第28話友人は家族に「ざまぁ」と言いたい(アシアンテ)


 家の中には居場所がなくなり、カザハヤは針の筵のような日々を過ごした。そんなカザハヤは、いつしか最強の軍人になって家族を見返したいという気持ちが強くなったのだ。


 そんな事情を知っているアシアンテは、魔法使いとして自分を高めようとするカザハヤに手を貸すことにした。幸いにしてカザハヤは両親に無視はされているが、生育環境が極端に悪化したわけではない。食事も眠る場所も提供されている。


 だから、カザハヤの目標を支援することにした。そうすることで、カザハヤの心理的な居場所を作ることが出来ると思ったのだ。


 家で居場所を失ったのならば、別の場所を居場所にすればいい。だからこそ、アシアンテはカザハヤの居場所を作ることにした。


 アシアンテは、まずは自分の伯父に手紙を書いた。


 伯父は怪我をしたせいで軍を引退した元軍人だったのだ。だからこそ魔法使いとして高みを目指し、同時に軍人を目指すカザハヤの師匠には丁度いいと思った。


 ただし、普通の頼んでも伯父は来てはくれないと思ったので、アシアンテは手紙を書く際に事実を若干盛った。


 カザハヤの両親のことは出来る限り極悪非道に書いたし、弟については悪魔の化身のような存在にした。カザハヤは、そんな境遇にも負けない健気な少年になった。


 まさに、お涙頂戴な設定だ。若干やり過ぎたような気がしないでもないが、手紙を送って一週間後に伯父が泣きながらやって来たので効果はてきめんだったのだろう。


 事実と手紙の内容の齟齬には早々に気づかれて「この詐欺師!」と怒られたが、アシアンテとしては目的が達成できればそれでいいのだ。

 

 アシアンテの計画では、カザハヤだけを伯父の弟子にするつもりだった。だが、伯父はとんでもないことを言い出した。


「アシアンテ。お前も魔法使いを目指せ。というか、なれ。お前は、カザハヤよりも才能がある。そして、その詐欺師っぽい性格は軍人向きだ」


 伯父は、そんなことを言い出した。


 なお、伯父は長男なのに家督も何も継がないで「俺は軍人になって一肌上げて来るぜ!」と言って、全てを下の兄弟たちに押し付けて出奔した人物だ。


 親戚たちからは「本能で動いている野獣の方が、まだ理性的に見える」と称されている。つまりは『考えるより感じろ』を信条としている人間なのだ。


「軍っていうのは、俺みたいな単純馬鹿の巣窟だ。その馬鹿の棟梁になった奴が出世する。そして、お前には俺を騙しても良心が全く痛まないという才能がある。その才能を生かして、馬鹿を嘘でまとめ上げて出世しろ。そして、師匠の俺を養え!」


 甥っ子の将来は、伯父にとっては老後の資金と同一だったらしい。アシアンテは魔力を測定できるほど魔法使いとしては発達していなかったので、才能云々に関しては伯父の勢いだけの言葉だと思っていた。


 けれども、それはカザハヤの反骨精神に火をつけるには十分すぎるほどの煽り文句だったようだ。カザハヤは、アシアンテを同期のライバルと見るようになった。そして、伯父の指導の元で、自分の体を鍛えるということを覚えたのだ。


 カザハヤは、そもそも体格がいい子供だった。さらに運動神経までも良かったこともあり、軍人上がりの伯父の訓練についていくことが出来たのだ。なお、普通の子供程度の体格だったアシアンテは早々についていけなくなっていた。


 むろん、魔法使いでもある伯父は魔法についても厳しく指導してくれた。こうして入学前から、カザハヤは自分の魔法を使えるようになったのだ。


 カザハヤの魔法は肉体強化というシンプルだが、比較的使い勝手の良いものであった。しかし、生来の魔力量故に発動持続時間は短い。


「いいか。魔力の多い少ないが、良い軍人と悪い軍人を分けるんじゃない。魔法は使いどころだ。どこで発動させるかを冷静に見極めれば、格上の優等生魔法使いもボコボコにできる。ボコボコのボンボンのゴンゴンに出来るんだ!!」


 伯父は軍隊で格上の優等生魔法使いに煮え湯でも飲まされたらしい。やたらと格上の優等生魔法使いをボコボコにできると繰り返していた。


 軍に入りたくないなとアシアンテが思うようになるぐらいには、伯父はボコボコを繰り返したのだ。


 だが、伯父のいうことは正しい。


「魔力が少ないならば自分を鍛えろ。軍人に必要なのは魔力という潜在能力だけじゃない。鍛えられた肉体と判断力。さらには精神力。そして、なによりも大切なのは、常に自らを鍛えられる人間であることだ!」


 暑苦しくも厳しい修行であった。


 それでもカザハヤは伯父についていくので、自分で場を整えておきながらアシアンテは「カザハヤは本気で軍人になって、家族を見返したいんだ」と改めて思った。親からの愛情を失うと言うのは、それぐらいに辛いものだったらしい。


「伯父さん。カザハヤの家族は、魔法を学べる学園にはカザハヤ入れてくれないと思う。カザハヤのためにも親を説得して、彼を学園に通えるようにして欲しいんだ。僕も手伝いたいけど子供が言うより、大人の人の方が説得力があるから」


 アシアンテは、伯父にカザハヤの体力と根性は軍人向きであると両親に強く説くようにお願いした。両親はカザハヤの魔力には期待していないが、体力や根性については知ってる。


 そこをアピールして魔法使いとしての上を目指すために学園に入学させるのではなく、軍人として出世するために入学を許可してもらおうとアシアンテは考えたのである。


 両親はカザハヤの最低限の養育はしており、親としての役割は果たしているのだ。


 アシアンテは『学園を入学させることがカザハヤの将来のためになる』と両親が考えてくれることに賭けていた。カザハヤが優秀な軍人になれば、家の名には傷がつかない。


 いや、それよりなによりも子供の将来を案じる親心があるのだとアシアンテは思いたかったのだ。


 結果として、アシアンテは賭けに勝った。


 カザハヤは、学園への入学を許可された。


 そして、同時にアシアンテの魔法の才能も開花した。アシアンテは、伯父よりもはるかに魔力量が多かった。無論、カザハヤよりも魔力量が多くて、魔法使いとしての才能はアシアンテの方があったのだ。


「俺のいう事は正しかっただろ、甥っ子よ。だから、俺の老後はよろしく頼むぞ」


 伯父は上機嫌で、アシアンテの両親も説得した。アシアンテの両親は、仲良しのカザハヤが一緒ならばと二つ返事で学園への入学を了承した。


 アシアンテは学園に通うつもりはなかった。軍人になる夢は、あくまでカザハヤのものだ。アシアンテは、同じ道を歩むつもりはない。


 なにより、アシアンテはカザハヤよりも魔力量が多いのだ。自分の魔法の才能によって、カザハヤの将来を摘む可能性もあるのではないかとアシアンテは考えていたのである。


 どんな言葉を使ったところで、魔法使いは魔力の量で評価されることが少なくからずある。だから、唯一の友人の自分が魔法で評価されてしまったら、カザハヤが腐るのではないかと思ったのだ。それを聞いた伯父は、大いに呆れかえった。


「お前は友人を信じていないし、思い上がりがすぎる。もうちょっと謙虚に生きてみたらどうなんだ。まぁ、子供の時から頭が切れたら、謙虚っていう言葉は忘れるんだろうけどな」


 伯父は、カザハヤよりもアシアンテの将来のことが心配だったらしい。


「それは、自分の夢も目標もないから?」


 アシアンテには、夢も目標もなかった。カザハヤのような激情もなかった。将来は何になるのか全く分からない。


 学園に入学すれば軍人としての人生は有利になるが、軍人にならないという選択肢も存在する。軍属したとしても魔法の研究職に進むという道もある。


「いいや。お前みたいなタイプに人生の目標はいらない。頭が良くて要領がいい。どこに行ったって、それなりに成功は出来る。でもな、今回みたいに他人とか友人のためだけに自分の人生を削り過ぎるなよ」


 伯父の言葉に、アシアンテは眉をひそめた。


「学園入学のために親を説得したのは伯父さんなのに……」


 伯父は、豪快に笑った。


「お前は、学園で友人との距離感を学べ。それが、お前の幸せへの出世の早道だ」


 幸せへの出世とは何であろうが。結婚のことであろうか。それとも別の事なのか。なんにせよ軍での出世ではなさそうだ。老後の伯父を養えないかもしれないのに、と考えてから気が付いた。


 アシアンテは、いつの間にか伯父のことを背負うつもりでいた。これは伯父が言い出したことであり、アシアンテには責任はない。


 これは、カザハヤのためにおこなったことにも言える。アシアンテは、カザハヤの人生に責任はない。


 なのに、カザハヤが努力できる場を整えた。


 師になる伯父もつれてきた。


 見方によっては、カザハヤ自身が行うべきものを阻害したともいえる。アシアンテは友人のために、カザハヤの人生に深入りしすぎたのだ。


「お前は、友達思いすぎるんだ。だから、親友との距離感を学べ。これから出会う人たちとの距離感を学べ。ついでに授かったものを磨いてこい。学園に行ったとしても軍人に絶対にならなきゃいけないっていう訳じゃない……と思うから」


 伯父の最後の言葉はとても気になったが、彼なりにアシアンテのことは考えてくれていたらしい。





「そうは言っても、なかなか癖は抜けないか。まぁ、抜けたら癖ではないんだろうけど」


 アシアンテは、そのように伯父との思い出を懐かしんだ。学園に入学したが、友人のカザハヤに対する過保護は治まっていない。今日だって、わざわざユアの部屋に一緒に行く必要はなかったというのに。


「次こそ。次こそ、勝ってやるからな!」


 カザハヤの大声は、夜の廊下では大迷惑だ。アシアンテは、仕方がないので彼の耳を引っ張った。そこまでやって、これも過保護なのだろうかとアシアンテは首を傾げたのであった。



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