#11修羅場と客人

「あの…お二方…?」

ノアとリエンが玄関で立ち止まって睨み合ってからどれだけ経っただろうか。もしかしたら時間としてはあまり経っていないのかもしれない。

この緊張感が走り、汗が止まらない空間が形成されてしまったのは、おそらく俺が原因だろう。


俺の声がその空間に投げ出され、力弱く消えてから少し経つと、ノアが口を開いた。


「ねえ…今のは何…?シルウェ。」

こちらを向くノア。顔には笑みがあるが、その何とも言えない圧迫感から笑っているのは表情だけだろうと分かる。


「えっと…なんていうか…よくわからない…です…気づいた時にはもう口から出てたと言いますか…」

思わず敬語になってしまい、説明も要領を得ない。

…何故二人への質問だらけの頭でこんな一歩間違えたら死んでしまいそうな問答を行なっているんだ?


「…体が若返るのに合わせて若干昔のトラウマが蘇っちゃったのかな?」

何か知ってる風の口ぶりをしたリエンが割って入ってくる。この際もう説明責任は一旦無視するから、この状況を何とかしてくれ…


「…あの人はそんなこと言ってなかったけど。」

「そもそも前例のない薬なんだし、予想外なんて起きて当然でしょ?それにさっきまでは平気だったんだよね?シルウェ。」

リエンから視線を送られる。確かに、先程までは俺は普通だった。おかしくなったのはノア達が来てからだ。そう思い、頷いて返答する。


おそらく俺に盛られた薬の話をしているのだろう。俺の前で普通にその話をすることに何も感じないわけではないが、先程までの生命危機メーターが振り切りそうな雰囲気は無くなった。

これでようやく話を聞け「ノア…貴女がシルウェのトラウマなんじゃない?」


生命危機メーターが無事に振り切ったところで、思わずリエンの方に視線を向ける。

「リ、リエンさん…?できれば俺も質問したいな…なんて…」

「どういうこと?」

こりゃもうダメだ。と諦めてしまいそうになる。

ノアはリエンの言葉に少しピクッと肩を動かし、顔はこちらのまま返答をする。表情は変わっており、何も読み取れない真顔だった。


俺の記憶だとノアは表情豊かで、気が少し強い元気がある女の子…なのだが、昨日今日で見た彼女の表情は、真顔と本当に笑っているか怪しい笑顔だけ。


「シルウェのは私見たことあるよ。ノアがシルウェを貶めてから、二ヶ月くらいだったかな?」

あれ、というのはさっきの俺の発言だろう。俺は昔人間達から差別を受け、肉体的なダメージはあまりなかったが、精神的なダメージは相当もらっていた。その時に助けてくれたのが、リエンなのだ。


正直恥ずかしいのだが、その時にリエンにはかなり甘えてしまった。思い出すと全身がムズムズしてしまう。


やってない…

昔流された俺の悪評。それを否定するために、必死に誰かに聞かせるわけでもなく、気がつけば言葉にしていた。


「…私は、あの時正気じゃなかった。でも、本当に申し訳ないと思ってる。だから、私は償おうと…」

「いい加減認めたら…?ノアはあの時正気がなかったわけじゃないよね?」

胃が痛い。今にも吐いてしまいそうだ。もう俺にはどうすることもできないと悟り、彼女達の様子を震えながら見つめる。


「私がシルウェのお世話をして回復したけど、今それが再発してるんだとしたら…」

「貴女はシルウェに漬け込んだだけでしょ?何をそんな恩着せがましく言っているの…?それに貴女こそ認めたら?私が正気に戻ったからシルウェが取られそうだからって、見苦しいよ?」

「は?」

ピリピリ、という音が今にもなりそうなほどの緊迫感。これは魔王城にて魔王と対峙した時に勝る。


「何だか随分嬉しそうに自慢してたけど、あれは私がシルウェの誤解を解く前だったよ?だったら今は…どうなんだろうね…?」

「…誤解?まだそんなことを…?」

ノアがようやくリエンの方に体を向ける。こちらからだと顔は見えない。が、おそらくあの真顔なのだろう。リエンの表情を見る…あ、こっちも同じだ。


そんな地獄のような空間に、コンコン、という音が入る。ドアからだ。


3人で一斉にその方向を向く。その様子からしてノア達の連れというわけでもないのだろう。当然俺も全く訪ねてくる人物に心当たりなどない。


「リエンさん…その…開けていただけると…」

位置的に一番ドアに近いリエンにお願いする。


「何で敬語なの?」

「リエン!ドアを開けてくれ!」

もうこの際俺を殺しに来た刺客でも何でもいい!そう思いながらリエンが開けたドアの向こう側を見ていると、そこには見知った顔があった。


「シルウェさん!大丈夫ですか!?…ってあれ?貴女達は…?」

「エ、エリック?」

数少ない友人であるエリックが、キョトンとした顔でノアとリエンを交互に見ている。あー、そう言えばノアが彼に話を聞いたと言っていたか。


「ってもしかして貴女たちがシルウェさんに何かしたんですか!?」

「エリック、どうしてここに…?」

「さっき初めてシルウェさんから水晶が鳴ったと思ったら、僕に診てほしいって言ったすぐ後に意味深なことを言ってたじゃないですか!心配になってすっ飛んできたんです!」

家に入ってきて尻込んでいた俺のそばに近寄ると、大丈夫ですか?と顔を覗かせてくる。

何はともあれ助かった…


「エリック…!ありがとう…!」

「ふぇ…」

感激のあまり彼を抱きしめる。彼がきてくれなかったらもしかしたら俺の家が吹き飛ばされて、俺も無事では済まなかったかもしれない。


「…あれ、てかお前俺の姿見て驚かないのか…?」

「ん…?あ…」

抱きしめていた彼を離し、腰を上げる。十年前から姿が耳しか変わっていない人間の俺だが…彼から見たら腰を抜かすほど驚きだと思うのだが。


「あ…あはは…き、気づきませんでした!本当だ…シルウェさん、どうしたんですか…!?」

いきなり慌て始めるエリック。心配しすぎて気づいていなかったのだろうか。


「…驚くも何も、その子が今回シルウェに飲ませた薬を作るの手伝ってくれたのよ?まさか今日会うとは思わなかったけど。」

「…エリック…?」

隣にいる彼を見る。汗が先ほどの俺に匹敵するほど流れており、顔色は悪い。


「…まあそれも含めて話してもらおうかな。さ、みんな上がってくれ。」

話してもらうことが増えたわけだが、一体どうなっているんだ?ノア達とエリックの繋がりは何だ…?


故障してしまいそうな頭を抑え、三人を連れてリビングに向かった。

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