 でまぁシャボン玉が割れたが如く唐突に、処理しきれなかった感情が暴発した。


「『おんばかがよっ!?!?!?』」

「『おっほ』」


 予想以上の良い反応。ドッキリはそれを見る人よりも仕掛け人が一番面白いのだと痛感する千寿。遂には濁流の如く流れるリスナー達のコメントの存在を教えた事によって千寿も感情が暴発した。


「『10万カツアゲの人!? ミルクセーキのアウトロー!? んだテメェ等! ぶっ殺すぞゴラッ!! ――罵声ありがとうございます!? もっと頂戴!?!? 狂ってんのか此処に集まってる奴等全員ッ!?』」

「ンアッハッハッ!?」


 最高! もう最高!! 最高の縁を拾ったと、石垣千寿は画面の向こうでやいのやいのと騒ぎ立てている瑠璃山琥珀を見ながらそう思うのだった。


 ちなみにこの日の最大同接数は1000人を記録。そして瑠璃山琥珀が言っていた口癖の”おんばか”。これは”おんどりゃあ! ばかたれが!”の略である。

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