第24話

 書類はしっかりと整備されていて、コスタス様はサインするだけで領地の譲渡は終わったらしい。私もお目通しを許可されたので書斎に入ると、王様と同い年ぐらいの初老の痩せた男性がにっこり笑って私を見た。コスタス様はちょっとぶすくれているけれど、何を話していたんだろう。と、書斎の本のから小さな妖精が出てくる。


『あなたがサーニャ? コスタスのお嫁さん?』

『その水晶の髪飾りは私達がアリアズナにあげたものなのよ』

『また付けてくれる人がいて嬉しいわ!』


 話しかけられても答えられないんだな、これが。どうしたものかと思っていると、侯爵様はコスタス様に声を掛ける。


「少し出ていてくれないか。別に何を吹き込もうって訳じゃない。お前のお嫁さんを見てみたいんだよ」

「……解りました、侯爵様」

「お爺様で良いと言うのに。親子揃って頑固だのう」


 けらけら笑っている声を背に、コスタス様はドアの方に歩いて来る。ちょっと心配そうに見られたけれど、私は笑って返した。多分悪い人じゃないだろう。磊落そうなお爺さんだ。問題は、無い。


「さてお嬢さん、もう妖精たちと話しても構わんぞ」

「え」

「見えているんだろう? 髪飾りにたかっているぞ」


 ぞっとして背が震える。見える? 侯爵様には妖精が見える?

 大奥様の魔女としての血は、侯爵様から来ているのか?


「まさかコスタスが魔女の嫁を連れてくるとは思わなかったが、これも因縁かな。しかも魔力が強い。そしてコスタスの前では聞こえないふりをしている所から、あやつには内緒にしていると見える。男爵家の屋敷にも蔵書を持って行ったから、そっちに憑いているのもいて大変だろう」

「た、いへんでは、ない。です」

「ほう?」

「妖精たちは私にはよくしてくれるので――コスタス様は毛嫌いしているようですけれど、私には良い友達です」

『私達はお友達に入れてくれないの?』

『そうよー、アリアズナのお話聞きたいわ!』

「これこれ、困らせるのは止めてあげなさい。大体この子はアリアズナを知らないよ。すまんね、奔放で」

「いえ……」


 大奥様が育った家。この家で育てば、確かに男爵家で聞いた自由っぷりが納得も出来ると言う者だろう。何と言うか、本当、爛漫だ。しかし貴族で侯爵令嬢だったのに男爵家に嫁ぐなんて大恋愛してた人のいた家だと思うと、納得も出来る。むしろ妖精たちを憎んでいるコスタス様が異端なぐらいだ。いや異端は私だけど。分かっているのだけれど、なんだか。


「君の能力は指から出ているようだね」

「え?」

「少し光っている。編み物か何かで発揮できるものじゃないのかな」

「そ、そうです。よくお判りに」

「この歳だからな、多くの魔女や魔法使いには会っているのさ。私自身もその力で伸し上がってきたようなものだしな。コスタスが侯爵家を継いでくれるのは約定していたが、本当に来てくれたのは嬉しい。嬉しいんだよ、サーニャ」


 親し気に呼ばれて、慣れないそれに顔が赤くなる。男爵家でしか呼ばれたことのない名前だ、それは。それが段々広がっていく。私の名前になって行く。

 正直識別のための番号のような名前でしかなかったから、自分のものだと言う感覚が薄かったのだ。でも嫁いで来て、色んな人たちが私の名前を呼んでくれるようになった。メイドさん達やコックさん、執事さん。図書室の妖精たち、アリサさん親子。だんだん広がっていく私の名前。侯爵夫人にもなったらもっと増えるんだろう。敵も味方も増えるんだろう。


 なんだかくすぐったくて、くふふっと笑ってしまう。侯爵様も穏やかにほほ笑んでいる。のどかだ。こんな日が来るなんて、思っても見なかった。姻族にまで受け入れてもらえるなんて。そうだ、マフラーは作ったらこの人にあげよう。祝福があるように。どうか長生きをしてくれますように。コスタス様の、私の、大切な身内になる人なのだから。

 妖精たちは私の髪で遊んでいる。よく見ると侯爵様の長いひげの中で眠っているのもいるらしかった。懐かれている。そう言う家系なのだろう。伸し上がって来たと、侯爵様も仰っていた。悪い手法は使っていないだろう。多分自分に合う魔法を駆使して来ただけ。お父様のように誰かを傷付けては来なかった。


 それは確信できることだった。でなければ妖精たちはこんなに懐きはしない。母の使役していた妖精たちはあくまで契約のもとに動いていた。でもこの妖精たちは、図書室の子たちもだけれど、好意で動いている。コスタス様の病気に関してはそれがまかり通らなかったのは、妖精たちも魔力の方が無くなって消えてしまうからだったのだろう。だから結んだ契約。そうしてアリアズナ様は。だけど彼女は今もこうして、屋敷の妖精に好かれている。

 そしてそれは私もなのだと思うと、胸がジンと温かくなるような、心地良い気持ちになる。必要になるかと思って編み物の入ったバッグから小袋を取り出すと、中身はお砂糖菓子だ。きゃあっとはしゃいだ妖精たちに、手の上に出したものを与えると、あっという間になくなってしまった。くっくっく、侯爵様は笑って私を見る。


「扱い方はすっかり心得ているようだね」

「はい。屋敷の図書室にもたくさんいますから」

「アリアズナがここに置いて行ったのは、わしの厄災を避けるものばかりだったからね。他はみんな連れて行ってしまった。少し寂しいが今は君が来てくれて久し振りに賑やかだ。君に会えてよかった、コスタスは。どうかあの子の事を、気にかけてやっておくれ。君が最後の希望だ」


 笑った侯爵様は、髭の中の妖精をくしゅくしゅ撫でて、嬉しそうに笑っていた。

 最後の希望。

 コスタス様を守るためのそれだろうか、私は。

 そんな御大層なものになれるとは思わないけれど。

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