第一章 流れ星の宇宙人

1-1 突然の訪問者

 白縫調。

 中学三年生の十四歳。


 生まれた時から心臓の病気を抱えていて、入退院を繰り返していた。

 小柄で、たれ目で、誰よりも優しい印象があって……。白藍しらあい色の髪はいつもルーズサイドテールにしていて、毎日違うリボンを付けていた。

 ありがとうが口癖で、絵を描くことが大好きで、母親からもらったくまのぬいぐるみを友達のように思っていて、肌身離さず抱き締めていた。

 家族に見せる笑顔は眩しいくらいに輝いていて、拓人達も彼女の笑顔にたくさん救われてきて――。


 そんな調を失ってから、一週間が経とうとしていた。

 頭の整理もつかないままに通夜や葬儀が行われ、その後は自室にこもってぼーっと過ごす日々。今が夏休み中で良かったと心から思う。一週間が過ぎても心の傷は癒えなくて、家族以外に愛想笑いを向けられる自信などなかったのだから。


 今日もまた、拓人は眠れぬ夜を過ごしている。

 午前二時。布団の中にうずくまってもまったく眠気は襲ってこない。仕方がないから一度起き上がって水でも飲もう。そう思って、白いウルフカットの髪を掻きながら顔を上げる。


 すると、


(…………?)


 ――カーテンの隙間から、謎の光が差し込んだ。


 今は深夜のはずだ。

 車でも通りかかったのか、とも思ったがそれらしき音はしない。というか、いくら何でも眩しすぎる。

 まるで家の庭から光が放たれているかのようで、拓人は導かれるようにカーテンへと向かう。そろりそろりと近付き、静かに高鳴る鼓動を誤魔化すかのように勢い良くカーテンを開けた。


「……えっ」


 小さく驚きの声を上げながら、拓人は一歩だけ後ずさる。

 真っ先に思い浮かんだのは「夢かな?」という現実逃避だった。だって、意味がわからなすぎる。確かに庭には謎の物体があった。車ではない。でも、何かしらの乗り物ではあるような気がする。

 一言で表すならば、


「未確認飛行物体……」


 だった。

 所謂UFOが、自宅の庭にふわふわと浮いている。と言っても、よく見る円盤状のものではない。


 ――星型だ。星型のUFOが庭にいる。


 なんてことだ。

 自分はついに幻覚まで見えるようになってしまったのだろうか。

 拓人は眉間を押さえ、首を横に振る。

 このままではいけない。早く寝て、心を落ち着かせなくては。


「え……あっ」


 しかし、拓人の身体は動けなくなってしまった。何も金縛りに遭ってしまった訳ではない。


 現れたのだ。

 星型のUFOの中から、生き物が。


 いや、『生き物』などという曖昧な言葉にする必要はないのかも知れない。

 人だ。どこからどう見ても、人の形をしていた。


 星を思わせる、腰辺りまで伸びたプラチナブロンドの髪。

 夜空を思わせる、ミッドナイトブルーのドレス。

 肌は白く透き通っていて、瞳はエメラルドグリーン。左目には泣きぼくろがあって、よく見ると星型だった。両耳にはこれまた星をモチーフにしたイヤリングらしきものがあり、揺れる度にキラキラと輝いている。


 思わず、拓人は息を呑んだ。

 確かにその女性は現実離れしている。星型のUFOから現れた、星を連想させる容姿をした女性。でも、『女性』と言い表せてしまうほどに、彼女はちゃんとした人間の形をしていた。

 強いて言うなら、拓人よりも若干年上に見えるくらいだろうか。泣きぼくろがそう感じさせるだけかも知れないが、どこか大人びた雰囲気を感じた。


「えっ……と。あなたは、いったい……?」


 妙な緊張感に包まれながら、拓人は恐る恐る訊ねる。

 彼女は小さく微笑み、さも当然のように言い放った。


「私は、『流れ星の宇宙人』だよ」


 ――と。


 拓人はついつい、口をポカンと開けたまま固まってしまう。

 きっと、期待をしていたのだろう。こんな状況だけど、常識的な受け答えをしてくれるに違いない、と。

 でも、結果的にそんなことはなかった。

 星型のUFOに乗ってやってきた女性は、『流れ星の宇宙人』だった。

 ……なんて、考えれば考えるほどにそのまんまの説明だ。思わず乾いた笑いが漏れてしまう。


「いや、それは見ればわかりますけど」


 言ってしまってから拓人ははっとする。

 何が「見ればわかりますけど」だ。当たり前のようにこの状況を受け入れてしまっているようで、拓人の眉間にしわが寄る。

 でも、『流れ星の宇宙人』というワードは思った以上にすんなりと頭に入ってきた。だいたい、星型のUFOで現れた時点で常識的な展開になる訳がないのだ。だから、色々なものに目を瞑って話を進めるしかないと思った。


「それで、『流れ星の宇宙人』さんが何の用ですか」

「エトワールだ」

「……え?」

「いやだから、私の名前だ。エトワールって言うんだ。よろしく」


 涼しい顔で言い放ち、彼女――エトワールは握手を求めるように手を伸ばしてくる。拓人は再び小さく「えっ」と漏らした。果たして宇宙人と接触してしまって良いものなのだろうか。拓人は未確認生物やら都市伝説やらオカルトといった類のものには詳しくない。だからこそ慎重になってしまうのだが、エトワールはお構いなしに前へ前へと進んでくる。


(つ、冷たい……っ)


 自然な動作で握られた手は、想像以上に冷たいものだった。見た目はほとんど人間なのに、一気にこの世のものではない感が押し寄せてくる。

 ひいぃ、と心の中で叫び、拓人はその場にうずくまってしまった。

 正直言って、感情が追い付いていないのだ。悲しい以外の感情を持つのは久しぶりで、いっぱいいっぱいになってしまう。そういえば自分は人見知りをするタイプだし、初対面でぐいぐい来られるのも苦手だ。

 だから仕方ないのだと拓人は言い訳を浮かべる。


「少年、大丈夫かい?」

「だ、大丈夫……じゃないかも知れないです」

「そうか。…………でも、これは大事な話だから続けさせてもらっても良いかな? 白縫拓人くん」

「……っ!」


 拓人の身体が震える。

 今、エトワールは何と言った? 聞き間違いでなければ、拓人のフルネームを言ったような気がする。


「何で、僕の名前を」

「言っただろう? 私は『流れ星の宇宙人』だって。私は一週間前のペルセウス座流星群の流れ星なんだよ」

「ペルセウス座……流星群」


 何で今その話を、とは思わなかった。

 混乱する頭の中で、何かが繋がりそうで繋がらない。そんな不思議な感覚が駆け巡っていた。


 きっと、自分は何かを期待しているのだろう。

 気付けばエトワールのエメラルドグリーンの瞳をじっと見つめている自分がいて、そっと苦笑を浮かべてしまう。



「少年。私は人の願いを叶える存在だ。そして……私は、キミ達の願いを叶えに来たんだよ」



 エトワールは言った。

 キミの願いではなく、『キミ達』の願いを叶えに来たのだと。

 拓人は身体だけではなく、心まで震えるのを感じる。


 あまりにも非日常的なことの連続だけど、どうしたって信じたいと思ってしまう自分がいた。エトワールは一週間前のペルセウス座流星群が人の姿になった存在だ。調の願いと、「調の願いが叶いますように」という拓人の願いを聞き届けてここに来てくれた。

 そんな夢みたいな現実を、拓人は受け入れようとしている。


(……はは)


 自分は本当に妹馬鹿なのだと思った。

 でも、それでも構わない。この先の未来に悲しみ以外の出来事が待っているのだとしたら、進まない以外の選択肢はないのだから。


 ただ一つ、エトワールには残念な事実を伝えなければならない。

 拓人は小さく息を吸い、再びエトワールを見据えた。


「エトワールさん」

「エトワールで良いよ」

「……エトワール。その……願いを叶えに来てくれたっていうのは、何となく理解できたんだけど。…………妹は、もう」


 最後まで言葉にできないまま、拓人は目を伏せる。

 エトワールは、すぐには反応を示さなかった。そんなことはすでに知っていて、一緒に悲しんでくれているのだろうか。それとも、優しい視線をこちらに向けているのだろうか。あれこれと考えながら顔を上げると、その答えは想像の遥か斜め上をいくものだった。


「そ、そう……か。そういうことだったのか。私は、間に合わなかったんだな」


 エトワールが、ショックを受けている。

 視線を彷徨わせて、浮かべようとしている笑みも歪んでいて、心底動揺しているようだ。

 もしかしたら、もう何もかもが手遅れなのかも知れない。

 思わず不安が押し寄せてしまうほど、エトワールの視線は悲しげに揺れていた。


「私は、調ちゃんの願いと、キミの『調の願いが叶いますように』という想いを受け取った。だから、ここに来たんだ」

「……はい」


 頷くだけで精一杯だった。

 エトワールの言葉を聞けば聞くほどに、夢が現実になっていく。だけど流れ星に願った調はもう亡くなってしまって、エトワールは「間に合わなかった」と漏らした。

 その事実もまた、拓人を不安にさせていく。


「調ちゃんが亡くなってしまったのは、私も想定外だった。キミの方が驚きでいっぱいのはずなのに、私まで動揺してしまったよ。すまないね」

「い、いえ、そんなことは……」


 力なく微笑むエトワールを見て、拓人もまた弱々しい返事をすることしかできなかった。俯いて、沈黙が襲って、あぁどうしようと思う。

 例えどんな奇跡が起こっても、調がいないのではどうにもならない。


 希望と絶望の間を揺れ動く心は、やがて絶望へと傾く――その前に。

 エトワールが「でも」と呟いた。



「今からでも遅くはないよ。調ちゃんの願いは、私が必ず叶える」



 心の中に芽生えそうだった「絶望」の文字が、ぶわりと吹き飛んでいくような感覚だった。

 透き通ったエメラルドグリーンの瞳が。

 綻んだ口元が。

 はっきりとした声色が。

 拓人の心を掴んで離さない。

 結局のところ、エトワールに出会った瞬間から期待をしてしまっていたのだ。恥ずかしいし、みっともない。だけどそれ以上に、そんな言葉で逃げたくない。


 だから拓人は頷いた。

 すべては、調の願いを叶えるために。

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