Seventh Zero The last mystery


 卒業式を三月にした人は誰なんだろう。


 澄み渡る空気。そして肌を優しく傷つける冬の冷気。それらが別れの悲しみを匂わせる。

 そして春の暖かい日差しが、送りゆく人々にエールを送っているよう錯覚してしまう。

「本当に、この季節は卒業式にピッタリだ」

 誰もいない校舎に自分の声だけが響き渡る。


九年間一緒に歩んできた人。仲のよかった友人たちと別れて各々が自分の道を行く。そのスタート地点であり、別れの儀式である中学の卒業式。それが今終わった。


ゆっくりと昔を懐かしむように廊下を歩く。思えば色々なことがあったものだ。それらを噛みしめながらある場所へと向かう。

それは三年五組の教室。自分たちが駆け抜けてきた、最後の一年間の象徴の場所だった。

教室の木製の扉の前に立つ。何故か知らないけれども自分が緊張していることに気がついた。

それでも気合いをこめガラガラと扉を開ける。


誰もいないはずの教室。そこに彼はいた。


「今坂……くん?」

 思わず彼の名前を呟く。

 正直何で彼がここにいるのかわからない。

 今坂くんといえば、いつもクラスの男子と一緒に馬鹿騒ぎをしているイメージしか自分にはなかった。


 けれども今ここにいる今坂くんは窓枠に座り、教室をどこか遠い目で見つめている。それは普段の彼からはまるで想像できない姿だった。

 今坂くんは緩慢な動きで首を自分のところに向ける。

「ああ、語り部か」

 いつも教室で聞くようなハツラツとした声色じゃあない。反対の、どこか落ち着いた、そう達観したような声だった。

 そのことに軽い衝撃を受けながらも、心の中は別のことを考えていた。

「なんで語り部?」

 何故今坂くんは自分を語り部と呼んだのだろう。それがわからなかった。

一年間同じクラスにいながらも彼と話すのは今この時が初めて。それに友達にも語り部だなんて呼ばれたことはない。

「さあ? ゴメン、自分でもよくわからない。ただなんとなくオマエに合っている。そう感じたんだ」

そう言って困ったように笑う今坂くん。

「そっか。なら仕方ないね」

どうしても普段とのギャップを感じて、なんて答えればいいかわからない。仕方がないからありきたりな言葉で返事することにした。

「そういえば俺達、一年間同じクラスだったのに一度も話さなかったよな」

「そういえばそうだね」

 流石に業務連絡みたいな話はしたけれども、こうやってきちんと話すのは初めてのことだった。

「正直言って俺、一度語り部と話してみたかったんだぜ? 最後に叶ってよかったよ」

「うん。実はずっと今坂くんと話してみたいって思っていたんだ」

「そう、か。じゃあなんについて話す?」

 今坂くんのこの質問。答えは最初から自分の心の中にあった。

「じゃあ今坂くんのことを教えてよ」


「俺のこと、か……」

 今坂くんは、なにかを考えているかのように黙り込み、虚空を見つめる。

 その姿を見て、なにかマズイことを聞いてしまったのかと思って、慌てて取り繕う。

「ほ、ほら、今日は卒業式があったじゃん。だからさ、夢とか目標とかそういったものを教えて欲しかったんだけど……」

「悪いけど俺にはそんなものない。それ以前に、自分のこれからのことだなんてどうだっていいんだ。全てはなるようになるし、ならないものはならない。それだけで充分。俺にはそれ以上のことはいらない」

 今坂くんのその言葉が心に突き刺さる。

 これだけで今坂くんのことがわかってしまった。

 そう、彼はなにも感じていないんだ。

 喜びも悲しみも、痛みも苦しみも、希望も絶望も、なにもかも思わない。


 つまり今坂くんは今までずっと……。


「流石は語り部だな。だがそんな俺にも望みがある」

 

なにを?


そう言おうとした瞬間に気が付いてしまった。自分が涙を零していることに……。


タンッ

今坂くんは今まで座っていた窓枠から飛び降りる。それから、まるでこの教室に誰もいないかのように歩きだす。

そして彼は扉に手をかける。

ここまで自分はなにも出来なかった。この三月の空気が、動くことを禁じていた。


「願いは三つ。そのうちどれか一つでも叶えばそれでいい。たとえ誰かが悲しむかもしれないが、想いは止められない」

最後にそれだけを告げると、ガラガラと扉を開け、彼は教室から出て行ってしまった。


誰もいなくなってしまった教室の中、悲しくて、悲しくて涙を流す。


なんとなく今坂くんの望みがわかってしまった。でもそれは叶えてはいけないもの。

それはつまり   を突き詰めたモノだから。


         ―――――それが三つの願い―――――








意味がないかもしれない。けれどもたった一言。あの時の今坂くんに伝えることが出来ればこんなことにはならなかったかもしれないのに……。

もう取り返しのつかなくなったオレンジ色の教室の中で一人後悔する。

たった一言。それだけでよかった。


「あなたはどこまで   し続けるのですか?」


 そうすればもしかしたら……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る