第16話 スローモーション

「まずいっ!」

 イオリから離れていたルクスが事態に気付いた。親友からイオリを頼むと言われていたのだが、部下達の加勢に向かったせいで、彼女と距離が空いてしまったのだ。兵達に襲いかかる影はこちらの人数が上回ったので、後は部下が倒してくれる。イオリの所へ戻ろうとした所で、敵の武器が彼女の方へ伸びだした。


「イオリっ!」

 ミソールがイオリの前に出た。身を挺して守ろうと言うのだ。

「ミソ――」

 イオリは彼女の名前を呼ぼうとしたが、声が続かない。


 ドンドンッ!


 銃声が響く。ルクスが自分の銃で敵の伸びる武器に向かって発砲した。彼の持つ銃も短銃で、二発撃てる。すぐさま銃を捨て、ライフルに持ち替えた。


 ドンッ!


 合計三発。全て伸びる鉄バットに当たったが、軌道が揺れただけで何の効果ももたらさなかった。伸びる先は、真っ直ぐイオリに向かっている。ミソールもろとも貫こうとしていた。



「風よっ!」

 ジェイドが叫ぶ。すると突然、彼の周りにつむじ風が起きた。うっとうしい影のもやが散っていく。すぐさま銃を構え、撃とうとした。

(くそっ、間に合わん!)


 杭のように先がとがったバットは、ミソールのすぐ前まで来ている。彼女は剣で食い止めようと構えているが、恐らく剣は木っ端みじんに砕け散るだろう。



 イオリ、ジェイド、ミソール、ルクス。彼らの視界には、全てがスローモーションのようにゆっくりと動いて見えた。



(このままじゃミソールさんが! ダメ、誰か!!)


 イオリは祈る事しか出来ない。心の中で奇跡を願った。



 ドゴオオォォンッ!!



 大きな音と揺れと共に、甲板が煙におおわれた。イオリとミソールの二人が衝撃に巻き込まれ、後ろへ吹っ飛んでしまう。

「きゃあっ!!」

「うわっ! イ、イオリちゃ……大丈夫!?」

「は、はい……」

 甲板に尻もちをついた二人は、自分達が無事な事を確認してホッとした。そして、煙がもくもくと立ち込める前方を見る。今まで自分達がいた場所だ。何が起こったのか、全く分からない。

 ルクスや兵達も立ち尽くしている。



 だが、一人だけは違った。


「動くな」

「くっ……」

 銃口を襲撃者のこめかみにゴツリと当てるジェイド。金属バットは伸びたままだ。貫いた手ごたえがないので、男は混乱していた。そして、ジェイドにガチャリと後ろ手に手錠をかけられる。

「後で知ってる事を全て吐いてもらう」

「ちっ」



「ふぅ。間一髪、間にうたか」



 煙の中から声がした。海風が煙を飛ばしていく。そこに現れた者を見た全員が、驚いて目をみはった。

「イオリはお前さんだな?」

「は、い……」

 イオリは声の主を見上げて固まった。ミソールはイオリの腕をぎゅっと掴んでいる。


「おい貴様、よくわしの爪をかいくぐり、ここまで辿り着いたのぉ」


 金属バットの先端を前足で押さえつけ、鋭い眼光を襲撃者に向けたのは、言葉を話す大きな白い犬のような獣だった。

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