拝まれ屋

波と海を見たな

ファミレスにて①

「なあ、拝み屋って知ってるか?」

 久々に会った浅原は、席に着くなりそう言った。日曜日のファミリーレストランは大層賑わっていて、店内は子連れの客や学生達の騒ぐ声で溢れている。外がやけに眩しかったせいで、店内が青緑色に見えるのが不快だった。

「拝み屋って、悩みとかを霊的な力で解決する奴らだろ?昔何かのテレビ番組で見たことあるわ。ああいうのって何だか嘘くさいよなぁ」

 俺は目を瞬きながらそう言った。はっきり言ってあんなものは詐欺と何ら変わりはない。報酬として支払う額が適切かどうかもわからないし、そもそも存在すら疑わしい目に見えないものでお金を取るんだから、はっきり言って騙し放題じゃないか。

 それなのに、宗教と同じで中には救われたと勘違いする奴がいるんだからこれまたタチが悪い。

「知ってたか。それなら話が早いな」

「なんだよ。急に会おうなんて言うから驚いたけど、もしかしてそう言うことか?何か悩みがあるなら聞くけど、怪しい宗教への勧誘は絶っっ対に受け付けないからなっ」

 浅原の唐突な話は何処となく宗教絡みの匂いがして、俺はついつい語気を強めてしまった。疎遠になった同窓生がいきなり連絡してくる理由と言えば、詐欺まがいの投資話や特定の宗教、政党への勧誘と相場が決まっている。

「あっはっはっ!ははっはっ!ぷぐふっ…。ぷふっう…はあぁっ。…あぁ、こんなに笑ったのは久しぶりだ」

「おいおい、大丈夫かぁ?何かあったのかよ」

 何が面白かったのか浅原が突然腹を抱えて笑い転げたので、俺は少し心配になった。もしかしたら本当に宗教にでも入信したんじゃなかろうか。  

 ようやく目が慣れてくると、間近で見る浅原は学生時代より随分と痩せていて、頬も痩けて顔には黒い影ができていた。

「相変わらずだなぁお前は。学生の頃から宗教とか幽霊とか、話題に上るだけで不機嫌になってたもな。なぁに心配するなよ。そんな事でわざわざお前を呼び出したりしないさ」

 そう言って浅原は再び声を上げて笑った。もう夏だというのに浅原は黒い長袖長ズボンで、それでいて汗一つかいていなかった。

「それで、一体何があったんだよ」

「…実はな、非科学的な事が嫌いなお前だからこそ聴いて貰いたい話があるんだ」

 浅原との出会いは大学時代で、専攻は違ったがとある語学の授業が一緒で、そこからお互いに馬があって何かと2人で行動するようになった。恐らく当時は一番一緒に居たんじゃないかと思う。真面目な進路の話からくだらない恋の悩みまで、お金のない俺たちはよくこうやって一緒にファミリーレストランで何時間も語りあったものだった。お互いの地元が遠いこともあって卒業後は疎遠になってしまったが、こうして久し振りに会ってもよそよそしさは一切ない。

「わかったわかった、ちゃんと聞くよ。でもまずは何か頼もうぜ?俺朝ごはん食べてなくてさ」

 手元の呼び出しボタンを押すと、間の抜けたベルの音とほぼ同時に店員が目の前にやってきた。卒業してからしばらく経ったが、相変わらずこのファミレスは異常なまでに接客が早い。学生の頃に浅原と何度も議論したこの話題は、悔しいけれど浅原の提案した従業員がテレパシーを使える説が有力だった。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」

「えぇと…。ドリンクバーを二つと、山盛りポテトフライを一つ。後、シーザーサラダでお願いします」

「かしこまりました。ドリンクバーは入り口横になりますので、ご自由にお持ちください」

 笑顔だが何処か機械的な印象を受ける女性店員は、お辞儀と同時に店の奥へと消えていった。

「ふぅーっ。…もう行ったか?」

 齧り付くようにメニューを見ていた浅原が、店員が居ないことを確認して大きなため息を吐いた。

浅原は店員が苦手という変わったやつで、学生時代はファミレスでも居酒屋でもいつも俺が浅原の代わりに頼んでいた。今頼んだメニューはファミレスにおける俺たちの定番で、良くこの組み合わせで何時間も居座ったっけな。

「行った行った。お前未だに店員が苦手なんだなぁ。仕事とか出来んのかよそれで。あ、他何か食べたかった?」

「いや、それで十分。今あまりお腹空いてなくてな。それに、俺は店員が苦手というか、何かを頼むのが苦手なんだよ。美容院の予約とか、商品の場所を聞くとかな。あんなの全部ネット予約か券売機になればいいのにっていつも思うよ」 

 浅原が苦々し気にそう言った。とはいえ俺たちが学生の頃よりも世界は近代化していて、今じゃファミレスですら配膳ロボットが登場しているし、コンビニのレジは自動精算機がザラだ。浅原の望む人のいない世界は意外とすぐそこかもしれない。

「いやいや、店員なんてマニュアル対応で結局ロボットみたいなもんだろ」

「いやぁ、俺はそうは思わないよ。さっき来た店員だって、笑顔の裏で何を考えているかわかったもんじゃない。こいつずっと顔も上げないで気持ち悪い奴って思ってるかもしれないだろ?…ああ、思い出したら嫌になってきた。店員なんてこの世から消えて欲しいよ」

 浅原は唇を歪めて左眉を上げると、俺に心底嫌そうな顔をしてみせた。それは学生時代に浅原が冗談で良くやっていたお決まりのものだったが、過剰なまでのリアクションには何処か嘘くささが感じられた。浅原は昔から汚職政治家や町の不良のように道理に合わない人間を極端に嫌っていたが、何でもないただの店員にあそこまできつい言動をする奴だっただろうか。

 こうして喋っている感じや時折見せる何気ない仕草は間違いなくかつての浅原そのものだったが、目の前の男からは経過した年月だけではない何かが感じられた。もしかしたら、俺が思うよりも浅原は深刻悩みを抱えているのかも知れない。   

「さて、注文も済んだ事だしそろそろ俺の話を聞いてくれ。…とはいえ、色々あったからなぁ。どこから話していいものか迷うな」

「そんなの当然最初からだろ?今日はお互い時間もあるんだし、ゆっくり話そうぜ」

「ははぁっ、それもそうだな。なら少し長くなるかもしれないけど最初から話そう。あれは今から丁度5年前の、肌寒い秋の日のことだ…」

 浅原がぽつりぽつりと語り始め、次第に俺は物語の中に引き込まれて行った。

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