第10話 《英雄》

 ユーリは死んだ両親を見下ろし、少し見つめていた。


 親なんていたことがなく、特別持つ感情もない。特にエージェントを散々殺してきたユーリなら、今の状況で少なくとも悲しいなどとは思わなかった。


 その時、ユーリは背後に人の気配を感じた。


 ここに死体が二体転がっていて、ユーリが銃を持っているというのに全く怖がっているような気配を感じない。ということは、エージェントか。


 そんなことを思いながらユーリが振り返ると、そこにいたのは明らかにエージェントらしき男だった。


「勝ったのは《刹那》だったか……」

「何? 誰?」

「《英雄》だ」


 やっぱりエージェントだった。


「ダサ……」

「何を……!」

「英雄になりたいの? 何をして英雄になったの?」

「……英雄の一族だから、代々そう名乗ってるだけだ」

「その英雄って誰?」

「誰でもいいだろ」

「何で?」

「……もういい。ホワイトローズ一族だってことは教えてやる」


 ホワイトローズ一族なら話は早い。英雄と呼ばれるのは巨大だったブラックローズ一族を衰退させたからだ。確か《純潔》もその一族だったはずだ。


「姉さんがまさか死ぬなんて思っていなかった。君を甘く見ていた」


 その発言からするに、《英雄》はユーリの叔父らしい。


「姉さんが言ったから、《永遠》も殺さなかった。お前も、組織に加えられるように手配しようとした。でもこうなったなら、お前は殺す」

「家族思いの理想的な人間だな」


 姉が言ったからと願いを叶えられるほどなら、組織での立ち位置は上の方だとわかった。


「組織で上の方なら、殺す価値もあるかもな」

「下の方なら殺す価値は無い、と」

「そりゃそうだろ。下の方の人間なんてすぐに補充できる。自分の命が狙われれば別だけど、僕を殺せる奴なら下の方になんていないよ」

「へぇ。……下の方でも、組織にとっては価値のある殺しもあるがな」

「何をした」

「お前の相棒たちを殺してやったんだよ」

「えっ……」


 つまりそれは、ヒカルとレイが組織によって殺されたということだった。


「お前がやったのか」

「たった今知らせが入っただけだ」

「どうせお前が指示したんだろ」

「さあどうだろう」


 ユーリは《英雄》の返答を聞くや否や、組織が今回の拠点にしていた場所に向かった。


 そこは見た目は広場だが、有事の際にシェルターにできるように地下室がある。その地下室に今回は組織の拠点があった。


 ユーリがその広場にたどり着くと、本来なら白い石のタイルが張り巡らされた綺麗な広場のはずだが、あちこちに血が飛び散っていたり銃弾が転がっていたりと変わり果てていた。


 また、広場には何人もの人が倒れていて、激しい銃撃戦が行われていたことがわかる。


 二人が銃撃戦でこれほどの人数を殺した、それほどの実力だったことを思い知らされる惨状だ。


 ユーリはそんな惨状に見向きもせず、真っ先に二人の元に走った。


「ヒカル……! レイ……!」


 必死にそう呼びかけるが、返事はない。


 死んでいるということはユーリにも当然わかる。だが、実際に首脳会議が行われているのにも関わらず、まさかこの任務でハメられるとは思っていなかった。


「僕のせいだ……僕のせいでこんなことに……」

「そうだ。お前のせいだ」


 後から追いかけてきていた《英雄》がユーリを追い詰めるようにそう言う。


 ――僕はただ普通に暮らしたかった。


 ――二人が巻き込まれることはわかっていたことなのに……


 ――何で僕は……


 ユーリは泣いていた。幼い子供のように、声を上げて泣いていた。


 目の前で人が死んでも、自分の手で殺しても、両親が死んでも、なんとも思わなかった。でも今は違う。悲しみ、怒り、嘆き、情けなさ、罪悪感、これほど他人のことで心が苦しくなったのは初めてだった。


 間違いなく、それほどまでに二人はユーリにとって大切な人になっていた。


 そんな人たちとの理想的な幸せな生活は、こんな形で終わってしまった。


「お前のせいで二人は死んだ。罪を背負って死ぬことだな」


《英雄》はそう言って拳銃を構え、ユーリの背後へとゆっくり歩いて近づいていき、頭に照準を合わせ、一定の距離で立ち止まる。


 ――全てを失って、全部潰して、壊して、そんな僕に残っているものは何もない。


 ――もういっそのこと、悪魔にでもなってやろうか。

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