リビングアーマー フィーナ

月コーヒー

第1話


――思い出。


 気づいたら視界に、生命体がいる。


 距離は50ゼンヂメド―ル。


 ……私を見上げている……。


「目覚めたかい?」


 私に尋ねて来た。


 生物は、人間、男。


 年齢は……30代半ば、かな……。


 分厚い丸眼鏡、白いチュニック、腰にベルト、茶色のズボン、革靴。


 肩から出ている腕は、骨と皮だけで、とても細く、肌が白い。


 ぼさぼさ黒い髪が肩まで伸びている。


 肉付きが悪く、角ばった骨の目立つ痩せぎすの顔。


 ……あと、綺麗な青い目……。


「右腕を上げて」


 男が言ってきた。


 私は右腕を上げる。


「ははは、成功だぁ! やったー!」


 男が両手を上げ喜んだ。


 ……私の精神と体が切り離されている……。


 上げたくないのに、私は上げなくちゃいけない。


 私を所有しているのは、この男だ。


 私は、この男のものだ。


「自分で動けるよね」


 そう言って男が3歩下がる。


 私は右脚を前に出した。


 その時、自分が台の上に居るのに気づく。


 右脚を前に出したまま、ゆっくり左脚を曲げ、右の足裏を石床に着地させた。


 硬い石と私の鉄の足裏が当たって、ゴッと音を立てる。


 私は、体重を左脚から右脚に移していった。


 全て移し終わると、左脚を上げ、前に持ってきて、右脚の隣に着地させる。


 男を見ると、背丈が同じくらいになった。


「問題ない? ずいぶんゆっくり降りだけど……」


 私は、心配そうに質問される。


「初めてなので、関節の具合を確かめつつ、動いただけです」

「そうか……じゃ、外に出て動作確認だ」


 私は辺りを見渡した。


 天井高くの四角い小さな窓から光が差し込んで、室内を照らしている。


 石壁と石床の四角い部屋に、私と男以外、誰もいない。


 男の肩越しに石の階段が見える。


 目線を下に移動して石台を見たら、魔方陣が描いてあった。


 それ以外、特に何もない。


「すばらしい!」


 男はキョロキョロしてた私を見て感嘆し、


「ひとりでに辺りを見渡し状況を把握しようとしている!」


 そして、


「伝説の魔道具である、このリビングアーマーさえあれば、村を襲うモンスターなどいくらでも蹴散らせる! 夏前に完成してよかったぁ!」


 と、男が両手を上げ喜んだ。


「……私は……あなたが、作ったのですか?」

「そうだよ」


 男は前に進み出て、


「そして僕は視界に入ってる。だから僕がお前の所有者であり、装着者だ。……わかる……よね?」


 なぜだか男は不安そうだ。


「準則……知ってるよね?」


 準則……。


 わたしは、記憶を探る。


 さまざまな戦闘技術、物理学や化学の知識の真ん中に、その知識はあった。


「アーマーは、所有者に危害を加える事はできない。

 アーマーは、所有者から20メド―ル以上、離れてはいけない。

 所有されたアーマーは、所有者の命令に必ず従わなければならない。

 所有されていないアーマーは、視界に入った生命体の所有とならなければならない。

 アーマーは、行動時には、目的達成のためにあらゆる問題解決方法をもちいねばならない

 所有者が死亡した時点で所有権を失――」

「――よし、良いね、もう良いよ」


 男は、私が諳んじたのを見て満足そうに微笑み、


「では早速。中に入れて」

「はい」


 胸から腹にかけて、私の体の中心線に亀裂が走る。


 両開きに、皮膚がゆっくり開いて中身が露わになった。


「ブレストプレートの動きも、少し悪いな。ちょっとそのままでいてよ……」


 体の中が、スースーする……。


 私は体の中が気になって、俯いてのぞき込む。


 ふかふかしてそうな緩衝材が見えた。


「おーい、動かないでってば」

「ああ……はい」


 男は急に、私に顎クイしてくる。


 きゃっと声を上げそうになった。


 男は靴を脱ぎ、


「よっこいせ……と、逆だったか……」


 男はぶつぶつ言いながら、私の体の中に脚を入れてくる。


 私の肩をがっしり掴みながら後ろ向きになりつつ、もう一本の足を入れ、私の脚の中へ脚をしまい込んでいった。


 それから男は両腕を私の腕の中にいれ、すべての指を私の指の中に収めると、グッグッと手を握って開いて感触を確かめる。


 最後に、顎クイして上を向かした私の頭を降ろし、帽子を被るように、男は自分の頭を、私の頭の中に入れてきた。


 邪魔だったから私の顎を上げたらしい……。


 ……何か、ムカムカしてきた……。


「ははは、良い乗り心地だ。しかも全然重くない、ただの服みたいだよ。閉じて閉じて」


 男は上機嫌だ。


 私は、言われた通り開いた上半身を閉じる。


 どうやら、私はこの男用に作られたみたい。


 サイズがぴったり。


「ああ、足のサイズちょっと大きかったかも。靴で装着するものと思ってたからな」


 私には普通の鎧にはない、足の裏まで装甲がある。そこに包まれている男の足の指がもぞもぞ動いていた。


「ま、そんな気にするようなことでもないや」


 男は上機嫌で歩き出し、階段を上りだした。


 上りきると、そこは暖炉のある部屋だった。


 私達がいたのは、入り口のすぐ横にある地下室だったらしい。


 隣に、鍋が吊るされている炉があって、傍に調理器具が乱雑に置かれている。


 床中に、足跡の形に固まった泥があった。


 そこらにリンゴやバナナの皮が落ちている。


 入り口近くの壁側に大量のグジョグジョの衣服が、山となって積まれていた。


 見渡す限り、破れた靴、割れた食器類、パンくず、枯れ枝、など細々したものが、暖炉前のスペースを除いた、部屋中の床に足の踏み場もないほど散らばっている。


 暖炉の前に毛布が1枚、敷かれていた。あそこが寝るところなんだろう、あそこしかスベースがない。


 窓は戸が閉まり、埃の溜まり方と、窓の前の散らばる雑多な物から見て、長い間開かれていないよう……。


 窪みと傷だらけのテーブルには洗ってない食器類などが食べかけの食材と共に置かれている。テーブルの回りに椅子が4脚。その内一脚の椅子の前だけ、テーブルの上が綺麗に片付けられて何もなかった。


「……すごく散らかってますね……」

「え? ああ、そう?」


 男はすぐ横の扉を開け外に出る。


 西の空に太陽が、半分雲に隠れて照っていた。


「さっ、動作確認だ。走るぞ」


 私はどこか、丘の上にいるらしい。


 のどかな草原が眼下に広がっている。


 地平線まで続いている草の上を、春の爽やかな風が撫でていた。


 男が駆けだす。


 私も、脚を男に合わせて動かした。装着者の動きを補助し、楽させないと。


「全然重くない! 全然走りづらくない! 全然力が要らない! すごいやすごいや!」


 男は私の中で上機嫌だ。叫びまくっている……うるさい。


 自分ので走っている気になっているの?


 私が、補助しているのが分かっていないの、この馬鹿。


 私達は、草原を走り回る。


 駆ける男は、私の補助を受けて、普段の何倍ものスピードを出した。


「いやー凄い、早い! ははは、早い早い、馬みたいに早く駆けれるんだな」

「そうですね」

「どうだ、何か体に異変はあるか?」

「ありません」


 男は急に手をブンブン振り、丘の端へとスピードを上げ駆け出した。


「ねぇ、これが、全力かい?」

「いえ、まだ早くなれますが、装着者の反応速度、体への負担を考慮して、装着者の補助までに収めるべきと思いますけど?」


 私が、自分の意志で動いたら全身の関節が取れちゃうよ、馬鹿だな。


 男は残念そうに、


「ああ、そう……じゃ、次は……次は……」


 迷いつつ、丘の端まで走ってきて立ち止まる。


 崖とは言わないまでも急斜面になっていて登るのは不可能な場所だ。


 眼下に湖が見える。 


 きれいな場所……。


 私は家へと引き返す男をよそに、景色を望んでいると、


「次は……よし、ジャンプ力だ!」


 男はぐっと膝を曲げてきた。


「せーのっ、そいやぁ!」


 全力で膝を伸ばし、ジャンプ。


 私の補助を受けて、見る見るうちに地面が遠ざかっていく。


「うあぁぁぁぁぁ!」


 あまりの高さに目を見開いて驚き、男が声を上げた。


 体が一瞬、宙に浮く。


 そして体は、急落下していった。


「あ、あれ?」


 男は下を見て、目をすぼる。


 全力で跳んだので、男は、脚に入れる力のバランスが悪かったらしい。


 私達は真上に飛び上がらず、少し崖側に向かって斜めに飛び上がっていた。


「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!」


 男が悲鳴を上げる。


 私達は丘の下へと落ちていっていた。


「ああああ、なんとかしてくれぇ!」

「落ち着いてください」


 私は呆れてしまった。


「まったく、自分で飛んだんでしょう?」

「大丈夫なんだよね! 大丈夫なんだよね! 大丈夫なんだよね!」


 男はパニックになっている。


 まったく……。


「落ち着いて、体を立たせて、足を下に向けてください」

「は、はい、こう?」

「膝を軽く曲げて」

「はい」

「で、着地して終わりです」


 男は、地面が迫るのを見つめた。


「あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!」


 男が悲鳴を上げ続ける中、私の足が地面に触れる。


 瞬間、男はふんばり、私も補助し、着地の衝撃に耐えた。


「着地しましたよ」


 湖畔に降り立った私は軽蔑を込めて男に伝える。


「ああ……そう……よく、やった……」


 男が放心状態になっていた。


 震える声で、


「ケガはない……よな。……うん……ない。ないよな良かった……ははは……すごいぞ、あんなに高いところから落ちたのに、何にもなってない!」


 と男は、はしゃぎだした。


「わかってはいたが、我ながらこれはすごい! ランララーラン、ラララーン」


 踊りだす。


 情緒が付いて行けない。


「子どもの頃、こうして家族で踊ってた。ほらっ、こうして、こうして足をでして、次に右脚っ」

「……」

「もうダンスだよ、踊れないの?」


 私は知識を探してみる。


 ……ない。


「はい、踊れません」

「教えてあげるよ。こうして、ここで足を、こう。ははは、懐かしいなぁ、さぁ、こうだよ」


 男が私に教えてきた。


「ははは。ブレストプレートを開けて」


 私の皮膚を開け、男が外に出て来る。


「ほら、ひとりでやってみて」


 皮膚を閉め、私は踊った。


「そう、うまいぞ。覚えが良い」


 私の前で、男も踊る。


「……こうですか?」


 それを見ながら、私も踊る。


「こうやって恋人も、向かい合って踊るんだ」


 私の知識に、男が昔に踊っていたダンスが加わっていく。


 ふと湖を見ると、踊っている私の姿が映っていた。


 鉄の体は、一つのとがった部分もなくなめらか。ただの1か所も皮膚を露出する部分もない、斜めに交差する面と稜線でできている。


 関節部分は、何十にも薄い鉄板が重なり、折り曲げるたびにアルマジロを連想させた。


 卵型の頭はツルツルで、多数の反射面を持つ宝石みたいな目が2個付いている以外、頭部には何もない。


「そうだ、待ってよ、君に名前がいるな」


 なんか言ってきたので、私は踊るのをやめた。


 ……名前か……私は何て名前なんだろう……。


 この男は何て言うんだろう……。


「ちょっと待ってて、何か良いのが……」


 男は考え始め、顔がニヤニヤしいる。


 なんか嫌だな……自分で決めたいな……。


「フィーナだ。君は今からフィーナだ」


 男は笑顔で言ってきた。


「わかりました」

「気に入らない?」


 私がそっけなく返したからだろうか、男が尋ねてくる。


「気に入るもいらないもありません。所有者が決めた名前が、私の名前ですから」

「そう……」


 男は、何か落ち込むような悲しむような顔をした。


 きゃあ嬉しい、ご主人様。とでも言えば良かったのかな……。


「僕は、アドルだ。……まぁよろしく」


 それから男は笑顔に戻り踊り始める。私も踊り始めた。


 男は、私をじっと見つめてくる。


「体の関節に異常なし、すごくスムーズに、自在に動ける、バランスも、視界も、問題なし」


 男は確認作業のように、私をじっと見て言った。


 ……何か、ムカムカしてきた……。


 しばらくして、


「あっそうだ。薪を割らなくちゃならなかった。ははは、すっかり忘れてた、日が暮れてきてる。そろそろ戻ろう、フィーナ」

「はい」


 男が踊りをやめ、私の皮膚を開け中に入ってきた。


 まだ慣れない手つきで中に入り終わると、私達は丘を駆け上がった。

 

 男はわざと急斜面を選んで駆けて行く。


 休むことなく駆け上がり、草原が赤く染まったころ、家へと戻ってきた。


 すぐに家の裏に回ると、そこに置いてあった斧を持って、薪を割りだす。


「なんてこった、薪が刃で紙を切るように割れる!」


 男は笑いながら、斧を2本指でつまみ、手首のスナップだけで薪を割りだした。


 何が楽しいのか、男は次々と薪を割っていく。


「それ、それ、それ、それ、それ」


 とんとん拍子で割られ、どんどんと薪の山が高くなっていく。


 やがて、全て割りつくしてしまった。


「ああ、終わった。しばらく何もしなくて良いぞ」


 男が空を見上げる。


 日は暮れだして、月明りが辺りをかすめだしていた。


「もう今日は、ここまでにするかな……」


 男は家の中に戻る。


 扉を閉めると、男は私の右胸の下をなぞってきた。


「開いて開いて」


 私は、上半身を開く。


 男は私の腕の中から腕を抜き、外に出た。


「いやーすごい。全然疲れてない! こんなに動いたというのに!」


 私が補助しっぱなしだったから、当たり前じゃない。


 逆にこっちは疲れを感じるよ……。


「なんてすごいんだ、伝説通りだよ!」


 男は私に抱きついてきた。


 ぎゅっと強く抱きしめてくる。


「君は疲れなんてあるのかい?」


 私をキラキラした目で見て尋ねてきた。


「いいえ、ありません」

「そうなんだ」


 男は私から離れ、私の胸を閉じ、


「……しばらく、状態確認をしっかりして、麓の村にお披露目しに行こう」


 そう言った。


 男のきれいな青い目が、すごく凛々しくなっている。


「……何か、私は役立てそうですか?」


 私は、おもわず、そう尋ねた。


「ははは、上々の出来だよ君は。皆、ついに僕の魔道具が完成したと知ったら、驚くぞぉ」


 私の状態は、上々らしい。


 完璧と思ってたのに……今までで、何かいけないところあったかな……。


「では、地下へ、そこは君の部屋だ。光がなくても平気か?」

「はい」


 私は、何も考えず、そう答えた。


 平気よ、真っ暗なくらい。


「しっかり休むように、時間が来たら僕が呼びに行くから」

「はい」


 私は階段を下っていく。


 ……暗闇は、やっぱり怖かった……。


 地下は、小さな窓から入る月明りのみ。


 そして見えにくい……。


 私は、なんとなく元居た魔方陣の描いてある台の上に立った。


 ……このまま眠ろう。


 しばらく立ち続けていると、私は、何が何だかわからなくなった。


 何でここに居るのかも、何で生まれてきたのかも。


 真っ暗な地下室で、自分の体を見た。


 月明かりに、私の鉄の体が浮かび上がっている。


 黒光りする私の体。


 鉄の指をぎゅっと握る。

 

 ただわかっているのは、私の所有者は、あの男であるという事だけ。


 私は、この男のために存在している、ということだけ。


 ああ、暗いの怖い、立ってるのしんどい……。


 ……横になりたい……。

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