第6話 紫式部の屋敷・その一角

「ダッシャアァァァ!」


豪快な掛け声と共に、強烈な回し蹴りが人型の巻き藁の首に入った。

「ボキン」と言う鈍い音と共に、巻き藁の首部分が刈り取られたように吹き飛ぶ。


「うおおおおおっ!」


続いてもう一体の人型巻き藁に強力な裏拳!

そちらの巻き藁も拳が入った所でボッキリと折れた。

最後に犠牲となったのは『木人』と呼ばれる、何本もの横棒が突き出た太い支柱だ。

その横棒を、拳が、手刀が、肘が、蹴りが、全てを叩き折っていく。


どれほどの豪傑がそれを行っているのか?

見れば長い髪を纏めて、一人の女だった。

袴と丈の短い合わせの作務衣を着て、紫式部は汗を迸らせながら、人型巻き藁と木人に怒りを叩きつけていた。


「あのっ、あのっ、あのクソ女!」


目にも止まらぬ拳の連打。

人型の巻き藁が瞬時にボロボロになっていく。


「ダッシャアァァァ!」


再び強烈な雄叫びを上げると同時に、凄まじい勢いの回し蹴りが人型巻き藁を支柱ごとまっ二つにする。

その蹴りの風圧で近くに居た侍女の髪がなびいたほどだ。


「あ、あの、あの、紫式部様。もうその辺になされた方が……ご近所の方も何事かと思われますので……」


恐る恐る侍女がそう声を掛けると、紫式部はムッとしながらも動きを止めた。

侍女が差し出す手拭いを受け取り、自分の顔について汗を拭い、さらには作務衣の中にも手をつっこんで豪快に身体を拭く。

その豊かなバストが作務衣からこぼれ落ちそうだ。

二枚目の手拭いを差し出しながら、侍女は困ったような笑顔を浮かべた。


「今日はいつもより大変力が入っていらしたみたいで……」


「当然でしょ!」


その手拭いを受け取った紫式部は、両腕を肩まで捲り上げて拭き始めた。


「あの高慢ちきなクソ女……清少納言のヤロウに、アソコまで言われて黙ってなきゃならないなんて……あんな女、私の『大和武王拳やまとぶおうけん』の一撃で頭蓋骨ごと顔面を破壊させてやれるのに!」


そう言って紫式部は拳をギリギリと握りしめた。

紫式部は父親は藤原北家良門流の一人である藤原為時で、母親方は同門の藤原為信の娘だ。


しかし実は、母親のさらに母親は播磨国の日本古来の豪族の娘であった。

その豪族は弥生時代から続く日本独自の体術を伝承する一族であり、紫式部もその技を伝授されていた。


しかも彼女は「五人力」と言われるほどの怪力の持ち主だった。

十二単を着て自由に闊歩できるのは紫式部くらいだったし、格闘に置いても男に引けを取る事はなかった。


実際、彼女が『紫の君』と呼ばれるようになったのは、ある事件が元だ。

ある腕自慢の武士が「紫式部を俺の女にしてやる」と豪語し、彼女の部屋に入り込もうとした。

しかしその日は、紫式部は別のイケメン貴族と一緒に居たのだ。

そこに武士が乗り込んできて、イケメン貴族に「俺と代われ!」と凄んだ。

イケメン貴族は即座に逃げようとしたが、そんな二人に紫式部は激怒。

さらに言えば、剛腕武士は彼女の好みでもなかった。

紫式部は二人揃って顔面が倍近くなるほど張り倒し、二人は命からがら彼女の屋敷から逃げ出した。


翌日、顔を紫色に腫らした二人を見て、同僚が「何があったのか?」と尋ねた所、

「藤原為時の娘にやられた」と弱弱しい声で答えたと言う。


そうして彼女は表では『源氏物語のヒロインの名前を取って紫の君』と言う事になっていたが、

裏では『男二人の顔面を紫色に変えた女丈夫な姫・紫の君』と呼ばれていたのだ。


紫式部は鉢に盛られたクルミを三つ手にすると、バキバキと言う音を立てて豪快に握りつぶした。

砕けたクルミの中身を頬張りながら、彼女は呪いのように呟く。


「清少納言……いつかあの女の顔面も、このクルミのように粉々に砕いてくれる!」



●ちょっと説明

※1、十二単は正装であって常に着ていたものではないのですが、その重さは20kgもあったそうです。


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今回のウソ設定

※1、紫式部が藤原為時が父であり、藤原為信の娘が母という事以外、全てウソです。

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