12話 赤はこうふん。使命の色

 橋の下に続く階段を下りて、色虫たちの背後に回った。


「地面の草の色を出してくれる。それと『同』って書いた筆をちょうだい」


 パレットに青と黄色と小さく声を出すと、くぼみから指定した色が本当に出てきた。

 生えている草の色は緑より、黄緑に近い薄い色をしている。かといって黄緑色にしては色が濃い。たぶん黄色多めの青で黄色よりの色をつくろう。パレットナイフで二つの色をそれぞれすくって、平たいボードの部分で混ぜる。すごい、いつも使ってるのより混ぜやすい。

 だんだんと色が混ざりだすと、そこに白を少しずつ加えてコントラストを薄くさせて草の色に近づけさせる。


「できました」

「もらうよ」


 できた色に『同』と刻まれた絵筆に染み込ませて先輩に渡す。けど何に使うんだろう。赤の色虫はいるけどまだ距離があるし。

 すると先輩は絵筆を虫にではなく、はいていた黒のくつにぬりだした。


「くつが汚れますよ!」

「いやこれでいい」


 気にすることもなく、黒と白のツートンカラーのくつが地面の草の色と変わらないものになってしまった。


 え~。せっかくのくつを汚してまで何の意味が。

 その答えはすぐに明かされた。先輩が先に階段を下りると、草をむ時に出るサクッとという足音が立たなかった。


「この絵筆、『同化筆どうかひつ』は使うと周りの色と同じ素材に変化する。これなら音もたてずあいつらに忍び寄れる。白居さんも」

「これあとで落ちるんですよね」

「もちろん」


 足を差し出して、草の色になった筆先にぬってもらうと先輩と同じ色になった。足を草の中に置くと、草同士が触れ合うようなさわさわとなびく音しか鳴らなかった。


「ほかの二ふでも同じような力があるんですか」

「いや、残りはまた違う力がある。しっ、色虫がいる」


 長い草の中に体を隠すと、二匹の色虫が空中でブンブン音をさせて飛んできた。色部先輩が指で赤の色虫を狙いに指名すると、私は補色である緑を改めて作り出した。


「沈め、色虫」


 横に切るように筆を振ると、赤の色虫が黒に変色してぱたりと落ちる。

 次にオレンジ、紫と虫たちの補色になる色を出して、先輩に渡す。いつもなら赤黄青の三色で色をつくるのだけど、早く倒さないといけないからそのままの色を呼び出す。それに当てはまらない色虫は、グラデーションで変化している色を吸っているから、白や黒を呼び出して混ぜる。

 私たちのコンビネーションで、次々と落ちて倒れて数を減らしていく色虫たち。残りは後二匹にまで減った。よしこのままなら全部倒せる。さて次は……って何あれ!?


 目にした色虫は今までのと違い、背中の羽が一色ではなく。左が青、右が赤と左右で異なる色が出ていた。ほかにも色がぐちゃぐちゃに混ざってマーブル模様になった色虫や、縦じまのストライプ柄の色虫までいる。


 これどんな色をぬればいいの。えっと、あのストライプ柄のは黄色と朱色だと思うけど。でもマーブル模様のは何が混ざっているの?


「白居さん、どうしたの。次の色はこのまま? それとも変える?」

「わ、わからない」

「ジビビ、ジビビビ!!」


 私の手が止まると、周りの色虫たちが減っていることに気づき一斉に騒ぎ始めた。そしてぐるりと私たちの方に体を向けて色虫は体のおしりの部分を突き出す。


「伏せて!」


 先輩に押し倒されて地面にうずくまる。そばにあった草の色が色虫の背中の羽と同じマーブル模様に変色していた。昨日学校でいたのは口からだったけど、今度は後ろ。それに体液の量が多い。こんな量のもの、先輩が助けてくれなかったら目だけじゃなく顔中についてしまうところだった。


 顔を上げると、こうげきしてきた二匹の色虫はブーンと羽音を立てて橋の上に登って飛び上がっていた。


「逃げちゃう」

「白居さん、黒色を出して。それから『幻』の筆を」

「うん。黒!」


 パレットの中に黒色が出ると、それを『幻』の筆にべったりぬりつけて先輩に渡した。

 さっきの『同』は周りの色と同じにさせる力だったけど、『幻』は何が起きるの。

 黒の絵の具がついた絵筆は、私のくつの周りに大きなを描くと中に小さな弧をいくつもつくる。左右に同じものを描き終えて筆が離されると、大きな弧が動き体の下から風が吹きあがる。

 もしかしてこれ、羽? 『幻』はその場にないものを作り出すって意味だったんだ。


「カラスの翼だ。これで追いつこう」


 羽ばたいた羽は、カラスが飛ぶうごきと同じくバサササと大きく動きだした。


「すごい飛んでる」

「さっきは白い羽で走りながら飛んでいたけど、カラスの方が力が強いから上に飛べるんだ」


 さっき私を軽々と運んでいたのは先輩の力が強かったんじゃなく、筆の力だったんだ。

 あっという間に橋の上に戻ると、色虫三匹が運動公園に入る姿が見えた。


「色虫が運動公園に入っていきました。追いかけよう」

「その前に、さっき色を迷っていたよね。どうしたの」


 先輩の問いに私は答えるのに気持ちがゆれた。

 色がわからなかったと言ったら、先輩は失望するかもしれない。私が先輩に頼られているのは色が見えているからなのに、答えられなかったなんて私がそばにいる意味がなくなってしまう。

 いたたまれなさについ目をそらしてしまうと、私の手が先輩の手に包まれた。


「おれは怒らない。何か問題があったら答える。教えて白居さん」


 細くて折れそうな私のと違って、先輩の手は骨っぽくて暖かい。それに手の先が固い。豆ができている。色が見えなくてもずっと色虫退治をしていた先輩が筆を握り続けていた証だ。

 今まで代わりに色を見てもらう環境もなかったのに、先輩は筆を持ち続けていた。長いこと色虫を相手している先輩の方が知っているはずなのに、なんで頼りにしなかったんだろう。


「模様があったんです。朱色と黄色のマーブル模様とかストライプとか」

「複数色が混ざり合っている色虫か。成虫になりかけなのはこれがやっかいなんだ。より鮮やかにするために複数の色を吸って、背中の羽を複雑な色や模様に変化にするんだ」

「ぬる方法はあるんですか」

「ある。この『幻筆げんひつ』を使う……いたあのストライプの色を」


 セミのように木にとまっている色虫は、周りの木々に溶け込めてなく派手で目立っていた。えっと色が黄土色と緑の交互になっているから、青強めの赤を混ぜたのと赤で黒に混ざるはず。二本の筆を持つわけでもないし、すぐぬれるなら色を一回変えるだけで済むんだけど色虫は動くからそんな思い通りにはならない。


 まず青色を取ると、空中に四本もの青線を描く。そして間を置かず色を赤に変えて青の部分を埋めるように一筆書きで描き、最後に四角く縦じまの二色を囲んだ。


「相手が縦じまストライプならこちらは格子こうし状だ。行け」


 先輩が小さな格子を押すと一直線に色虫の背中に衝突する。ストライプ模様を彩っていた色が両方とも真っ黒に染まり、色虫は何もできずに地面に転がり落ちた。


「すごい、同じ模様を作ることもできるんですね。それに先輩の一筆書きすっごくきれい」

「目がモノクロしか見えないから、色に頼らない一筆書きを試していたから。あんまりほめられるものじゃないよ」

「そんなことないです。一筆書きも立派な芸術です」


 私なんて下書きの文字や絵が下手で、部長にお願いしているのに。


「芸術か。こんなものでもいいのならちょっと考えたいな」


***


 最後の一匹を探して、運動公園にある高台にまで登った。この高台は常盤虹が見えやすい場所で、いつもなら観光客がいっぱいいるのだけどマラソン大会で侵入規制されているためか今は誰もいない。とても静かだけど、虫の羽音も聞こえない。ここじゃないのかな。

 ここからだとランナーがどこにいるのか見えやすい。茜ちゃんは今運動公園のコーナーを回っている途中、このままもうすぐ一番先に出口に……先頭!? すごい本当に一番で回って来るなんて。


「危ない!」


 急に背中を突き飛ばされた。

 ブビビビ。

 さっきまで聞こえなかった羽音が上の方からやってきた。色虫が待ち伏せまでするなんて。


「……っ! 先輩!」


 赤と青が入り混じったマーブルの液体が色部先輩の顔半分にかかっていた。


「大丈夫、左目まではかかってない。パレットに色をくれ!」


  緑とオレンジを呼び出そうとしたとき、飛んでいた色虫の目が光った。

 

 ブビビビ!! ブシュ!!

 羽音と共に何かが発射される音が聞こえ、思わずパレットを前に出すとずしりと何かが当たった。パレットを下ろしてみると、さっき先輩の顔を汚したマーブル模様の液体がべったりくっついていた。

 これが当たったら、茜ちゃんもみんな助けられない。絶対にこの色を先輩に届けないと。

 ブシュ! ブシュ! 色虫の液体が私に目がけて絶えず打ち出される。どっちが脅威きょういであるか色虫自身もわかっているみたい。でもここで倒されるわけにも。

 液体をかわすごとに、足元の薄茶色い地面がどんどん赤青のマーブルのカラフルに変化していく。


「色を!」

「はい」


 パレットに乗った色を先輩の絵筆に触れさせようと、手を伸ばす。

 穂先まであとちょっと。伸びろ私の手!

 そして一番左端にあった緑色が、穂先の毛にからむ。


「もらった。うずまき!」


 緑とオレンジを左回りにうずを巻き、それぞれを重ね合わさないように描く。そして描かれたうずまきはグルグルとその場で回りながら、色虫に目がけて接近していく。


 ブビビイイイイ!!

 巨大なうずまきに色虫は逃げきれず背中の色が真っ黒に変色した。


「終わりだ」


 筆の柄の部分で色虫を叩き潰すと、色虫は砂のようにサラサラと粉になって消えてしまった。


 や。やった。これで色が全部元通だ。茜ちゃんも無事にゴールできる。


 ブロロロ。高台の下から重たいエンジンの音が聞こえた。

 下はたしか道路で、コースの一部のはず。フルマラソンのランナーを先導している車が来ているのかな。柵越しに見下ろしてみると、そこを走っていたのは先導車ではなく、一般のトラックだった。


 どうしよう! トラックがコースに侵入している!

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