07 友達の前でうっかりイチャイチャしてしまい、恥ずかしいことになった件

 よし、状況を整理しよう。

 端的に言うと、谷崎たにさきが俺とルイが付き合っていることに気づいたっぽい。


 その谷崎は混乱顔で立ち尽くしている。

 一方、ルイは恥ずかしそうに顔を赤らめ、俺にジト目を向けていた。


 どうするのよ、ときれいな瞳が言っている。

 うん、そうだな、どうすることが正しいだろう。


 少しだけ考えた。

 でもやっぱり答えは一つしかなかった。


「……よしっ」


 俺は静かに席から立ち上がった。

 谷崎はさっき仰け反った時にすでに立っていて、ルイも同じくさっきの勢いで立っている。


 いつの間にか、教室は俺たちだけになっていた。


 そのなかでルイの方へと視線を向ける。

 誠意を込めて、ちゃんと告げた。


「ルイ、俺たちのこと、谷崎に話したい。いいかな?」

「……っ」


 真面目な空気に驚いたらしく、ルイは一転して息を飲んだ。

 俺が目を逸らさずにいると、彼女は軽く身じろぎをして、照れくさそうにつぶやく。


「別に……いいけど? 涼介りょうすけがそうしたいなら」


 声がちょっと嬉しそうだった。

 良かった。ルイが嫌だったらどうしようと思ったけど、逆に喜んでくれてるみたいだ。


 その一方で谷崎は混乱を加速させていた。


「りょ、涼介って……それ、北原の名前っ。じゃあ、まさか本当に……!?」

「そうなんだよ」


 谷崎に頷きつつ、俺はルイの方へといき、彼女の隣に並ぶ。

 ふわりとシャンプーの匂いがして鼓動が速くなりそうになったけど、どうにか堪えて口を開いた。


「俺たち、付き合ってるんだ」

「マジでーっ!?」


 谷原の素っ頓狂な声が響いた。


「き、北原と水野さんが!? うそん!? いやそりゃよくしゃべってるな、とは思ってたけど、いつからよ!?」


「昨日から」

「昨日!? 直近じゃん!?」


「実は谷崎の件を相談したのがルイでさ、その流れで」

「どんな流れだよ!? ってか、じゃあ俺、白衣の天使じゃん!?」


「それを言うなら、恋のキューピッドな?」

「恋のキューピッドじゃん!?」


 ちゃんと言い直した。

 よほど衝撃的だったのか、谷原はその場で飛び跳ねそうな勢いだ。


「そーかー! 一年の頃、どんなに合コン誘っても来ないから不思議だったんだよ! こういうことだったのか、北原っ! そういやいつも『俺、好きな子いるから』って言ってたもんな。あれ本当だったんだっ」


「あ、ちょ、谷崎」


 その話はちょっと恥ずかしい。

 しかし谷崎の勢いは止まらない。


「そうだそうだ、思い出したっ。北原言ってたよ! 『たぶんその子と付き合えることはないと思う。でも俺、ずっとあの子のこと好きだと思うから、だから他の子に目移りするようなことはしたくないんだ。もし万が一、付き合えた時、ずっと一途だったって胸を張りたいから』って! あれ、水野さんのことだったんだな!?」


 た、谷崎……っ。

 顔がとてつもなく熱くなるのを感じた。


 確かに一年の頃、よく合コンに誘われた。

 谷崎は人懐っこくて交友関係が広いから、大学生みたいに合コンを開くことができたらしい。


 ただその頃にはもうルイが好きだったから、谷崎には申し訳ないけど、すべて断っていた。理由は今、谷崎が言った通りだ。


 でもまさか今になってそれを本人の前で言われてしまうとは……っ。


「へー。涼介、そんなこと言ってたんだ?」


 隣から心底楽しそうな声が聞こえてきて、ギクッとした。

 恐る恐る見ると、ルイがびっくりするぐらいニヤニヤしていた。


 美しい黒髪を揺らし、俺のことを見上げてくる。


「それ、あたしのこと?」

「……黙秘権を行使したいんだけど」


「だめ。裁判長の尋問は絶対だから」

「裁判長は尋問しなくない? その裁判所、権力強過ぎない?」


「いいから。あたしのことなの?」

「い、言わなくても分かるよね……?」


「ぜんぜん分かんない」

「いや分かるでしょ」


「へー、根拠は?」

「だって昨日、俺、ルイのことずっと、、、……だった、って言ったし」


「大事なところが聞こえませんよー? 北原容疑者」

「や、本当、権力強過ぎるよ、水野裁判長……」


「聞きたいの。言って」

「いや、うん、だから……」


「だから?」

「……ルイのことだよ」


「ふふ、やっぱり」

「……もう」


 俺は肩を落とし、観念した。


「一年の頃からずっとルイのことが好き……だったから合コンの話は断ってたんだ」

「よしよし、一途じゃん」


 肘で小突かれた。

 ご機嫌な顔でルイは笑う。


「胸張っていいよ? あたしが許す」

「…………」


 ……ああもう、参ったなぁ。

 どう見てもイジられているのに、なんだか嬉しい。

 俺は照れ隠しに頭をかく。


「それ、水野裁判長の判決?」

「そ、判決。被告、北原涼介は『彼女に一途なことに胸を張るの刑』」


「いや、ぜんぜん刑じゃないと思うけど」

「あ、ほんとだ。これじゃご褒美ね」


「ご褒美だったら、もっとご褒美っぽいものが欲しいなぁ」

「じゃあ、ご褒美に『彼女と一緒に帰れる権利』をあげましょう」


「あ、それは嬉しいかも」

「やったじゃん」


「あー、でももうちょっとご褒美もらっていい?」

「? どういうこと?」


「一緒に帰れる上に……手を繋ぐのもアリ、とか」

「…………」


「だめかな?」

「……涼介の欲張り」


 責めるような恥ずかしそうな目。

 でもその頬は朱に染まっている。


 せっかくなのでちょっと調子に乗ってみることにした。


「だってご褒美だし。どうですか、裁判長?」

「……しょうがないなぁ」


 ルイは照れくさそうに身動ぎする。


「特別に許可してあげます」

「やった」


「でも代わりにどっか寄りたい。どっか連れてって」

「いいよ。どこがいい?」


「どこでも」

「本当にどこでもいいの?」

「うん……」


 ルイはもじもじしながら俯くと、吹けば消えるような小声で囁いた。


「ただ……もっと涼介と一緒にいたいだけから」

「ルイ……」


 体温が急上昇してしまいそうになった。

 そんな俺の横で、彼女はスカートのプリーツを手いじりしながら言う。


「だって、すごく嬉しかったし。本当にずっとあたしのこと想ってくれてたんだな、って」

「うん、寄ってこう! 俺ももっとルイと話がしたいっ」


 そして、どちらともなく自然に見つめ合った。


 お互い、まだ正面からだと恥ずかしい。

 だからルイはちょっと顔を背けて見上げる感じで、俺も明後日の方向を向きつつ、目だけで彼女のことを見つめている。


 不思議だ。

 朝はこういう沈黙が気まずかったのに、今はまったくそんなことない。


 むしろこうしている時間を愛しく感じる。


 ただ条件反射というのだろうか。

 こうして黙っていると、つい手を繋ぎたくなってしまった。


「ルイ、あのさ」

「なあに?」


「ちょっと早いけど……ご褒美いい?」

「手繋ぎたいの?」


「うん、繋ぎたい。っていうか、ルイに触れたい」

「……ば、ばか。言い方っ」


 ルイはツンとそっぽを向く。

 でも俺は気づいている。ルイは一言も嫌だとは言っていない。


 すぐそばにある、新雪のようなきれいな手のひら。

 俺はそこにそっと手を伸ばしていって、そして――。


「ちょーっとごめんなさいね、ご両人っ!」

「「――あ」」


 谷崎に死ぬほど気まずそうに声を掛けられ、俺とルイは同時に我に返った。

 気のいい友人は顔を手のひらで覆い、小刻みに震えている。


「盛り上がってるところ、すげえ恐縮なんだけども、俺に気づいて? クラスメートのイチャイチャを目の前で見せつけられるダメージといったら半端なきものよ? 羨ましいんだか、微笑ましいんだか、恥ずかしんだか、ワケ分かんなくて頭がおかしくなりそうだぜっ」


 いいか二人ともっ、と指を突きつけ、谷崎は叫ぶ。


「今の俺は彼女がいるから致命傷で済んだけど、そうじゃなかったら致命傷だったからな!?」


 どっちにしろ致命傷だった。

 もちろん我に返った俺たちも恥ずかしさで致命傷だ。


「ご、ごめん、谷崎!」

「さ、さすがにごめんなさい」


 俺とルイは平謝りで謝った。


 うん、正直、まわりが見えなくなってたと思う。

 今度からは自分たちの世界に入り過ぎないように気をつけよう……。

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