第27話 歓迎会

「イオリさん、いってきまーす」


「いってらっしゃい」

 朝日が燦々さんさんと輝く中、本部へ向かう兵達を、今日も手を振り見送る。兵達も手を振り返してくれた。


 また新しい一日が始まる。








「ちゃんと目を見て、『行ってらっしゃい』って言ってくれるもんな~~」

「朝から癒される」

「俺なんか、手ぇ振り返してもらえたもんねー」



 ざわざわざわざわ。



 本部の食堂にて。

 今日も兵達は機嫌良く話している。毎朝同じような会話がどこからも聞こえていた。コーヒーカップを返しに食堂に来たジェイドは、彼らを見て、ここ数日で明らかな異変を感じていた。

 それは、一角に集まり朝食を取っていた女軍人達の耳にも届く。

「あーあー、目尻が下がってまぁ……。こんなんで訓練大丈夫かね」

 これは女版ランボーのジョリーだ。だらしなく目尻を下げてヘラヘラしている男共を見て、呆れている。

「でもさ、前より張り切ってますよね?」

 ウェーブがかかった、茶色の髪の毛を揺らした女性軍人が口を開いた。彼女はマリナ二等兵。本部の司令室にいる。城にある他の部隊からの連絡を受けたり、こちらから伝達作業をしたりする通信系の仕事をしている。

「確かに」

 カオが静かに頷いた。

「最近、朝からやたら元気!」

 あはは、と笑いながら一同は朝食も食べ終えたので、トレイを持って立ち上がる。すると、ミソールがぽつりと言った。

「まぁ、兵の士気も上がってるし、イオリちゃんのおかげね」



(イオリ……?)



 彼女達の会話も、ばっちりジェイドに聞こえていた。ジェイドが通路を歩いていくと、側にいる兵達は会話を止め、緊張する。

 何も言わず食堂を出た。そのまま真っ直ぐ廊下を歩く。

「なるほど」

 部下の上機嫌な理由が、嫌でも分かった。



 窓から外を見る。この場所からは、宿舎は見えない。








「あ゛ーーーーー、今日も疲れたぁ……」


 ばふっ、とベッドに倒れ込む。仕事はじめから一週間後の夜。朝は緊張のおかげもあってどうにか起きられているが、山のような洗濯物と二人には広過ぎる宿舎の掃除に相当の体力がいると身に染みた。続ければ慣れるだろうと分かってはいるが、慣れるまでがしんどい。

 しかし、世話になっている身だ。弱音など吐いていられない。もっとハゼリの力になれるように頑張らなければ。

「でも、みんなが元気に手を振ってくれるのは、嬉しいな」

 そんな中、一人、姿をずっと見ていない人物の事を考えていた。


「ジェイドさん……は、相変わらずか」

 宿舎に帰って来た兵達が、ジェイドの地獄のような訓練にへとへとだと会話していたのを聞いたのだ。彼の訓練はとても厳しいらしい。姿を一目だけでも見られればと思うのだが、そこをぐっと我慢している。



 だんだん瞼も重くなってきた。この所、仕事が終わって風呂に入り、Tシャツとジャージでベッドになだれ込むと、あっという間に夢の中。気が付けば五時の目覚ましがまた鳴っている、という繰り返しだった。

「あー、文字の勉強、しなきゃ……」

 絵本はパラパラとめくってみたが、読める気配は全くない。

 今まで勉強したくても、仕事を覚える事に必死で絵本を開く事すら出来なかったが、今日はまだ寝られないなと、もそもそ動き出した。


 こんこん。


「ん?」

 ハゼリだろうかと、扉に向かい、鍵を開ける。

「こんばんはーーーー!!」

 そこにいたのは、ハゼリではなく、女性軍人の皆さんだった。

「ごめんねー。突然来ちゃって」

 ミソールが眉を八の字にしている。

「寝る所だった?」

「い、いえ。まだ……」

「よかったぁ! 女だけで歓迎会やろうと思って。ハゼリさんは先に寝ちゃったけどね」

 イオリを尋ねた理由をミソールが代表して言った。そこにカオが付け加える。

「皆の仕事が終わる時間を合わせたら、今日になっちゃったの。もっと早くしたかったんだけど」

 一見、華奢のように見える女性軍人達。イオリが初めて会う人物も含め、四人いた。見れば、手にはそれぞれ飲み物や食べ物が。ミソールが笑いながら言った。

「ごめんね、疲れてるのに。おしかけて大丈夫だった?」

「はい! 嬉しいです。どうぞ」

 ぞろぞろとイオリの部屋に入る四人。一人部屋に五人もいると、少し窮屈に感じる。しかし、この窮屈さが、イオリを元気にさせた。寂しさを紛らわせられる。

「イオリちゃん、いきなりここの仕事で、疲れるでしょー」

 ミソールが話題を切り出してくれた。


 レジャーシートを敷いてその上に食料を置き、それぞれが慣れたように思い思いに座った。なんだかピクニックのようだ。そしてコップに飲み物を入れる。ジュースだとカオが教えてくれた。イオリも素直に受け取る。


「大変ですけど、楽しくやってます。まだまだハゼリさんに頼りっぱなしで」

「がんばり屋さんだねぇ~。よし! イオリ、我が第五団にようこそ!」

 ジョリーがコップを上に上げる。ミソールもがばりとコップを持ち上げた。ばしゃっ、とジュースが飛び散る。しかし、そんな事は気にしない。

「リオマスにようこそー!」


「かんぱーーーい!!」


「初めまして。私はマリナ。二等兵よ。通信指令室にいるの。よろしくね」

「サキシマ・イオリです。よろしくお願いします!」

 眠気が吹っ飛んだ。女同士の会話は、どうしてこんなに楽しいのか。仕事の愚痴、町のおいしいお店の情報など、イオリは彼女達の話を興味深く聞いていた。

 今、第五団にいる女性軍人はこの四人だけなのだそうだ。なので、階級も関係なく皆仲が良いという。

「ジョリー、それお酒でしょ?」

「酒は私の燃料なの」

 カオに指摘されたジョリー。その手には一升瓶のような大きな酒瓶を持ち、手酌で進めている。飲むペースが一向に落ちない。

「次はケーキが食べたいですねぇ~。お菓子パーティー」

 マリナがクッキーを頬張りながら言った。ミソールも「やりたい!」と賛成の声を上げている。

「やっぱ肉よ、肉! 焼肉パーティーも捨て難いわ」

「あ、それもいいですねー!」

 ジョリーの意見に皆が賛同。女性陣は皆、肉が好物らしい。イオリはお菓子も焼肉も好きなので、にこにこと聞いていた。




「あ、絵本があるーー」

 イオリの机の上を見ていたミソールが声を上げた。周りの目が向く。ミソールは机に置かれた書籍のラインナップに奇妙なものを感じながら、へぇと眺めていた。

「絵本?」

「イオリちゃん、見て良い?」

「あ、どうぞ」

 懐かしいと言いながら、ミソールとマリナは絵本をぱらぱらめくっている。

「ねぇ、なんで絵本なの?」

 ジョリーが酒をあおりながら聞いてきた。彼女はずっと酒を飲み続けているが、顔色が一つも変わっていない。カオもジュースを飲みながらイオリを見る。

「あー、文字の勉強に……」

「文字?」

 ジョリーとカオがはもった。ミソールとマリナの二人も、驚きの顔でイオリを見つめる。

「私、言葉は話せるけど、読み書きが出来なくて」

 はは、と笑いながらイオリは事情を話した。

「そっか。イオリちゃんがいた世界とこっちでは、使う言葉が違ったもんね。ウルヴ様が、ガイヤの力がなければ全く言葉が分からなかったって言ってたくらいだし」

 ミソールは、船での事を覚えていた。

「だったら、使う文字も違って当然ね。じゃあ、一から覚える事になるのね」

 カオがあごに手を置き、ふむ、と唸った。

「はい。基礎の基礎から勉強します。この世界でちゃんとやれるように」

「なるほどねぇ」

 マリナが絵本を机に戻した。そして当然の感想を口にした。

「でも絵本ってのがイオリちゃんらしいかなぁ。かわいい」

「ん? 絵本を買うって言ったのは、ジェイドさんですよ」



 四人の目が見開かれた。

「えええええぇぇぇぇーーーーー!?」






 この声が、宿舎中に響き渡った。

「なんだ?」

「なんの声?」

「女子か?」

 男性部屋にまで聞こえた為、ざわつきだす。





「ほ、本当にぃ!?」

「ジェイド大隊長が?」

「うわぁ……」

「あの鬼が……」

 ミソール、マリナ、カオ、ジョリーが口々に言った。最後のジョリーの言葉が全員の心を端的に表す。

(まぁ、あの見た目からすれば、確かに驚くか……)

 威圧感のある鋭い目つき。絵本の“え”の字も似つかわしくないだろう。あはは、と苦笑のイオリ。

「私がそんな感じだったんでしょうねー。絵本でちゃんとやれって目で言われました」

「あはは! 目で!!」

 ジョリーは酒が回ってきたのか、豪快に笑い出した。

「でも、大隊長ってなんだかんだで面倒見いいですよね」

 ジュース片手にマリナからジェイドトークが始まった。

「面倒見が良いぃ?」

 あからさまに嫌な顔をするジョリーとカオ。

「ミスすりゃ怖いですよ。でもほら、私達に見えない所で、色々フォローしてくれてるじゃないですか」

「見えてる時点で隠せてないけどね」

 冷静なカオの突っ込みに笑う一同。

「この間、レノックさんに『お袋さんの体は大丈夫か?』って話してるの、聞きましたね」

 これはミソールだ。

「確か、彼のお母さん、病気でせってたのよね。大隊長が薬を手配したんだっけ?」

「あー、聞いた事ある」

 カオの言葉に、ジョリーも頷いた。


「ジェイドさん、優しい」

 イオリはまだまだ知らない彼の一面を聞き、感心している。


「訓練でも、苦手な事とかがあったら、みんな大隊長に聞きに行ってる。自分で何とかしろって追い返されるかと思うけど、案外、色々相談に乗ってくれたりするんだよ」

 ミソールが教えてくれた。


「部下に信頼されてるんですね」

 聞いているだけで、こちらの心も温かくなる。そんなイオリの一言に、一番早く反応したのはジョリーだった。

「信頼ねぇ。確かにしてるけど、私はある意味、敵視してるかな」

「敵視?」

「ジョリーはそうね」

「カオ、あんたもだろ」

 おほほ、と上品に笑ってみせるカオだが、含みのある笑いがとても怖い。マリナが説明した。

「この二人強いんで、大隊長によく鍛えられてるの」

「姐さん二人に男兵士二十人とかね」

 ミソールが付け加えた。

「ら、乱闘騒ぎですか……」

「あんの鬼、いつか海に沈めてやろうと思ってるんだけどね」

「あんたなら、本気でやりそうだわ」

 それでも着いて行くんだなぁと思いながら話を聞いていると、ふと思った疑問があった。しかし―――。



(き、聞けないなぁ……)



 と、思っていると、ミソールがイオリに聞いてきた。

「ねぇ、ねぇ、イオリちゃんは恋人いたの?」

「え?」

 いきなりの事と、考えていた事がかすったので、どきりとした。

「あー、それ、私も聞きたい!」

「異世界の恋愛事情って、どうなの?」

 前のめりのマリナ、ミソール、カオ。ジョリーは手酌で酒を飲みながら、目だけはこちらへ向けて、会話の続きを聞こうとしている。


「えーと、どこから話せば?」

「恋人は?」

「い、いいえ! いません。全く」

 残念ながら、彼氏いない歴イコール年齢なのだ。本ばかり読んでいる自分に、誰が興味を持ってくれるのか。周りから見れば、とても暗い女子だったと思う。

「でも、友達に彼氏がいて、休みの日に一緒に出かけたり、おそろいの物を身に着けたり、楽しそうにしてました」

「そっかぁ。こっちとそんなに変わらないみたいね」

 ミソールがにこにこしている。

「ミソールさんは、彼氏がいるんですか?」

「えー? まっさかぁ!」

 あはは、と大笑い。照れる事もないので、好きな人もいなさそうだ。

「マリナは? 憧れのロウェイン一等兵とはどうなの?」

「なっ、何もありませんよっっ!!」

 カオの問いに、顔を真っ赤にするマリナ。片思いらしい。その反応がとてもかわいくて、イオリも興味津々になる。

「ジョリーの旦那さん、ラウグはどう?」

「王都で元気にやってるよ。今度はいつ来るのか知りたがってる」

「ふふ。離れていて寂しいのね。他に目移りせずジョリー一筋だから、素敵だわ」

 この中で既婚者なのは、ジョリーだけのようだ。しかも夫も軍人で、王都の本部勤務。離れ離れは確かに寂しいだろうが、二人の絆が強いのか、彼女は全く不安な様子もないようだった。

「私もジョリーさんの旦那さんみたいに、私だけを愛してくれる人と出会いたーい!」

 ミソールがジュースを一気飲みした。



 女子が集まれば、恋の話になるのは必然。そうしてわいわいと賑やかな時間は過ぎていった。

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