第25話 好きな食べ物

「あふぁぁあああっっ~~~」


 仕事を始める前に、パームが大きなあくびをする。


「はっ! 失礼しました……」


 涙ぐんだ赤い瞳が俺を見つけると、パームは慌てて口を手で覆った。


「気にしてないよ。ここのところ徹夜が多かったからね」


 パームは口を閉ざして、机に視線をおとした。


 最近、パームは俺と距離をとっている。

 フェリシアと俺との関係を受け入れてくれていないのだろう。


 それでも毎日学園のために頑張ってくれている。俺もできるだけ、パームの気持ちにこたえてあげたい。


「少し気分転換でもしようか?」

「えっ? 気分転換ですか?」


 俺はダイヤモンドを取り出した。


「ちょっとこっちに」


 パームの手を取って部屋の中央に立たせた。


「ここ……ですか?」


 不思議そうに頭を傾ける。

 俺はパームの腰に手を回して、ダイヤモンドを放り投げた。


 風が吹き付けて、景色がはん濫した川の流れのように、怒涛のごとく過ぎる。


「へぁああああっ~~?!」


 金色の長い髪がたなびいた。


「着いたよ。目を開けて」


 パームはゆっくり目を開けると、眼下にはロンモールの城下町があった。


「うわあーー! すごぉーーい!!」


 朝日が城下町の赤や青の屋根を輝かせる。

 俺たちはロンモール城の楼上にいた。鐘をつく鐘楼の屋根に立っているので、ロンモールの建物で一番高い場所にいる。


 鳩が一斉に飛び立つと、遥か彼方の空に羽ばたいて行く。


「いい景色だろ?」

「はいっ!」


 金色の朝日を浴びて、パームはいっそう輝いた。

 しばらく城下町を眺めると、パームが俺の様子をうかがう。


「あの時は、パニックになってすみませんでした……」

「いや、俺も急ぎすぎた」

「……いまも私のこと、妹だって思ってくれます?」

「パームは大事な妹だよ」


 横にくっついてきたパームの頭を撫でた。


「妹ということは、ずっと好きってことですよね?」

「そうだよ。パームのことはずっと大切にする」

「えへへ」


 パームはまた涙ぐむと、うれしそうに頭をすり寄せてくる。


「もっとなでなでしてください」

「ああ、パームは頑張ってるからな」


 町からは炊事の煙が昇り始めた。焼きたてのパンの匂いがする。


「ガイム様の好きな食べ物は、プリンですよね」

「え、なんで知ってんだ」

「えへへ、だってどんなに忙しくても、プリンだけは食べていますから」


 たしかにそんなこともあったが、そこまで見られているとは思わなかった。


「パームの好物はなんだ?」

「私は、そうですねぇ……。プリンも好きですけど、クッキーも好きだし……」


 むむむっと真剣に考えるパームは可愛い。フェリシアと違って、愛らしく守ってあげたいと思う父性が目覚める。


「やっぱり、タルマロンが一番好きです!」

「タ、タルマロン?」

「ええ、ちょっとお洒落で大人っぽい感じが好きです! あまり手に入らないデザートで、ロンモールぐらいにしかないんですけど。こっちに来てからは、毎日食べてます! ちょっと、最近お腹が出てきましたけど……」


 タルマロン……。聞いたことない。

 前世でそんなデザートあったか?


「どんなデザートなんだ?」

「外はカリッてしていて、中がもっちり。良い香りで、ちょっと甘酸っぱくて、おいしぃい~ってなります」

「へ、へえ……美味しそうだな」


 パームは実況中継の食レポのように、タルマロンなる食べ物を食べて見せる。ほっぺが落ちそうなのか、手を頬に添えている。

 すごく幸せそうだ。


 ぐぅとお腹を鳴らしながらパームの話を聞いた。



 俺とパームはロンモールの城門で待ち合わせをした。


「始めて通る道だ」

「市場はたくさんの食べ物が集まるんですよ」


 パームはリネンの白いシャツを着て、スカートにレースをつけた可愛らしい服を着ている。

 俺と町を歩くのを楽しみにしていたらしい。

 先日、城の屋根の上で城下町を散策する約束をしたのだ。


 様々な野菜が並ぶワゴンの間をパームはスキップする。


 癒される……。

 愛くるしい笑顔に白のヒラヒラ。色とりどりの光に包まれる白い頬。


「ここですよ!」


 街角にある店に入ると、クッキーやらケーキが売ってあった。

 その中に真っ黒なプリンのようなデザートがある。


「こ、これがタルマロン?!」


 2個注文すると、テーブルにつく。

 チョコの焼けたいい香りが食欲を刺激した。


「いただきます!」


 フォークを入れるとパリッと割れて、中からハチミツの甘い香りをのせた湯気が上がった。

 フォークで刺して口に入れると、甘さの中に洋酒の上品な残り香が漂う。噛むと弾力があり、甘酸っぱい柑橘系の爽やかさが鼻腔に広がった。


「う、美味い!!」


 口にいれる度にほろ苦さと、上品な甘味が押し寄せるが、決してくどい甘さではない。


 これは危険だ!

 何個でもいけてしまう。


「俺の好物がコレなってしまった!」

「えへへ。私と同じですね」


 満足そうにパームは微笑むと、がさごそと提げていた大きなバッグから何かを取り出した。


「じつは、ちょっと頑張ってみて上着を作ってみたんです……」

「あ、ああ……わ、わざわざ俺のために?」


 パームはかなり大きめの四角い箱を取り出した。


 過去にもらったアクセサリーは、今でも強力な呪いを放っている。

 俺の低いパラメーターを底上げしてくれているありがたい呪いではあるが……なかなか強烈なデザインで、元悪役の俺だけにゆるされた、黒グロデザインとなっている。


「結構、時間がかかったんですよ」

 

 箱の蓋を恐る恐るとってみた。

 黒い薄手の上着が入っている。伸縮性のある柔らかい素材だ。


 ジャージみたいで、動きやすそうじゃないか。光沢もあって、カッコいい。


「おお、いい感じじゃないか」

「えへへ」


 持って広げてみると、ぶらりと大きな何かが垂れ下がった。


「これは……」

「フードですね」

「いや、これは」

「フードに付いているツノですね」

「ツノ……ということはフードを被ったら」

「2本ツノが生えてるみたいになりますね」

「ああ……なるほど」


 紅の血に染まったようなツノは、天をつくかのようにそびえて、存在感抜群だ。

 付術は黒いモヤがかかったようになるが、パームの手作りパーカーは2本のツノにのみ込められていた。


 フードを被らないと、付術効果は得られないだろうな。

 常時フードを着用しなくても良いのはありがたいが……。


「ありがとう。すごく助かるよ」

「えへへ」


 俺は早速箱から取り出して着てみる。


 思ってた以上にツノが重いな……。


 フードが後方に引っ張られる。

 喉が襟元できつく絞まる。


 うぐぐぐっ。

 まるで絞首刑の縄のごとし。


「だ、大丈夫ですか?」

「このツノ重いね……う、ぐっ」

「本物のユニコーンのツノですから」


 ユニコーン……。

 どおりでこんな長いのか。ユニコーンのツノって、こんな禍々しいものか? ふつう神聖なものでは?

 しかも2体ぶん……。


 試しにフードを被ってみた。

 すると、市場を行く人に残像がみえた。止まっていた血が急に頭に流れたので、幻覚を見たかと思ったが、目をこすっても消えない。

 不思議なことに実体は残像の通りに動いていく。鳥や天幕の布まで、動くもの全てが対象だ。


 目の前のパームの残像が、タルマロンを転がしてテーブルから落としたので、俺は実体が重なる瞬間に、タルマロンを空中でつかんだ。

 とった瞬間、残像は消えて新たな残像が生まれる。


 本来、人が反応できるスピードではないが、残像が動きを予測してくれているので超人みたいなことができる。

 このフードを被ると『未来視』ができるのだ。


 身体能力が高くない俺にとって、このアドバンテージは大きい。


「すごい付術だね! これは!」


 パームの手を握りしめると顔を赤らめた。


「そんなに気に入ってもらえて、うれしいです……! ガイム様カッコいい!!」


 ただ……このツノは目立つよなぁ……。

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