04 なぜか下駄箱にラブレターが入ってて、それを見た彼女の様子がおかしい

 ルイと二人で登校し、学校に着いた。

 早めに来たせいか、生徒たちはまだあまりいない。

 グラウンドの方で運動部が朝練をしているくらいだ。


 昇降口に入りながら、俺はぽつりと言う。


「一緒に登校してるとこ、誰かに見られたかな」

「なんで? 見られたらマズいの?」


 ルイに隣から問われ、頬をかく。


「やー、マズくはないけど、噂になったりして……と思ってさ」

「別に誰と誰が一緒に登校してるとか、みんな気にしてないでしょ」


 さらっと言うが、そんなことはない。

 俺の彼女、水野みずの瑠衣るいは学校一の美少女だ。


 普段、近寄るなオーラがすごいので、まわりに人は寄ってこないが、常に注目はされている。


 あの水野瑠衣が男子と登校していたとなれば、一瞬で噂になるはずだ。

 彼氏として、これからはそういうことも考えていかなければならないと思う。


 ……うん、そうだよな。それにしても『彼氏として』か。


「俺、水野と付き合ってるんだよなぁ」

「な、なによいきなり!?」


 下駄箱の方へ向かいながら、つい感慨深くなってしまう。


「いやちょっと実感しちゃってさ」

「どのタイミングで実感してるのよ。っていうか、ニヤニヤしててキモい」


 心底嫌そうな目でこちらを見てくる。

 しかし、俺にもだんだん分かってきた。

 ルイがこういうリアクションをする時は……。


「ひょっとして、照れてる?」

「はあ!? て、照れてないし! 頭おかしいんじゃないの?」


 ムキになって言い返してくるが、ちょっと頬が赤い。

 やっぱり照れてるようだ。


 なんだか幸せな気持ちになり、思わず笑みがこぼれてしまう。

 途端、ルイが肘で小突いてきた。


「ねえ、キモい。ニヤニヤするの、やめて」

「いいじゃん。許してよ。水野と一緒にいられて幸せなんだ」


「はあ、ワケ分かんない。北原きたはらって恋愛脳なの?」

「恋愛脳?」


「頭のなかがお花畑ってこと」

「あー、確かに水野のことでいっぱいかも」

「……っ」


 何気なく言った一言で、ルイの顔がさらに赤くなった。

 なんだろう、ちょっと面白くなってきた。

 もっとルイのことを照れさせたい。


 ぱっと見たところ、昇降口には他の生徒の姿はない。

 俺は一応、声を潜めてルイに言う。


「俺たち、付き合ってるんだよね?」

「は? その確認、いま必要?」


「うん。ちょっと確認したくなって」

「ただあたしをからかいたいだけでしょ?」


「それもある」

「嘘。ぜったい、それしかない」


 ルイはツンとした様子で下駄箱を開けると、靴をしまって上履きを取り出す。


「待ち合わせした時に『次、からかってきたら許さない』って言ったでしょ? あたし、いじられキャラとかじゃないから。悪いけど、そう簡単に動揺しないし」

 

 残念ながらルイがあたふたする可愛い顔はなかなか見られないらしい。


 まあ、本人がそう言うなら仕方ない。

 諦めて、俺も靴を脱ぎ、下駄箱の蓋を開けた。


「……ん?」


 靴をしまおうとして、眉を寄せる。

 上履きの上に何か手紙のようなものが載っていた。


 下駄箱。

 手紙。


 ここから導き出される答えは――。


「まさか……ラブレター?」


 さすがに驚いて声を上げてしまう。

 途端、隣のルイの肩が跳ね上がった。


「らぶれたー!? ちょ、それ、嘘……あっ、あっ、あっ!?」


 動揺していた。

 動揺しないと言っていたルイがハチャメチャに動揺していた。


 途中から何を言っているのか分からないほどだ。

 いや、うん、確かに気持ちは分かる。


 付き合ったばかりの彼氏がラブレターなんてもらっていたら、それは心中穏やかではないだろう。


 すごく申し訳ない気持ちになった。

 ただ俺もラブレターなんてもらうのは初めてなので、慎重に下駄箱から取り出す。


 ピンク色の便箋。

 ハートマークのシール。


 どこからどう見てもラブレターだ。

 ただ、誰かのイタズラという線もある。

 ここは冷静になかを確認するべきだろう。


 そう思って、ハートのシールの封を外そうとしたところで、


「だ、だめーっ!」

「ええっ!?」


 いきなりルイに手紙を奪われてしまった。


「み、水野? どうしたんだ?」

「だめ! 見ちゃだめ! 絶対にだめ! これはあたしが焼却炉に捨てておくから!」


「え……いやいやそれはさすがにあんまりだって」

「あんまりじゃない! これはこの世から抹消する!」


「それはいけない」


 さすがに見過ごせず、はっきりと告げた。

 今にも手紙をくしゃくしゃにしてしまいそうなルイの手首をやんわりと掴む。


「誰が入れたものか分からないけど、もし本物ならそれは誰かが心を込めて書いてくれたものだ。勝手に捨てたりしていいものじゃないよ」

「や、ちが、誰かじゃなくて……っ」


「不安にさせてごめん。でも安心してほしい。もしもそのラブレターが本物なら、書いてくれた人にはっきり返事をするから」


 真剣な目でルイを見つめた。


「俺には大切な彼女がいるから、あなたとは付き合えません。ちゃんとそう答えるから安心して」

「~~っ」


 ルイの表情が崩れた。

 耳まで赤くなり、心底困ったような顔で視線をさ迷わせる。


 俺は駄々っ子をなだめるような気持ちで手を差し出した。


「だから……ね? その手紙、渡してくれるかな?」

「…………」


 ルイはひどく葛藤していた。

 手紙を持つ手がぷるぷると震え、やがて絞り出すように言う。


「……やだ」

「水野、お願いだから――」

「違うの!」


 俺の言葉を遮り、ルイは堪え切れないという顔で身じろぎする。


「だから違うんだってば……っ。これはショーコに頼んで入れてもらったやつで、ショーコは水泳部なの! だから確実に北原が帰った後で入れられるし、でも昨日付き合うことになっちゃったから、あたしもすっかり忘れてて……だから見ちゃだめ!」


 ……ん? ん? どういうことだ?


 さっぱり要領を得ない。

 でもなんだかルイはこの手紙について知っている雰囲気だった。


 ショーコっていうのはたぶん同じクラスの女子だ。

 ルイが俺以外でほぼ唯一話す同級生である。


 そのショーコに頼んで……入れてもらった?

 ルイが?

 え? あれ?

 っていうことは……。


「ひょっとしてそのラブレターって……」

「うぅ……っ」


 まさかと思って尋ねると、ルイは観念したようにうな垂れ、手紙を裏返した。


 そこには『R.M.』と差出人のイニシャルが書かれていた。

 RとM、つまりはルイ・ミズノ。


「そうだよ……」


 もういっそ殺して、と言わんばかりの恥ずかしそうな震え声。

 火が出そうなほどの真っ赤な顔で、ルイは白状した。


「これはあたしが北原に書いたラブレターだよ……」


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