04.根岸くん、ご指名ですよ


 午前の授業が終わり、昼休みを告げるチャイムがなった。

 学食や購買に向かう生徒たちで校内が慌ただしくなる一方、僕はクラスメートの減った教室で、佐野と昼食をとっていた。


「はぁ? たかがそんなことを話すのに放課後まで待つ必要ないだろう?」


 佐野に言われて曖昧に頷く。

 会長から昨日の出来事を秘密にしてほしいと願われていたので、僕は予算案を作ったことが評価されて生徒会役員に勧誘されたと報告したのだ。


「自分の固有スキルが認められるなんて幸運だぞ。さっさと一軍パーティで無双してこいよ」

「うん。真剣に入会するつもりだよ」


 僕の台詞に佐野がおおっと声を上げる。


「頑張れよ、同じグループにいれば、会長と特別な関係を築けるかもしれないぞ?」

「特別な関係って、なんか大袈裟だな」

「仲良くなって休日デートすることになったら服や鞄も新調しろ? お前さんの‘お小遣い’に合わせてぴったりな服装をコーディネートしてやるからな?」


 僕は全力で首を振るう。コイツに選ばせたらバックパックにビームサーベルだの装備させられる気がする。


 不意に背中に鋭い痛みが走り、僕は反射的に振り返ってしまう。

 しかし、背後には誰もいない。

 クラスメートが昼食をとっているという、いつも通りの風景が広がっている。


「どうした? 思春期特有の嫌な予感か? それとも右目が疼く系の身体にでもなったのか?」

「いやぁ、なんでもないよ。変な動きしてごめん……」

「っていうかお前、昼飯食べないのか?」


 佐野が箸を進めるのを横目に、僕は弁当を開かずに座っていた。

 僕は教室の時計を見上げる。

 昼休みが始まってまだ間もない。

 話しに夢中になりかけたけど、今から会長のところへ行けばランチタイムを邪魔せずに会えるだろう。彼女からは放課後にと言われていたが、僕から伝えたいことがあったのだ。


「昼食の前にやりたいことがあったんだ。ちょっと今から行ってくるよ」


 そこへけたたましい足音が近づいてきた。

 見ると、クラス内でも発言力のある女子グループが僕らのもとへ飛び込んできたのだ。


「おい、ネギ!」

「アンタ、いったいなにをしたのよ!」

「指名って、どういうことよ!」


 上級女子の方々に取り囲まれ、僕は怖ず怖ずと「なんのことでしょう?」と訊いた。


「とにかく来なさい! ほら、さっさと歩け! ちょっとアンタ、コイツをかりるわよ!」


 佐野が無言で頷いた。

 陽キャの人ってすごい。こんな風に他人のテリトリーに怯むことなく飛び込んで場を動かせるんだもん。相手の領域展開を無視できるパッシブスキルなんて、僕らには理解できない能力だ。


「ほら、挨拶しろ!」


 廊下へ連れ出されると、そこには九条会長がいた。


「ごきげんよう、根岸くん」

「お、おはようございます会長……」


 まさか向こうから訪ねてくるとは予想外だった。


「用事があってうかがいました。もしよければ生徒会室でお昼をご一緒できませんか?」


 おおっ! と、ランチのお誘いに女子たちが声を上げる。


「よかったな、ネギ!」

「こら、もっとしゃきっとしろボケナス!」

「お前はモヤシか!」


 ネギかナスビか、それともモヤシなのかはっきりしてほしい。

 野菜人間の僕が了承すると、会長が腕をするりと絡みつかせてきた。


「ありがとうございます。では、参りましょう」


 昨日のことがあったとはいえドキッとするような魅惑的な笑みだった。

 おまけに女子たちからひゅーっひゅーっとはやし立てられるものだから余計に恥ずかしい。

 並んで歩くにはさぞ不釣り合いな組み合わせだろう。奇妙なものを見るような目で同級生が横切っていく。

 物心ついた頃から地味な見た目と性格のため、どこにいても脇役に徹することが常態化していた僕にとってこれは拷問にも等しかった。


「会長、これって僕への嫌がらせですか?」

「え、どうしてそうなるの?」

「こんな姿で校内を歩いたら、上位勢の方々から満場一致で処刑されますよ」

「そんなことしないわ。昨日みたいに逃げられたら困るからよ」


 ぎゅっと腕に力が込められて、ぎょっと僕は仰け反った。

 だが、僕も伝えたいことがあったので会いに来てくれたのは助かった。


「今なら誰もいません。ここでお話ししましょう。僕も二点ほどお話ししたいことがあるので」


 生徒会室に近づくにつれて人気はなくなり、三階の廊下で僕らは二人きりとなる。

 用件を訊こうとすると、彼女はゆっくりと腕の力を抜くのだった。




「根岸くん。昨日は、ごめんなさい」


「え?」と、僕は拍子抜けする。


「席を譲ってくれる人から景品を奪おうとして、ストーカーまがいのことまでするなんてどうかしていたわ……。私、異常よね?」

「そ、そんなことありません。家に電話したのだって秘密にしたかったからですよね? 誰にも話してないから安心して下さい。留守電のメッセージもすぐに削除しましたから」


 僕の親に聞かれたら、面倒なことにもなるし。


「ありがとう根岸くん……。私、カルルピのことになると暴走しちゃうんだけど、もうこんなことがないように気をつけるわ……。それに、あの問題に答えられるのなら妹さんは間違いなく本物のカルピリストよ。あの子こそ景品を持つのにふさわしいわ」


 カルピリスト?

 ガチ勢さんにそんな呼称があるとは初耳だった。


「会長の秘密(しゅみ)は必ず守ります。だからもう泣かないで下さい」

「うん。ありがとう……」


 目尻を拭う会長に、僕は慌ててハンカチを渡した。


「ところで、根岸くんの用件は?」

「あっ、そうだった。よろしければ生徒会役員に入らせていただけないかと思って」

「え? 昨日のことは気にしなくていいのよ? 私が変なことを言っただけなんだから?」

「いえ。これは僕の意思です。勝手に建学祭の予算配分を決めちゃってますし、その責任をとらなきゃいけません。凛の迎えあるときだけは早めに帰らせてほしいんですが」

「もちろんよ、歓迎するわ! よろしくね、根岸くん!」


 満面の笑みで会長が僕の手を握る。

 彼女に喜ばれるのなら昨日のトラブルなんて安いものかもしれない。

 それに、建学祭の運営に関われることにわくわくもしてきた。大変なことも多いかもしれないけれど、学校行事を自分流にアレンジできるのは面白いだろう。


「それでもう一つの用件は?」

「大したことではありません。凜が景品を誰かに譲ろうとしているみたいなんですけど、会長が納得されたのなら――」

「――なんですって、詳しく教えて!」

「うひゃあぁ!」


 ガルルーと会長が組みついてきた。逃げようにも両肩はがっちりとホールドされている。


「どういうこと、私にも受け取るチャンスがあるの?」

「お、落ち着いて下さい、暴走モードになってますよ! あ、立花姉妹だ!」

「嘘っ、もっと早く教えてよ!」


 廊下の奥から姉妹が駆け寄ってきた。


「おはようございます会長。もしかして喧嘩してました?」

「近接戦闘の訓練ですか?」

「彼のコンタクトがずれたみたいで、首を振って戻そうとしたの。そうよね、根岸くん?」

「え、両目とも視力Aなんですけど……。っていうかそんなふうに直すんですか?」


 瞬きする間に顔を戻した会長が平然と嘘をつく。しかも姉妹は「なんだ」「そうでしたか」と疑おうとしない。


「根岸先輩がここにいるってことは、もしかして入会されたんですか?」

「はい、私たちと一緒に活動してくれることになりましたよ」


 わーっと、両手を上げて喜ぶ姉妹。


「これで戦力倍増です!」

「よろしく頼むぞ兵長!」

「よろしくお願いします。っていうか、いつの間に兵長に?」

「では、さっそく荷物持ちをお願いします」

「我らの昼食だ。生徒会室まで運んでくれ」

「なにこれ、重ッ!」


 美音のリュックを受け取り、その重量に驚かされた。

 五、六キロありそうだが、二人分の弁当が入っているとはいえ重すぎないか?

 ひーひー言いながら生徒会室に入ると、そこには既に一人の女子生徒がいた。

 リボンの色からして三年生だ。

 モデルのような高身長で、後ろ髪を緩やかにカールさせてふわりと肩に掛けている。そしてその髪の色は、ブロンドだった。


「こちらはアリーシャ・リード副会長。先々代の会長で、私たちをサポートしてくれているの」

「Hi。アナタが根岸くんね。今後ともよろしく」


 副会長は留学生らしい。人形のように整い過ぎた顔だが、笑顔は生き生きとしたものだった。


「生徒会役員は大変よ。途中で辞める人も大勢いたけど、あなたは大丈夫かしら?」

「もちろんです。足を引っ張らないよう頑張ります」

「彼には建学祭の終了まで会計を担当してもらいます。皆さんもそれでよろしいですか?」

「はい。異議ありません」

「横領したら軍法会議だからな。邪なことを考えるなよ」

「OK。心配無用よ。ナードって生真面目で、黙々とした作業が得意だから」


 副会長の冗談にくすくすと笑う立花姉妹。

 辛辣な洗礼にさっそく心が折れそうになる。

 なんだい。後ろ姿だけをみれば僕だって陽キャにみえなくもないぞ。


 いじける僕をよそに、会議の打ち合わせが始まる。

 今日の放課後に各部長に会議室へ集まってもらい、建学祭の予算について説明するという。


「問題があるとすれば軽音楽部からでしょう。あの金額なら必ず苦情がくるはずです」

「え、あれだけ多く配分したのにですか?」


 部の実績を考慮して、僕は軽音部に予算を一番割り振っていたのだが。


「この金額で納得してもらうしかないと思うんですが?」

「私もそう思うわ。でも、軽音部から了承を得るのは難しいと思います……」


 と、苦笑いを浮かべる会長。

 うちの軽音部は全国規模のフェスに入賞するほどの実力があるが、それを後ろ盾にして、むかしから予算や部室の設備などについて生徒会役員への要求が多く、ときには無茶な要望も押しつけられてきたらしい。そうした横暴さについては理事長の性癖と同じく、新入生の間でも知れ渡っているようだった。


「私のクラスメートが入部しましたけど、顧問がほぼ不在で部長が仕切ってるみたいですよ」

「うむ。もしかすると潤沢な予算を懐にいれているのかもしれん……」

「Hey。考えすぎよ。連中だってさすがにそこまでしないわ。それに、今回は建学祭だから文化祭のときよりも大人しいはず」

「そうですね。でも、もしダメだったらまた理事長にお願いしなきゃいけません……」


 会長の顔が曇るのを見て、僕は心配になってしまう。

 軽音部と理事長の板挟みにされてさんざん嫌な思いをしてきたのだろう。

 少しでもその負担を減らせるよう、僕なりに考え、ある妙案を思いついた。


「それなら、今日の会議では正式な予算よりも低めに伝えましょう」


 僕の言葉に全員が訝しげな顔をする。


「もちろん反対されるでしょう。そこで、部長さんに検討すると内密に伝えて、後日正式な予算を伝えれば納得させやすくなります」


 一方的にこちらの値段を伝えるよりも、交渉に応じたという建前があれば妥協してもらいやすくなる。例え高値で掴ませても、得をしたという心理があれば人は満足するものだ。

 最初は戸惑っていた皆も、僕の説明に徐々に聞き入ってくれている様子だった。


「そうですね……。そんなことされたら私も納得させられちゃうかも?」

「見事な作戦だぞ、これが成功したら軍曹に昇格してやる!」

「意外と腹黒いboy ね。会計に抜擢された理由がわかった気がするわ」

「ありがとうございます。これでうまくいけばいいですけど」

「真っ向勝負するよりも絶対にいいわ、皆さん、その作戦でいきましょう!」


 打ち合わせが終了すると、僕らは生徒会室でランチタイムとなるのだった。

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