第三章

翌日、俺は凛の家に向かっていた。小田原から鎌倉まで、数十キロの移動だ。相模湾を眺めながら、今日も俺の心はブルーだなと思いを馳せた。

 凛の家は、鎌倉の山の中にある。和風の大きな家だ。『北条』という表札を確認し、チャイムを鳴らす。

「南雲でしょ。今迎えに行くから待ってて」

 しばらく待つと、お決まりの紫の着物で凛がお迎えしてくれた。中途半端に長い黒髪を束ね、黒目がちな瞳でこちらを見据える警戒した顔つき。何一つとして変わっていない。

「相変わらず元気そうだな、凛」

「気安く呼ばないで。アンタと長時間話したくないの。まあ、それでもお茶くらいは出すわ。あがって」

 仮にも妻なのにその態度は如何なものか、とは思うが仕方ない。別居の原因を作ったのも俺だし。昔の俺は血気盛んで勝ち気な凛とよく衝突していた。それでよく結婚が出来たものだと我ながら思う。

「ありがとさん」

 家は、整理整頓されていてモデルハウスの様だ。しかしそこに生活感がない訳ではなく、畳まれた洗濯物が机に積まれている。茶を飲むスペースくらいは確保されているが。

「はい、お茶」

「ありがと」

 凛が淹れてくれたのは緑茶だった。黄緑と緑の中間色の液体がマグカップに入っているのは、少しアンバランスな印象を受ける。ただ、香り高く高級な茶であることはすぐにわかった。嫌っている人間によくそんな高級品を出せるもんだ、と感心するがそこは名家である北条家育ちが故だろう。凛の一族は、何かと財界との結びつきが強い。言うなれば、金持ちなのだ。権力者なのだ。

「それで、伊波くんがどうしたの?」

「ああ、そのことなんだが……」

 俺は凛に事の顛末を話した。凛は嫌な顔をしながらも俺の話に耳を傾けてくれた。

「……で、これが折れた刀ってことね」

 凛は慎重にお宮さんに触れる。凛が触れても、特に変化は起こらなかった。

「そう。お前、これを直せそうな刀鍛冶とか知らねぇ? 昔剣道やってたんだし、そのコネとかでさぁ」

 凛はこう見えて武闘派である。剣道は特に得意で、全国大会で準優勝などザラだったと聞いている。俺も剣道には多少の心得があり、凛とは大会で出会った。出会った頃は男装していて、女だと気づくのに時間がかかったが。

「……アンタに教えるのは癪だけど、一人だけ居るわ。京都に住んでる、藤原みやこっていう男がこういうの、詳しいのよ。伊波くんの為に教えたんであって、アンタの為じゃないから」

 京都。確かに、千年の都なら詳しい奴の一人や二人居そうだ。勝手に一人で納得し、凛に住処を訊ねる。

「京都のど真ん中よ。洛中っていうの? その辺」

「それじゃわかんねーよ、案内くらいしてくれないと」

 凛の答えは曖昧そのものだった。恐らくだが、長いこと会っていないので忘れてしまったのだろう。凛につく悪い虫は俺が追い払っているので、その可能性は高い。

「何でアンタにわざわざ案内しなきゃいけないのよ。……と、言いたいけれど伊波くんには元気になってほしいし今回だけよ。ただし旅費は全額アンタ負担で、いい?」

 金持ちなんだからお前が出せよ、とは思うものの伊波の為だ。今回ばかりは仕方ない。

「……わかった。じゃあ、いつ何処に集合すんだよ」

「ん。私も準備があるから……二日後の朝九時に小田原駅でどう? 新幹線停まるわよね?」

 凛にしては早い集合時間だ。やはり、伊波のことが気がかりなのだろう。

「じゃあ、それで。なあ、凛」

「何よ。お茶飲んだら帰りなさいよ」

「……ありがとう」

 凛は面を食らった顔をし、

「……どういたしまして」

 と呟いた。


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