第6話 冤罪と猜疑心






 最終的に、俺は1週間近く奴隷窟に収監されていたが、女達の全ての判定は済み、本日は満を持して皇帝との判定だ。そのせいか、俺がハーレム内の広間に引き出された時、ダーシャたちは誰一人いなかった。

 まぁ、丁度いい。俺の目論見が外れて始末されそうになったら、きっとダーシャたちがいたら庇おうとする。それはマズい。出来れば、優しい人たちは誰もひどい目に遭って欲しくない。

 一応、皇帝側も、ハーレム内の事は内々に済ませたいようで、手枷足枷で俺を縛って連れてきた側近っぽい男以外には、下女すらいなかった。どうやら人払いされているらしい。

 っうか、コイツ、本当に男かな?ナヨッとしてるし、雰囲気が……、とまで考えて、アレだ!と思い至った。多分、宦官だ!ハーレム内に入れるのは皇帝以外は女だけだが、宦官だけは別だ。しかも、宦官ならハーレム外でも側近になれる。

 まぁ、前の世界にも存在した訳で、此方にもいる可能性は高い。とは言え、刑罰の一種でもあり、本来は強制されない限りやらない。古には、自ら宦官になって政治的な栄達を目指す強者もいたらしいが…。


「不遜な態度だな、卑賤の輩が」


「そんな滅相もございません」


 俺を押さえ付ける側近っぽ奴について考えていたら、思考が脱線していた。いけない、いけない。ずっと無意識に笑顔を貼り付けていたら、イライラした風に皇帝が口を開いて罵ってきた。


  これぞ、おまいう。


 不遜なのも、卑賤なのも、お前だろーが!と云わなかった俺を褒めて欲しい。


「あの女と同じだな。どの様な言葉を聞こうと、不遜な態度だったのだ」


 悔しげに口にされた皇帝の言葉の端々に、歪んだ執着が見え隠れしている。実母とどういった関係だったかは分からないが、ハーレムに囲わず、敢えて傍に置くような存在だったのだろうか。今までは怒りの方が全面に出ていたが、目の前の皇帝はどんよりと濁った目で此方を懐かしく眺めているだけにも感じた。


 うーん、メンヘラ気質をビンビン受信してますね。更に猜疑心強くて、メンヘラ気質で、デレのないヤン皇帝かぁ……。この国、大丈夫かな?


 俺が国の将来を憂いている間に、側近が勝手に手首をスパッとやりやがった。小刀とは言え、幼児の指なら切断する勢いだったぞ!クソが!

 

 ボタボタと盛大に血が落ち、それを無造作に側近が小皿へ受ける。枷のせいでやられっぱなしだ!覚えてろよクソカマ野郎!


「皇帝陛下、本当にお遣りになるのですか?玉体を傷付けては…」


 俺が心の中で悪態を吐いているうちに、クソカマ野郎は盆にのせた2つの小皿を恭しげに捧げながら宣った。

 やるかやらないかを、血を流させてから確認するクズだった。やはりコイツはクソカマ野郎呼ばわりで良いな。コンプラとか異世界には関係ないし。


「なに、ホンの余興だ。戯れに過ぎぬ」


 此方の決死の賭けを戯事と抜かしやがったクソ皇帝は、チラリと俺を一瞥してから、懐から針のようなものを出して指を刺した。


 あえぇぇー?幼児の手首をあんな盛大にスパッとやっといて、自分は針でポチッとやるだけかよ!量が足りねぇーんじゃねーのか!?コラッ!!


 ピクピクと青筋立てそうになったが、どうにか耐えた。俺、偉い。これで、勝手に凝集反応出たとか言われたり、反応がよく分からないからやり直すとか言われたらキレるぞ!!とか、考えていたらフラグだったらしい。そこから五回くらい反応が分からないとやり直され、結局、その日は結果が認められる事はなかった!巫山戯るな!


 察するに、皇帝と俺の血液成分は一致したようだ。少なくとも、凝集反応は出なかった。時間経過で血が固まるのみなのだから、比較対象の皿とタイミングは同じになる。でなければ、あれ程やり直す必要はない。




☆☆☆




「はぁ~、どうなるんだコレ……」


 あの後、俺は問答無用に奴隷窟へと戻された。皇帝が結果に納得しなかったのだから、また判定が繰り返されるか、若しくは真実をねじ曲げて皇帝の望む結論にムリクリ落とし込むか、だろう。


「思い込みと猜疑心強えからな~どうあっても真実を受け入れない可能性あるか~」


 俺は薄い藁の上に寝転がって、岩で出来た天井を眺めた。ここ、奴隷窟は、阿片窟みたいなイメージだったが、言うなれば岩場の窟を利用した奴隷専用の牢屋みたいなものだった。勿論、環境は最悪だったが、今のところ拷問はされていないし、辛うじて残飯みたいな食事も出ている。しかし、改めて、隠遁生活だとしてもハーレムで女達に囲まれる環境は、天国だったのだと思う状況ではある。


 あぁ~、花みたいな良い香りのするダーシャに抱っこされて眠りたいな~!フワフワの豊満ボディとサラサラ金髪に包まれたいな~!


 それは、俺の直接体験ではなく、幼児のイアスの記憶でしかないが、脳内にありありと浮かぶ。勿論、イアスは純粋に母性を求めているだけで、ホワホワしたお母さんへの感情で抱きついているだけだ。しかし、今は成人済みの記憶も混ざり合っているので、ダーシャをお母さんと感じつつ、イイ女とも感じるのである。これじゃあ、お母さんに欲情する危ないエロ幼児の爆誕だ。マズいマズい。


 ハーレムの皆は俺にとってはお母さんだ!冒さざるべき、聖域なのだ!


 一先ず、俺は脳内でそれを呪文のように唱えながら眠った。今生の俺にとって、例え、皇帝の命令で明日処分される事になっても、それだけは決して変わらないのだ。


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