第18話 最後の追い込みとガールズトーク



 カレーを食べた後は、みんなで後片付けをした。

 一斉に動くから、素早く終って、器具や水道ガスの元栓の点検もばっちり終えて、「じゃあ、明日な」と云う言葉を合図にみんなばらばらと帰宅の途につく。

 ガンちゃんと飯野君は道が一緒だからと、愛衣ちゃんと真咲を送ってくれた。

 真咲が泊り込みで最後の作業を手伝うと知った飯野君は、しきりに恐縮していたようだ。

 「大して役にはたたないかもだけど、1人でやるよりは、早いかもしれないじゃん」

 さっきの家庭科室のカレーの件だってそうだった。

 準備はガンちゃんと飯野君で時間がかかったと思う。

けど、片付けはささっと終ってしまった。

 協力すれば終るのは早い。

「よかったねーおにいちゃん。まさきちゃんもてつだってくれるって!」

 桃菜ちゃんが無邪気に声を上げる。

「桃菜が良かったなーだろ」

「うん、あしたーたのしみー」

 いよいよ、明日だ。

 今、愛衣ちゃんが家にある衣装は、どこまで進んでるんだろうと、真咲は思う。

「ほんと、今回ありがとうな、みんな。菊池さんも、鎌田さんも、ほんとありがとう」

「……飯野君」

「ガン。ありがとう」

「何云ってんの、崇行だって頑張ってたじゃん。てか、お前はなんでも1人でやろうとしすぎなんだよ。クラブだって退部することなかったと思うぜ」

「え? 飯野君、サッカー部退部したの?」

「うん。でも生徒は必ずクラブ活動に参加するって校則にもあるから、何か活動が地味な文化系のクラブに入りなおそうかと思ってる」

 女子が残念がるだろうなあと真咲は思う。

 なんといっても、スポーツをするイケメンは、市場価値は高いのだ。

「じゃあ、カレー部」

 文化部ならば女子も一緒に参加できるし、さっきのカレーは美味しかったので、ふと真咲は云ってみる。

「なんだよ、真咲ちゃんカレー部マジで考えてんの?」

 ガンちゃんが半分驚いて、半分興味もった感じで真咲に尋ねる。

「欧風からインドカレーまで」

 真咲が云うと、愛衣ちゃんも続ける。

「スパイスを探そうとかね」

 月一で調理実習とかね」

「ライスも研究すんの」

「ナンも作るのね」

「光一が考えた同好会よりは断然楽しそうだよな」

 瀬田は一体ナニを考えたのだろう。

 真咲と愛衣ちゃんは顔を見合わせた。

「あいつ、愛衣ちゃんに衣装部作らせて、オタク系の人に商売しようぜとか云ってた」

「はあ?」

「アニメキャラとかのコスプレを作らせるの。手数料とかとって」

「……瀬田君、やっぱガンちゃんと友達」

「げ、なに、オレって、真咲ちゃんから見るとそんなになんかアレ? ナニワ商人的な人?」

「ナニワ商人かも、中澤先生からちゃっかり今回のカレー材料費せしめてんだから」

 飯野君がクスクス笑いながら云う。

 真咲ははっと思い出す。

 女子トイレの一件で、中澤先生が真咲に注意しにきた時、先生の去り際にガンちゃんが、先生に歩み寄って耳打ちしていたのを。

「だってー手数料なら本来幼稚園の方からとりたいけどさー、そんなことしたら桃菜ちゃんの印象悪くなるしーだから、愛衣ちゃんと斉藤さんの関係をなんとかしたい中澤先生に、協力してもらったんだよって。真咲ちゃんだってプンプン怒ってたしね」

 真咲はそれを聞いて呟く。

「ナニワ商人だわ」

 その呟きを傍で聞いた愛衣ちゃんは、クスクス笑った。

 飯野君とガンちゃんに愛衣ちゃんの自宅まで送り届けてもらって、マンションのエントランスで別れた。

 別れ際に飯野君からメモをわたされた。

 携帯の電話番号だった。

「明日、もし、何かあったら電話して」

「飯野君も携帯持ちなんだ」

「桃菜がいるからね」

「そっか」

「じゃあね」

「明日ね」

 ガンちゃんと飯野君と桃菜ちゃんに手を振って別れた。



 愛衣ちゃんの家の玄関に入ると、彼女のお母さんが出迎える。

「遅かったのねえ」

「こ、こんばんは」

 真咲を見て、愛衣ちゃんのおかあさんは満面の笑顔だ。

「いらっしゃい、おなかすいたでしょー。まーまー毎日遅くまで」

 そんなお母さんの言葉を愛衣ちゃんはさらっと口を挟む。

「ううん、カレー食べてきた」

「はあ?」

「打ち上げでカレーライスが出たの」

「どこで?」

「学校の家庭科室で」

「……夕飯作っちゃったわよー」

 恨みがましそうに愛衣ちゃんのお母さんは云う。

 「携帯があれば連絡したんだけどね」

 愛衣ちゃん、これは暗に携帯電話購入のおねだりかと、真咲は思う。

「じゃ、お風呂、先に入っちゃいなさい」

「うん。真咲ちゃん、先に入ってね。で、お風呂入り終わったら暖かくしてね風邪引いちゃうから」

 真咲は頷く。

 しかし、ここで暖かくすると、自分のことだから眠くなるに違いない。

 そう思って、とりあえず、衣装の進行具合を確認してからと、愛衣ちゃんに伝えた。

 愛衣ちゃんは頷いて、自分の部屋へ真咲を案内してくれた。

 愛衣ちゃんの部屋は、愛衣ちゃんの見た目にのまま、可愛いファンシーな小物に囲まれ、カーテンや壁紙も、女の子らしいピンクとかオレンジの配色の部屋だった。

「カワイー」

 良く見ると、クッションとか手作りっぽい。

 そこはさすが愛衣ちゃんだなと思った。

 しかし、真咲は、愛衣ちゃんのお部屋探訪はそれぐらいにして、さっそく作業状況の確認を始める。

「どこまでできた?」

「部分部分は出来てる。でも、中に『パニエ』を着せた方がドレスのスカート部分がふわっとなるからそれも新たに作った方がいいかなって」

「……OK、今日渡したもう一着の姫ドレスにもパニエ付けた?」

「まだなの、だからパニエは二着縫わないと」

「そうか……」

 そんな相談をしていたら、愛衣ちゃんのお母さんに再度お風呂を勧められたので、真咲と愛衣ちゃんはお風呂を終ってから、作業にとりかかることになった。

 生地を広げるから、リビングで作業は行うことに。

 白いサテン生地の上にレースを重ね、レースの裾周りにピンクのサテン地で作ったバラのつぼみを点在させる。

 サテン地の裾周りにもパールビーズをちらせていく。

 スカートのデコレーション部分で時間がかかるのだ。

 愛衣ちゃんのことだからパーツが出来ていれば、あとはミシンで縫いつけていくのだが。

 パフスリーブにもタックレースをつけるとか、本当に凝っている。

 ちくちくとサテンのスカート部分にビーズを縫い付けていく。


「もー、2人ですぐに、ちくちく始めてー」

「……」

「せっかく愛衣が、お友達連れてきたのに、ママお話してないよ」

「それどころじゃないから」

 ピシっと愛衣ちゃんは云う。

 真咲はチクチク縫いながら、その愛衣ちゃんの砕けた感じの口調に噴出す。

「愛衣ちゃんらしくないーびしりと云うね」

「内弁慶なのよ、うちの愛衣は。だからもーその愛衣が最近口にする『真咲ちゃん』がせっかくきたのにさー学校でのお話とかいろいろ聞きたいのにさー」

 まあ、愛衣ちゃんのお母さんの気持ちはわかる。

 登校拒否から保健室教室の状態の娘が、友達を連れてきたのだ。

 イヤでもテンションはあがるだろう。

 しかし、真咲も愛衣も今それどころではない。

「また、誘うからいいのっ! 今度はちゃんと遊びに来てくれる? 真咲ちゃん」

 「もちろん。ウチにもきてね」

 「うん。ほんとはいろいろ、おしゃべりしたいんだー例えば、真咲ちゃんとガンちゃんって付き合ってるの?」



 プス。



 愛衣ちゃんの何気ない台詞にダイレクトに動揺して、真咲は針を指につきさしてしまう。

「血ー!」

「ママ! バンソーコー!」

「生地が白だから、ヤバイって! 愛衣ちゃん、ヘンなこと云わないでよー」

 「ご、ごめん。でもなんか気になって。実際のところはどうなのかなって」

 真咲は愛衣ちゃんのお母さんに絆創膏を貼ってもらって、血がにじまないかどうか確認してから、生地を持つ。

「めっちゃ、焦った~」

「で、どうなの?」

「もちろん付き合ってないよ」

「けど、一緒に買出しに出て手を繋いじゃうんだ?」

「あれはね、あれはね、きっと、愛衣ちゃんでもやったと思うよ」

「えー!」

「やるって」

「じゃあ、じゃあ、カレーの時に云ってたのは?」



 ――真咲ちゃんはやっぱ、料理できる男がいい?

 ――オレもちょっとは頑張ったんですけど?



 その言葉を思い出して真咲は耳の裏が厚くなってくるのを感じた。


「や、ああいうのは、多分、その」

「あれはがっつりアプローチでしょ」

「えー!!」

「なになに、恋バナ?」

 愛衣ちゃんのお母さんまでが、お茶を淹れてくれながら、会話にはいってくる。

「今回の衣装作りのリーダーはガンちゃんなの。ガンちゃんは飯野君が困ってるからみんなに呼びかけたんだよ」

「へー」

「それで、真咲ちゃんが私をスカウトしにきたの」

「そうなんだ」

「だからね、最初真咲ちゃんがガンちゃんのことが好きだから協力してるのかなって思ったんだけど……でも、ガンちゃんが真咲ちゃんのこと好きみたいなんだ」

「違う! ガンちゃんは誰に対してもフレンドリーな人!」

「えーじゃあ、真咲ちゃんは多数派で飯野君がいいの? あ、飯野君はね女子一番人気なんだよ。飯野君も真咲ちゃんのこと好きみたいだよね」

「まあ、真咲ちゃんモテモテね」

「ちょっとまったあ! アリエナイし!!」

 これ以上動揺したら、指が針山になりかねない。

「真咲ちゃんは、誰が好きなの?」

 愛衣ちゃんのお母さんにつっこまれて、真咲は深い溜息をつく。

「みんな友達です」

「こういう話を、今度たくさんしたいなー」

「そうしたら、愛衣ちゃんにもたくさん質問しちゃうぞ」

 愛衣ちゃんと真咲は顔を見合わせて笑った。

「パニエ、二着目にとりかかりまーす」

「早っ!」

 真咲もせっせと手を動かし始め、サテンの裾にビーズを括り付けていくのだった。



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