第2話 隣の席の美少女との対面

 学校を出た足でそのまま渡された住所の家へと向かう。

 ほほに触れる春の風は少し優しくて、まるでお人よしだなと揶揄されている気分になる。

 まったく気乗りがしない。それは依頼を完遂させるためには苦手な人付き合いを避けては通れないということをわかっているからで足取りは自然と重くなる。

 果てしなく憂鬱だ。隣の席の女の子のことを名前以外は何も知らないし、聞かされていない。


 なにより相手は女の子。よりコミュニケーションのハードルは高く、話す自信など皆無に等しい。

 それもあって、おのずと進む足はさらにさらに重くなり、時には引き返しそうに何度もなった。


 それでも断れなかった手前、駅をぬけ住宅街へ入る。

 スマホのナビを使ったこともあって目当ての家はすぐに見つかったが、チャイムを鳴らそうとするとドキドキが止まらず、そのたびに家の周りを何度も行ったり来たり。近所の犬に何度も吠えられた。


 アポイントも取っていないで、いきなり対面して何を話す?

 いや異性を前にしてそもそも話など出来るのか?

 問題は何か言えるほど彼女のことを知らないし、わからない。


 いずれにしても、絶対迷惑!


 そんな思考が頭の中を何度もかけめぐる。


 部室で渡された課題のプリントや連絡事項をポストにでも入れて、今日のところはそれで帰ろうという考えに至ったとき、玄関のドアがゆっくりと申し訳なさそうに開いていく。


「「っ!」」


 思わず声が出そうになる。

 飛び込んできたのは、まるでモデルをしているような整った顔立ちと黒髪のストレートの美少女。

 そんな彼女と目が合えば石化でもしたかのように固まってしまう。

 目元がやけに輝いていて、それは涙が貯まっているのだと気づいて、なんだかさらに心をつかまれたが、同時に胸が苦しくなる。


 春明の高校の制服を身にまとっていることからも、彼女が隣の席の女の子だとわかったが、突然のことと予想とは違ういで立ちとその雰囲気に唖然としてしまう。

 もっと物静かそうな感じの女の子を勝手に描いていたがちょっと違って、明るくて誰とでもすぐに打ち解けそうなそんな印象だ。


「「……」」


 春明がこの場にいることに志乃も驚いたように目を見開き涙が少し流れた。

 自分が相手にどう思われるか考えると無性に怖くなる。


 何か話しかけようにもあいにく気の利いた言葉は浮かんではこず、持ち前のコミュ障を遺憾なく発揮する。彼女のほうも何か言いかけようとしているものの言葉は出なかった。


 そうこうしているうちにゆっくりと玄関のドアは閉まっていった。

 見えなくなる彼女の表情は唇をかんでいるような、何か悔しそうな印象を受けた。


「……」


 それでも、春明はやり取りをしなくてすんでちょっとだけ安心してしまう。

 あのままだったら余計なことを言って傷つけてしまうかもしれないし、口ごもって会話にもならないかもしれないし、迷惑をかけるだけだ。


 コミュ障な自分にはできることはない。ということを痛感させられる。


(プリントを置いて帰ろう)


 そう思っているのに、ポストの前で足が止まって動かなかった。

 いったい何しに来たんだと自問自答し、このまま何もしないで帰るんじゃ意味がないと自分を鼓舞する。

 入学以来学校に来ていないのは何かしら理由があるんだろう。

 自分の姿を同じ学校の生徒に見られたことがどれほど彼女の心に影響があるかはわからない。


 まったく気にしない子ならばいいが、学校に来ていない現状がある以上それは希望的観測だ。

 なにより先ほどの涙や、悔しそうな表情が頭にこびりついたように離れてくれない。


 何も言ってあげられなかった自分が情けなくもあり、こぶしを握り締める。


 なるべく不安にさせたくない。

 自分のせいで現状を悪化させるなんて申し訳ないし、絶対にそれだけはしちゃだめだと理解している。


「ああ、くそっ……」


 額をたたき、カバンからノートを取り出す。


『クラスメイトの戸田春明。ビックリさせちゃってごめん。プリントを持ってきただけだから』


 そこで手が止まる。

 内容だけみれば簡素で味気ないが、伝えることは書いてありそれで充分なのだが……。


「そうだ、依頼……遂行するためにはこれじゃだめだ……」


 と思い直し、少し震える手で先を書いていく。


『俺はあんまり話すのが得意じゃないから、さっきは何にも言えないでごめん。大体この時間にプリントや連絡事項を伝えに来る。このことは担任の先生以外誰も知らないし、俺はクラスに話す相手とかもいないし、気にしなくて大丈夫。その……いや、迷惑でなかったら明日も多分来ると思う』


 文面を見てなにを書き記してるんだとも思うが、謝っておくに越したことはない。

 だがその内容でも彼女の涙を見てしまった事とは全くつり合いが取れないように感じる。

 だから今までに誰にも言っていない封印した過去を、その胸の内を少しだけ曝け出す。


 まずは相手よりも自分のことを伝えなきゃ話はできないし、向こうも何も話してはくれない。

 コミュ力はないし、緊張もするが文章ならまだいくらかましだった。


『昔、俺はいじめを受けて不登校を経験してる。だからって何をしてあげられるかはわからない。でも、もし何か悩みや抱えてる問題があるんならいつでも話を聞くから。何があったのかはわからないけど、俺は味方だから』


 プリントとメモを一緒にポストに入れしばらく静かに志乃の家を見つめた後、春明は帰路に就いた。

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