第31話

「まあ! あなた、この子ったら蹴ったわ! うふふ、ドレスが歪むぐらい!」

「どれ、私にも反応してくれるかな……おお! 私の手を蹴っている! 両親が分かるんだな、きっと頭のいい子だよ、アリアズナ! もうすぐか……楽しみだな。君は身体を冷やさないようにしなくてはいけないよ。長風呂も良いけれど冷えないようにね。この季節でも君のいた侯爵様の領地よりはずっと寒いんだ、ここは」

「そうね、編み物をして対策でもしようかしら。大きなストールなら、お腹に掛けても平気でしょうね」

「そうだね、どっちが先に終わるか分からないけれど、産まれたらおくるみにでもすればいいだろう。ああ楽しみだな、男の子だろうか、女の子だろうか。産まれるまで階段は使っちゃいけないからね。君は変な所で抜けているんだ」

「あら失礼ね。るんるんしているのは貴方の方じゃない、アンドレイ。いつもスキップしそうな様子で私の様子を見に来て……ふふ、領地では子供が生まれたら旦那様がどうなってしまうのか心配だって噂が立っているぐらいよ」

「る、るんるんとは……しているな、確かに。そう言えば侯爵様からお砂糖菓子がたくさん届いているよ。妖精たちの加護をよっぽど心配しているようだ」

「そんな都合よく使える訳がないって言うのに、お父様ったら。でもみんなも楽しみにしてくれているわ。私もより楽しみになるぐらいよ。台所にも立てなくてうつ伏せにも寝られなくて厄介だと思っていたけれど、やっぱり我が子と言うのは可愛く思える物ね」

「そうさ、我が妻。私も子供が産まれるまでに出来る書類はバリバリ片付けて長期休みを作るぞー! そしてメイドも雇うんだ。子供より少し上ぐらいのお手伝いが良いな。良いお姉さんになってくれるだろう。メイドを雇える程度には領地の統括に力を入れる! 平和な土地に我が子を迎えるんだ!」

「あらあら、うふふ。楽しみねえ、私の子」


「旦那様、お子様が生まれました! 男の子です!」

「跡継ぎが早々に出来たのか、でかしたぞアリアズナ! ははは、よく泣いて、良い子だ! 良い子だぞ、ははは!」

「名前は候補から取ってコンスタンティン、ですね。ふう……うう、お腹が痛い。内臓が動いてる……少し小さめだったから楽な方なのだろうけれど、やっぱり死ぬかと思いましたわ。ふふ、さっそくおくるみになったわね、このストール。はい、いっぱいミルクを飲んでね。元気になあれ、元気になあれ」

「確かに少し小さいな、私も子供との付き合いはあまりない方だが……大丈夫だろうか」

「一生懸命ミルクを飲んでいますから、大丈夫だと思いますよ」

「神聖な絵だな……画家に描いて貰うか、一枚」

「この前二人で描いて貰ったばかりじゃないですか。一枚描く頃にはこの子、大分大きくなっていると思いますよ。子供の成長は早いんですから」

「目に焼き付けるしかないと言う事か。もどかしいなあ。ああそれにしても髪もふさふさで可愛いなあ。お湯に浸かっても乳脂の匂いがするぐらいだよ。赤ん坊特有の匂いなんだろうなあ。お、眠たそうだな。ベッドはこっちだぞー」

「アンドレイ、首がかくんってなるから気を付けてくださいな。あなたの抱き方は少し心配よ、まったく。まあこれから抱いて行くうちに慣れるでしょうけれど、最初が一番危ないんですから」

「う。気を付ける。すまん……ほら、お前ももう休むと良い。基本的な世話はナターリアがしてくれるだろう。あの子は弟妹が多いそうだから、歳の割に出来る事が多くて助かっている。良いお姉さん分になってくれるだろう。そうしたら給料も上げて、いずれは正式にメイドとして取り立てなければな。まあ授乳ばっかりは君にしか出来ない事だが」

「そうですね、ふぁ……まだお腹がぐるぐるするけれど、私もさっさと眠ってしまう事にします。これからが大変ですからね。ナターリアの話では二時間に一度は授乳があると言っていましたし」

「そうだね、ふふふ。ゆっくりしておいで。兄の所に伝書鳩も出さなければな、無事に生まれたと」

「ん……」

「お休み、アリアズナ。お前には私が付いているし、妖精たちも付いているよ。だから安心しなさい」


「奥様。もうお休みになって下さい。コンスタンティン様のお世話なら私が致します」

「ナターリア……ごめんなさいね、私の分まで心配かけてしまって。でも大丈夫よ。この子の熱が下がるまでは、お願い」

「はい……解熱剤入りの重湯をお持ちいたしました。飲ませて差し上げて下さい」

「ありがとう、ナターリア。はやくコスタスも良くなってくれると良いのだけれど。私の産み方が悪かったのかしら……もう少しお腹の中で大きくしてあげていたら、こんなに病弱には……」

「奥様、それは関係ありません。冬が冷えるのは当たり前のことですし、子供はどんどん病気になって強くなっていくものです。去年よりコンスタンティン様の熱の回数も下がっています。きっとまたすぐに元気に奥様の後ろをついて行くようになりますわ」

「そう……そうかしらね……ありがとうナターリア。気休めでも楽になるわ」


「お願い、あの子を守って。私の魔力も命もみんなあげる。だからコスタスを守って。健やかに。怪我も病気もなく健やかに、この子を守ってあげて。私はどうなっても構わない。今度ばかりはあなた達に願わずにはいられない。お願い。金の櫛もアメジストの指輪も水晶の髪飾りも、みんなあげる。だからあの子を助けて。お願いよ。あの子さえ生き延びてくれたら、私はどうなっても構わない。私の魔女としての力、全てを使ってでもあの子を助けて。お願い。自分がこんなに我が侭だとは思っていなかった。でもあの子のことになると我が侭にならざるを得ないことに気付いてしまった。許して。お願い。あの子を、助けて。どうかあの子を、健やかに。どうか、どうか――」


 細面に吊り目の夫人は窶れて地下室で祈る。

 そう言う事か。

 毛布に掛けたストールの持つ記憶に触れて、私はその意味を知った。

 大旦那様もおそらくはこうして知ったのだろう、大奥様の死の真相を。

 だから全部持って行った。余計な記憶がコスタス様に渡らないように。

 コスタス様は、愛されていたんだなあ。

 これが愛と言うものなのか。私はなんとなく、それを感じた。

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