第35話 二人きり

「あの、清水さん、どうしてあなたがここに」


「荒島先生にお願いしたの。白石君と二人きりにして欲しいって。ええとね、その……。あ、荒島先生から頂いたメモ、見ました。甲斐君のことは、白石君が心配しなくても、大丈夫、です」


 放課後、明寿が英語科準備室に行くと、そこで待っていたのは荒島ではなく、事務員の清水だった。


 なぜか、清水と二人きりになってしまった。いつもなら、荒島と不純異性交遊をするはずが、どうして別の女性、しかも甲斐の恋人である彼女と二人きりになっているのだろう。


 とはいえ、明寿が荒島に渡した清水宛の伝言メモはきちん渡してもらえたらしい。しかし、明寿は清水と二人きりで話したいなどとは書いていない。そんなことをしたら、荒島の機嫌を損ねてしまう。だから、代わりに甲斐のことを知っている事だけを伝えた。


『私の友人があなたのことを好きだと言っています。私と同じクラスで名前は甲斐他忠行(かいただゆき)。一度彼と話してみてください。 白石流星』


 このメモを見て、明寿と二人で会おうとする理由がわからない。いや、最初に荒島と明寿のいる準備室にやってきたときも、明寿を知っていた。だとしたら、甲斐に明寿に何らかの話をするよう言われたかもしれない。


 清水と二人きりになれたのは嬉しいことだが、荒島がそれを許可したことが気になった。明寿に執着する荒島が、友人の恋の応援のために、明寿たちを二人きりにするだろうか。どちらかというと、明寿に接触する女性を片っ端から排除しそうなイメージがある。実際に荒島が清水を見つめる瞳には殺気がこもっていた。


(わからないけど、これを利用するしかない)


 目の前の椅子に座る清水は、緊張しているのか、青白い顔を紅潮させていた。そして、無言の明寿にしびれを切らして、勝手に話を続ける。


「白石君と二人きりにしてもらった理由はね。その、別に、私は、あなたたちの関係に、口出し、したいわけじゃないの。その、私が、言いたいのは」


 話を聞いていたが、どうにも要領を得ない。何が言いたいのかわからなくてイライラする。明寿は苛立つ感情を抑えて、清水に問いかける。


「わざわざ二人きりになるように頼んだってことは、私と秘密の話がしたいってことでしょう?さっさと用件を言ってください。私だって暇ではないんですよ。もしくは私の身体が」


「ご、ごめんなさい。要領が悪くて。簡単に言うと」


 甲斐と仲良くしてくれて、ありがとう。


 明寿の言葉は途中で遮られる。どうやら、荒島のような人間ではなかったらしい。本当に話がしたかったようだ。しかし、明寿は清水の言葉の意味が理解できない。感謝の言葉を述べるためだけに、明寿と二人きりになるのはあまりにも無防備すぎる。


「はあ」


 甲斐とは仲が良いわけではない。そもそも、甲斐のせいで、明寿の新たな人生の希望が失われてしまった。彼がいなければ、彼女は亡くならずに、明寿の人生にも明るい未来が待っていた。それを壊した人間の恋人に感謝される筋合いはない。


「まあ、甲斐君が私と仲良しって言っているなら、そう、なんでしょうね」


 仲良し、と呼ぶには明寿側の恨みが強すぎる。しかし、今ここでそんなことを言う必要はない。甲斐が清水に明寿のことを友達で仲良しだと紹介してくれたから、清水とこうして二人きりになれたのだ。自らは肯定することなく、明寿は目線で清水に話の続きをするよう促す。


「そ、それで、仲良しなら、あの子がやっていることは、知っている、かな?」


「高校生の集団自殺、の件ですか?」


 どう答えるべきか迷ったが、正直に答えることにした。もしかしたら、清水には自らがやっている【新百寿人】を自殺に追い込むことを教えていないかもしれない。わからなかったら、それでも構わない。


「やっぱり、知っているのね」


 清水とは秘密も共有する仲らしい。知っているのなら。


 自分の大切な人があなたの恋人のせいで命を奪われました。


 目の前の女性にこう言ったら、どんな反応を示すだろう。とはいえ、今はまだその時ではない。もっと彼女から情報を引き出してから、清水を殺ればいい。甲斐の絶望顔がもうすぐ見ることが出来る。


「ところで、清水さんは【新百寿人】に対して、どんな意見を持っていますか?」


 とりあえず、せっかく二人きりになったのだ。明寿が二度目の高校生活を送る原因となった、新たな人類の進化について質問する。


「自殺した生徒のことを調べたのね。そう、やっぱりあなたなら……」


 甲斐と清水は恋人同士だとは思っていたが、かなり深い関係らしい。自殺の件のほかに、その対象者についても知っている。最後につぶやかれた言葉は明寿に対して何らかの希望を持っているように見えた。しかし、それがなにかは明寿にはわからなかった。



(たぶん、この人は【新百寿人】だ)


 しばらくの間、清水は目を閉じて、自分の意見をまとめるかのように両手を額に当てて考え込んでいた。清水を明寿の高校に呼びこんだ相手は、【新百寿人】についてかなりの情報を持っている。その情報網に引っかかったということは、彼女も明寿と同じ人種ということだ。回答がない清水に、明寿は甲斐について言及する。


「甲斐君は、自分が【新百寿人】と言っていますが、僕は違うと思っています」


「そこまでわかっているのね。あの子は私のために【新百寿人】みたいな人をこの世からなくそうとしているみたい。別にそんなことをしても、私が苦しいのは変わらないのに」


 清水の瞳からぽろりと涙がこぼれる。彼女の雰囲気はただの若者にしては、おどおどしていて挙動不審なところがある。しかし、裏を返せば、記憶がないことで生じる自信のなさの表れと考えることも出来る。


 ここでようやく清水が本物の【新百寿人】だと明寿は確信する。だからと言って、明寿の決意は変わらない。明寿にとっての最愛は、もうこの世にいないのだ。彼女以外に愛すべき人はいない。


「清水さんも【新百寿人】だったら、甲斐君に頼めばよかったのに。相手は自殺誘導のプロでしょう?」


 そういえばと、ここで明寿は一つの疑問が頭に浮かぶ。いくら直接手を下さなくても、これだけ自殺者がいれば、自殺をほのめかした人物の存在を警察が調査するはずだ。それなのに、なぜ、この高校も含めて誰もその存在に言及しないのか。


「彼を捕まえるのは無理よ。それに、私は死ぬことを許されていない。彼は」


 トントン。


 唐突に教室の扉がノックされる。スマホで時刻を確認すると、部活が終了まで残り10分となっていた。


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