第9話


 深月の様子が少し変だ。

 何が変なのか具体的に言うと、まず目が合わない。合ってもそらされる。そして明らかにぼーっとしている――いや、深月はいつもぼーっとしてるんだけど。なんていうか、心ここに在らずな感じ?

 機嫌が悪いわけではなさそうだよね? ふたりで作った料理もちゃんと食べていたし。⋯⋯よし。


「深月、ケーキ食べよっ!」

「⋯⋯うん」

「もしかして、お腹いっぱい?」

「えっ? あっ、いや大丈夫」

「本当に? 無理に食べなくてもいいんだよ?」

「大丈夫。ケーキ食べよう」


 わたしがテーブルを片付ける間に、深月は紅茶をいれてくれた。ダイニングからリビングに移動して、三人掛けのソファーに並んで座る。

 そしてホールケーキの登場だ。やっぱり誕生日ケーキはホールじゃないとね。わたしは目の前に置かれたケーキに満足し、最後の仕上げを施していく。


「朱莉、ローソク立てるの?」

「もちろん! 常識だよ」

「常識⋯⋯。そう、なんだ」 

「歌も歌っちゃう?」

「えっ? うっ、歌わない」

「ふふ、じゃあ火つけるね」

 

 わたしは慌てる深月を余所に、ローソクに火をつけていく。


「さあ、深月? ローソクの火を消して」

「うん」

「一息で吹き消したら、願い事が叶うからね」

「えっ、そうなの?」

「そうだよ。だから願い事を考えながら、いっきに火を消してね」

「願い事⋯⋯。わかった。頑張る」


 深月は、やたら真剣な顔でケーキに立つローソクの火を見つめている。

 そして、大きく息を吸い込み、一息で全ての火を吹き消した。


「よし、できた」

 初めてローソクを吹き消した深月は、何だか得意げで可愛らしい。

 

「おー! おめでとう! なにお願いしたの?」

「内緒。言ったら叶わなくなりそうだから」

「それ初詣のお願い事じゃない?」

「そうなんだ、初詣も行ったことないな」

「じゃあ初詣も行こうね」


 初詣の約束をすると、深月は少し驚いた表情を浮かべ、それでも「うん」と返事をしてくれる。

 そんな深月にわたしは誕生日プレゼントを渡す。


「はい、深月。誕生日おめでとう」

「あっ、ありがとう。開けてもいい?」

「もちろん、開けていいよ」

「――ぬいぐるみ?」

「うん。ひとり暮らしでも夜に寂しくないように」

「うさぎだ」

「可愛いでしょ? うさぎも寂しいと死んじゃうから、夜は一緒に寝てあげてね」

「わかった」


 深月はうさぎの耳や手を動かして、確認作業のようなことをしている。ひと通り確認して満足したのか、深月はうさぎのぬいぐるみを抱きしめた。


 うわぁ⋯⋯、ぬいぐるみを抱きしめる深月、めちゃくちゃ可愛いなぁ。


「気に入ってくれた?」

「うん、ありがとう」

「その子はわたしの代わりね」

「えっ?」

「夜は一緒にいてあげられないから」

「⋯⋯」深月は、黙ってわたしの話を聞いていた。

「夜はその子に深月と一緒にいてもらって、ほかはわたしが深月と一緒にいてあげる」

「⋯⋯」

「ひとりじゃないよ。わたしが深月の傍にいる」

 


 そう言った次の瞬間、深月の綺麗な顔が目の前に広がる。軽い衝撃を感じた後、そのまま後ろに倒れ、一瞬なにが起こったのかわからなかった。

わたしは不意に抱きついてきた深月の勢いを受け止めきれず、ソファーに押し倒されてしまっていた。




―――――――――――――――――――――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る