第15話 手をつないでたら





 学校に戻ると、みんなが真咲とガンちゃんに注目していた。

 いや、真咲とガンちゃんの手に注目といった方がいいのか。

「おい、鎌田」

 女子生徒の小さな「キャー」という声を大きくするのは、光一の言葉だった

「お前、飯野がいいとか云ってなかったか?」

 あの時はガンちゃんも飯野君もいなかったから、真咲も声を大にして云えた。



――ガンちゃんはね、使えるモンは何でも使うの、ニコニコ笑って、人畜無害な顔でごり押しして、だけど実行しちゃうのよっ! 合理主義にもほどがあるっての! 昨日の一件でよっくわかったよ!


――やっぱあれよ、付き合うなら飯野君よ! 顔はいいし妹思いだしねっ



 確かに云った。

 その時は、愛衣ちゃんに対してガンちゃんのとった行動に腹が立っていたというのが一番だった。

 それまでは、確かにガンちゃんはすごいと思ってたし、尊敬してたし、まあちょっとはいいなとも思ってた。

 でも、カレとかカノジョとかの関係をガンちゃんが持ったらどうなるのか? もし、ガンちゃんが、誰かのことを好きになったりしたら、どうなるんだろうと。

 それを想像したら、ガンちゃんの行動力や思考は真咲には及びつかないことが多くて、ビビッたのだ。

 きっとたくさんびっくりすることが起きるに違いない。

 恋愛関係とかではなく、飯野君への協力という目的があって、事なかれ傍観者タイプの真咲が、ガンちゃんに関わって、こんなふうになってしまったのだから。



――付き合ったら、絶対、あたしの思考とか行動とかそういうのもっと変化させられちゃうよ。



 真咲は手を放そうとするけれど……。

 ガンちゃんがガッチリと掴んで放さない。

 その手とか指の力に驚いて、真咲は恐る恐る隣に立つガンちゃんの顔を見ると、ガンちゃんはにっこり笑って尋ねられた。


「え? どういうこと? 真咲ちゃん」


――……こ、恐ぇええっ! 放せ!! 放そうよ!! ガンちゃん!!


 真咲はガンちゃんとつないでる手をぶんぶんと振ってみせる。



――なんか、別にガンちゃんと付き合ってるわけでもないのに! これじゃあまるで、浮気を問いただされる新婚夫婦の旦那みたいじゃないのさー!



 あせりまくる真咲の内心を知ってかしらずか、ガンちゃんの手は真咲の手をがっちりと握り放さない。


「え? 真咲ちゃん崇行のこと好きだった?」


 温和なお人柄を象徴する穏やかな口調が、逆に恐い!

 真咲の横で斉藤が呟く。

「云ったじゃん、思わせぶりだって」

 斉藤のぼそりとした小声の呟きを真咲は大慌てで言い返す。

「そ、そ、そんなこと云ったって……飯野君みたいなお兄ちゃんなら欲しいって話で!」

 絶叫に近い声量だった。

「……お兄ちゃんか……」

 だから真咲の言葉に、幾分テンション低めに飯野が呟く言葉は、真咲には届かなかった。

 が、女子はその呟きを聞き漏らさなかったみたいで、飯野と真咲を見る。

 そんな飯野の呟きとは逆に、ガンちゃんはあいてる手を胸にあててほーとした様子で「よかった~」と呟いてる。

 もちろん真咲はそんなガンちゃんの様子よりも、繋がれてる手を放そうと、ぶんぶんと手を振り続ける。


「ももなも! それやる!」


 ガンちゃんんと真咲が手をつないでぶんぶんしていたのが、楽しそうに見えた桃菜ちゃんが、真咲の前に桃菜が立つ。

 桃菜の可愛らしさに真咲は桃菜の目線にしゃがみこむ。

 その様子を見て、ガンちゃんが真咲の手を放した。

 真咲は桃菜の小さな手を握ると、ほんわりと暖かい。

「あったかーい! 桃菜ちゃんあったかーい!! ギューしていい?」

「ギュー?」

 真咲が桃菜を抱き上げる。

 小さな身体全体がほわほわと暖かい。

 吹きっさらしの土手沿いを歩いてきた身には、ほんわりとしたその体温が羨ましかった。

「あったかいの? まさきちゃん、さむいの?」

「あったかいよー、桃菜ちゃんであったまった」

 桃菜は得意そうににこにこしている。

「ほんとだー。まさきちゃんのほっぺつめたーい」

「桃菜ちゃん、あのお姉ちゃんが、お姫様の冠をみつけてくれたよ」

 斉藤を指差すと、本人はギョっとする。

「ほんと!? みせて!!」

 真咲はテーブルに置かれたビニール袋からティアラを取り出す。

「わああ、おひめさまだあ」

「ちょっと、斉藤、どーやって留めるのよ」

 斉藤がティアラを桃菜の頭に載せる。

「こうトップを挙げてー、したら髪がこうあつまるからゴムとピンで固定して、そこにティアラを差し込む。端の細い部分にピンをつける、サイドたらして、こう巻き髪にすると姫でしょ」

 ぐっと桃菜ちゃんの髪をアップにしてみせる。

「ねえ、桃菜ちゃんもう1人の姫は髪長いの? 桃菜ちゃんぐらい?」

「うん、ももなとおなじぐらいだよ」

「一応、いろいろ持っていくわよ当日に。ヘアアイロンとか、スプレーとか、メイク道具」

「メイク……」

「だって舞台なんだから、メイクありでしょ」

「ま……まあ、ありだね」


「よーし、本日はここまで、明日は5時にはここを明け渡すというか片付けです」


 ガンちゃんの言葉に「えっ!?」と声を上げたのは愛衣ちゃんだった。

「な、なんで5時」

「んー、引渡しの為?」

 ガンちゃんの言葉に、みるみる愛衣ちゃんの顔色が変わっていく。


「5時……引渡し……そんな。駄目……明日までは無理……」


「愛衣ちゃん……?」

「明日の夕方に引渡しでしょ?」


 買出しから戻ると、愛衣ちゃんが蒼い顔をしていた。

 愛衣ちゃんは白いサテン生地を前に頭を抱える。

 脇役の衣装は着々と進んで、明日、細かなところを微調整すればOKという段階にはなっているのだが……。

 それもこれも、結局みんなが「わからない~」と衣装を持ってくるので、自ら手伝うことに。

 しかしそれも無理はない。

 姫ドレスほどの装飾はないにしても基本パターンは同一の「ねずみのおばさん」役の衣装はワンピースなのだ。

 しかも長袖。

 かなりパーツを分担してみたのだが、それでもちょっと戸惑うことが多かった。

 手がかかる主役の姫ドレスは、愛衣ちゃん自身が最初から最後まで手がける予定だったからそれが大幅に遅れてしまった。

 明日の引渡しには間に合わない気配なのだ。

 お遊戯会は明後日である。

 今日の被服室利用時間はもうリミット。

 明日だって結局5時でこの被服室は退去しなければならない。


「とりあえず……持って帰るけど……」

「愛衣ちゃん」

 ガンちゃんが云う。

「だからって、明日学校サボるのはなしね」

 そう、ここで学校をサボったら、先生達の心証はよくない。

 ガンちゃんがごり押しでここまで進めてこれたのも、みんなが先生の許す範囲を守ると暗黙の了解があってこそだ。

 そして愛衣ちゃんを教室に戻すという先生の思惑に乗ってやる……というのもおかしいが、まあそこは狙っていたことなので、愛衣ちゃん本人が学校サボルのは事態の前進じゃなく後退だ。

 「とにかく、みんな明日は、愛衣ちゃんに質問はNGで。みんなが受け持った衣装はもう細かいところを残すのみだし、明日の5時にはさくら幼稚園に引渡しだ。それは変わらないから、そのつもりで」

 ガンちゃんが云う。


「片付けして本日解散」

「へーい」


 愛衣ちゃんは蒼い顔のまま、衣装の生地を紙袋にしまう。

 真咲はそれを見て、なんて声をかけていいのかわからなかった。



「明日さ、よかったら、ウチに愛衣ちゃんを招いて、衣装作りしていい?」

 夕飯を食べながら、真咲は母親に尋ねる。

「すっごく遅くなっちゃうかもしれないんだ。あたしも、今日、買出しとか行っちゃたから……」

「いっそお泊り道具もってきてもらえばいいじゃん」

 母親の言葉に真咲は目を見開く。

「いいの?」

「いいよ。まーあんたにしては燃えてたんじゃない? 家に帰ってきてミシン引っ張り出してガタガタやってたじゃないの、半纏やパジャマよりも力入ってたんじゃない?」

「じゃ、じゃあ、愛衣ちゃんに電話しないと!! あ……」

 勢い込んダイニングチェアから立ち上がると、真咲は思い当たる。

 肝心の愛衣ちゃんの家の電話を知らないのだ。

 もう時間がないから、こういうことは早めに連絡したいのに……。

 学校の名簿はもう何年も前に廃止された。

 個人情報保護のためだ。

 春に配られるクラスの緊急連絡網プリントしかない。

 真咲は1組で愛衣ちゃんは2組だ。

 当然連絡網には1組の人間の電話番号しかないのだ。

「どうした?」

 学校に連絡しても先生はいないだろうし……。

 真咲は緊急連絡網のプリントをじっと見つめてガンちゃんの電話番号に目をとめた。

 今日、買出しに出かけた時の事を思い出して、自然と顔が熱くなる。


――でも、ガンちゃんしか頼れないもん……。


 真咲は意を決して、受話器を取り上げて、ガンちゃんの家の電話番号をプッシュした。



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