驟雨に駆ける

めるりん

第一部 伊勢編

第1話 羽津徳寿丸

 夢を見ていた。


 昭和・平成・令和と生きて何も成しえなかった男の夢だった。最後は少女を車と言われる乗り物から庇い死んだ。

 どうでもいい人生だったが最後に人を救ったことを褒めてあげたいと思った。


「う、ううん」


 目が覚めると柔らかい笑顔が目に入った、どうやら膝枕をしていただいていたようだ。


「お目覚めですか? 徳寿丸」

「ははうえ?」

「ほほほ、はい、あなたの母ですよ。 この分なら平気そうですね」

「私はどうしたのですか?」

「木に登ろうとして落ちたのですよ、驟雨のせいで滑りやすくなっていたようですね、危険なことは以後しないように」

「そうでした、木から降りられない猫を助けようとして」

「優しいのは美点ですが、周りの家臣を使うことも覚えなさい」

「今後はそうします」

「何か唸っていましたが、怖い夢でも見ましたか?」

「未来に生きる一人の男性の人生でした、失敗ばかりで後悔の多い人生だったようです」


母上は私の話を静かに聞いていただけた。


「私がその男性なのか、私がその男性の見ている夢なのか分かりません」

「胡蝶の夢という話だと、どちらが真実の姿かはそれは問題ではないようですよ。詳しくは御坊様に聞いてみるといいでしょう」


 柔らかい表情を崩さない母上に思わず聞いてしまった。


「母上はこのような変な記憶を持った子は気持ち悪くはありませんか?」

「そなたは私がお腹を痛めて生んだ子です。どんな徳寿であろうと受け入れるだけですよ」


 四十過ぎまで生きた記憶がありながらも心の中が温かくなりました。


「ところで母上、私は何歳ですか?」

「四つになりますよ」

「何年生まれでしょう」

「文明元年ですね」

「では未だ大乱の最中ということですか」

「よく知っていますね。未来人の知識ですか?」

「未来人の知識は意外と使えそうですね。ところで騒がしいようですが何かありましたか?」

「大矢知家が攻めて来たそうです」

「母上は落ち着いておりますね」

「武家の妻は慌てていてはいられませぬ」

「父上は今どちらにいますか?」

「評定の間にいると思いますが、何をするのです?」

「大矢知を頂いてしまおうと思いまして」

「まあ、しかし話を聞いて貰えるかしらね」

「そこは頑張りますよ」


 母上の部屋から出た後、色んなことを考えながら評定の間に向かう。これからやることは、どう考えても数えで四歳、満年齢で三歳のやることではない。恐らく性格は未来人に引っ張られているのだろう。

 何も成せず何物にもなれず趣味もない、ただ単純に会社と家の往復をして命を擦切らしているだけの日々に嫌気がさしていたから、他人を助けて死のうと思ったのだと思う。

 現在は四歳で文明四年、戦国時代にこれから入るという時代に生まれることが出来た。ここからの時代は天下の行方が風船のようにフラフラと飛んで回る時代だ、天下を目指してみるのもいいかもしれないが!!

 

 よりによって羽津はづ家はないだろうよ、伊勢の北側にある北勢四十八家(五十三家)の一つでしかないじゃないか弱すぎて話しにならないので、富国強兵を進めるにしても千石くらいしかない羽津家じゃ高が知れてるしなっと考えていたら評定の間に到着した、

 

 未来人になってたとはいえ記憶を失っていたわけではないということが分かった、私は自分に気合を入れる意味でも評定の間の襖を勢いよく開けた!


 大きな音が鳴ると思った私の想像と異なり襖は少ししか開かなかった、幼児の力を舐めていたようだ。


「誰だ!」


 思わずビックリしてしてしまいそうな大声を出したのが家老の一人小国虎康。


「これは若様ではないですか」


 優しい声音で話しかけてきたのが同じく家老の佐藤虎政。


「どうしたのだ徳寿、悪いが今は遊んでやる時間がないのだが」


 少し戸惑った声で優しく問いかけるのが我が父羽津忠虎。


「父上、この徳寿に必勝の策があります、大矢知正房を討ち、大矢知の地を当家の物にしてしまいましょう」

「徳寿、戦は遊びではないのだ。大人しく大方と共に我らを信じ待っているのだ」

「しかし一族である赤堀も浜田も援兵を寄こさないのでしょう」

「それはその通りだが」

「では話だけでもお聞き下さい」

「聞くだけならよいのではないか?」


 と祖父の祥月入道が助け船を出してくれた。


「父上まで、まあいいだろう聞くだけは聞こう」


 聞いて貰える態勢が出来たのでこの付近の絵図面の前に場所を移し説明を始めるとします。


「大矢知勢は我らより数が多いと言っても数倍数十倍の数がいるわけではありません、しかし数が多いのは事実。野戦で戦えばこちらは削られて最終的に敗北することになるでしょう。そこで奇策を用います。ここまではいいですね」

 

 周りにいる父達は厳しい表情で頷ています。


「そこで足の速い精兵五十を羽津山に伏せて置き、戦が始まった後に大矢知勢の後方を急襲させます。後は混乱した大矢知勢を討ち、ついでに大矢知城もいただいてしまいましょう」

「なるほど、難しくない上に効果はありそうだな」

「大矢知城を奪って問題ないだろうか」「向こうから攻めてきたのだ、問題などあるか」


 議論が活発になった所で私は父上に目礼して母上の所に戻りました。あれだけ士気が上がっていれば私が残る必要はなさそうですしね。


「母上戻りました」

「話を聞いてもらえましたか?」

「はい、我が一計を授けてきました」

「ほほほ。一計ですか」

「はい、一計です」


 所で今回の作戦は少し状況が違いますが、上杉謙信(当時、長尾景虎)が籠城しつつ外に精兵を待機させて、敵が攻め寄せた所に外に待機させてる兵を突撃させて混乱した所を城内から打って出ることで大勝を飾った天才の初陣の真似をさせていただきました。

 謙信様アイデアを盗んでごねんね! ついでに軍神の加護を当家に下さいませ。


 その後父上達は出陣して祖父様が留守居を務めることになりました。


 胆力がある母上も流石に心配なのか祖父様の所に行き質問していました。


「忠虎様達は大丈夫でしょうか」

「うむ、便りが無いのは良い知らせともいうしな」

「母上大丈夫です」

「徳寿は何故平気そうなのですか?」

「負けていれば既に大矢知勢が来ています。恐らく接戦になっているか、攻城戦になっているかのどちらかでしょう。しかし接戦だと万が一の為に籠城の準備をするように連絡がきているはずです。故に戦には勝ってはいるが大矢知正房を捕らえることは叶わなかったので攻城戦に移り。大矢知正房の切腹と引き換えに一族を助命して大矢知城を手に入れて終わるのではないでしょうか」

「そう上手くいくかの」

「負けていないなら安心ですね」


 

 その二日後。


「勝った勝ったぞ、大勝だ!」

「殿おめでとうございます」

「父上お見事です」

「おお、徳寿の策が嵌りに嵌ったわ。最初は数の上で不利だったが、奇襲が決まったらそこからは一瞬だったな」

「大矢知正房はどうなったのですか?」

「野戦で取り逃してしもうたので大矢知城まで攻め寄せて腹を切らせてやったわ!」

「では大矢知城は当家の物になりますので?」

「おうよ、これで石高は倍以上になるぞ」

「二千石に届きますか?」

「むむ、二千は届かないな」

「なるほど」


 恐らくは千八百石といったところか、江戸時代の慶安二年の軍役規定だと千八百石で侍八人・立弓一人・鉄砲二人・槍持四人・手替一人・甲冑持二人・長刀一人・草履取一人・挟箱持三人・馬の口取二人・乗換馬口取二人・沓箱持一人・雨具持一人・押足軽二人・小荷駄四人の三十五人の供を連れるとなっているが、このうち戦闘員が九人しかいない。

 太平の時代につくられたとは言え、九人の戦闘員と雑兵じゃ話にならないから軍制改革は必要になるだろうな。

 それと慶長三年の石高によると伊勢の国は五十六万七千石だった気がするが、北畠が二十万石くらいは持っているだろうと考えると、北勢四十八家(五十三)で合わせて5万石あればいいほだろうか。

 取り敢えず北勢を押さえて神戸と工藤長野を討ち、そののち北畠を討った上で長嶋も取り内治を盛んにすれば五十万石にはなるはずだが、


「先が遠いぞーー!」


 正直自分の歴史知識が無いのが痛い。もっと歴史研究をするような立場で入れたらよかったな。後は殖産興業の基本として石鹸は作りたいが椎茸って嫌いなのよね、後は清酒かな鴻池には悪いがこちらが発祥になっちゃおう、ただお酒も嫌いなんだよね。それに四十八家(五十二家)をどう叩いていくか。


「徳寿はどうしたのだ? 急に叫んだと思えばぶつぶつと」

「胡蝶の夢をみたらしいです。 御坊様に一度見てもらいたいのですが」

「胡蝶の夢とな、あの見事な策はそれでか。 しかし胡蝶の夢な」

「徳寿は徳寿のままですよ」

「それはわかるが、ぶつぶつ考え事するのは直した方がいいな」


 そういえば当家には叔父が五人いるか、更に他にも養子に行っている親族もいたはず今は疎遠になっている親族を取りまとめた上で叔父達も養子にだし勢力を拡大するか。

 元就君アイデア頂きますよ。


「父上! 当主と家臣が不和で跡取りがいない若しくは頼りなしと言われている家はありませんか?」

「養子を使うということか、調べてはみるが手が足りんな」

曾祖叔父そうそしゅくふである長門殿と縁を戻せませんか?」

「我が祖父でそなたの曽祖父にあたる蓮月様いらいの不仲だから難しいかもしれないな、詳しくは同じく曾祖叔父に当たる善斎御坊に訊ねてみるといい。よいか徳寿よ、何事も一つ一つこなしていくのが大切なのだ」

「分かりました。では早速開源寺に行ってまいります」

「わかってなさそうだが、まあ好きにさせるか」


 私は早速護衛を連れ曾祖叔父でもある開源寺善斎御坊に会いに行きました。


 それは終生の師と呼べる方との出会いになるとは思いませんでした。

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