第32話討伐命令と故人の願い
「ハデア隊長。もう我慢の限界です!撤退を命令していただけなければ、ユアのためにも他の生徒のためにもなりません!!」
学園長室で、リッテルは大声で叫んだ。上司や部下、家庭教師、そのすべての肩書は頭から吹き飛んでいた。リッテルの頭の中にあるのは、全ての子供たちの安全だ。
ハデアは、セバッテの影がちらついた時点で学園の警備を固めている。だが、それをすり抜けてセバッテの手先が忍び込んでいた。
いや、影から出てきたという魔法使いが敵になった時点で警備など役に立たないに等しい。しかも、ヒステという魔法使いはシデリアという女と共に影から逃げたと言う。
他者を巻き込んで移動できる魔法使いなど軍からしてみれば悪夢だ。どんなに守りを固めてもすり抜けられてしまう。いいや、軍だけの問題ではないだろう。
「……ユアには、新たに任務を与える。内容は、セバッテたちを始末だ。軍の上層部はセバッテの魔法に興味を持っているようだが、移動魔法を持っている魔法使いと組まれているのはあまりにも厄介だ。ここで殺す。そして、ユアには引き続き学生を続けてもらう」
ハデアの判断に、リッテルは言葉を失った。
炎を操るシデリア。移動魔法を持つヒステ。この二人の奇襲によって、ユアは大怪我を負っている。そして、多数の生徒にユアの特異性や実力を見せてしまっている。もはや、ユアが普通の学生と過ごすことは無理だ。
「……セバッテの討伐については理解できます。この学園において、もっとも大きい戦力はユアの分隊です。ですが、ユアに学生生活を続けさせることに意味はあるんですか!ユアには、ユアの居場所がある。あなたたちがそうやって育てたなら、わざわざ違う場所にユアを置いて彼に惨めな思いをさせないでください!」
リッテルの息は上がっていた。
それぐらいに、必死な訴えだった。
「ユアは……あなたには人形かもしれない。操り人形かもしれない。でも、俺たちにとっては唯一の分隊長です。そして、ファレジにとっては息子のような存在。俺にとっては弟のような存在。メレナーデにとっては憧れの存在です」
戦いの中で危険にさらされるのは、覚悟の上だ。
だが、それ以外でユアが吐くほどのストレスを抱えている状況は見過ごすわけにはいかなかった。
「……ユアを学園に通わせるのは遺言だ」
ハデアの言葉に、リッテルは毒気を抜かれた。
「遺言……。どこの誰の無責任な遺言ですか。ユアの親ですか。それなら、遺言書など破く方が得策です。彼らはユアのことなんて一つも知らないでしょう!」
ユアは、幼い頃は軍の息がかかった病院で過ごしていたらしい。幼い頃から稀なほどに多量な魔力を持っていたユアは、そこで魔法を研究するための非検体でしかなかった。リッテルは、そんな環境にユアを置いていった彼の両親を責めることはできない。
その頃のユアは、個人の家で面倒を見るには無理な状態だった。病院での看護が必要だったし、多量の魔力という生かされる理由がなければすぐに処分されていただろう。
「その遺言は、最初にユアの才能を見出した魔法使いだ。君の前任者と言った方が正しいだろうね。ユアの教育を最初に担当して、何も知らないユアを人間らしくした一番の功労者だ」
そんな人間がいるということは、リッテルは薄々勘付いていた。リッテルが教育を受け持ったときから、隔離されて育ったはずのユアの学習面には問題はなかった。むしろ学習プログラムで言えば進んでいたぐらいだ。
「その人が、いつかはユアを学校に通わせたいと言っていた。普通の子供らしい生活をさせたいと言っていたんだ。ユアの年齢や今の情勢を考えるに、今が最後のチャンスだろう」
ハデアの言葉に、リッテルは笑いたくなった。
ユアの最初の面倒を見たのは、素直に尊敬する。一番大変な時期であっただろうし、今のユアがあるのは間違いなく前任者のおかげだ。リッテルが受け持ったときには、ユアは素直な子供だった。そのように前任者とファレジが育ててくれたのだ。
だが、それはユアが幼い頃の話だ。
昔のユアと今のユアとは違う。
「ファレジも同意見だと思うよ。ファレジと私……そして、彼は同郷だった。もっとも、あの人とファレジの方が私よりも年上だった。いつの間にか階級は私の方が階級は上になったけど、二人は私の人生の先輩なんだ」
今までにないほどにハデアは友好的に笑った。ハデアは穏やかな雰囲気を出すのだけは得意な上司だったので、笑顔など今まで山ほど見てきた。けれども、こんなふうに笑う姿は初めてだ。
全てのことを懐かしみ、失ったものを後悔している。
そのような笑顔であった。
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