エピソード啓二&美香:100万ドルの笑顔 ①


 俺たちの住む街には、日本でも有数の観光スポットがある。


 それは街を一望できる山から見える、美しい夜景だ。『100万ドルの夜景』と揶揄されることもあるそこは、必ずしも綺麗に姿を現すとは限らなくて。時に訪れる人を落胆させることさえある。


 ちょっとした神様の悪戯いたずらのように神秘的だったりするその景色は、俺の……



 俺と美香の思い出の場所。



 そんな俺たちは付き合ってから、もうすぐ一年を迎える。



~~~~~~~~~~


 

「相沢、俺と遊びに行こうぜ」


「あの……私、用事がありますので」



「彼氏いないって言ってたじゃん。遊びに行くぐらいよくね?」


「そ、そうですけど。友達も待たせてますから」



 またかよ。


 相沢さんが嫌がってんの、わかんないかなぁ


 

 中学と同じようにサッカー部へ入部した俺は、しばらくしてこの現状にうんざりしていた。進学校にはよくある話なのかもしれないけど、顧問は生徒に任せっきり。自主性を重んじると言われればその通りなんだけど。


 残念なことに、その自主性を任されているキャプテンは、いつも練習開始時間にグラウンドへ現れず。他の先輩に指示されて、仕方なく俺が探しに行く日々が続いていた。



 そしてここ最近は……ずっと相沢さんに言い寄っている。正直、俺はそれが一番ムカついてるんだ。


 入学してすぐ、相沢さんとは友人を通して知り合った。遊ぶ時はいつも何人かで集まっていたから、二人だけで何かをしたことはなかったんだけど。彼女と話せば話すほど、俺は相沢さんに惹かれていった。



 そんな彼女は、サッカー部のキャプテンに絡まれていて。



「キャプテン、練習の時間ですよ」


「あぁ!? またお前か小栗。じゃあグラウンド20周でも走っとけよ」



「走りますけど、先輩方にキャプテンを連れてくるように言われてますんで」



 そう答えながら、俺は一瞬、相沢さんへと目配せをする。合図に気づいた彼女は、軽く頭を下げてから、走ってこの場を後にした。



「あっ? 相沢! 小栗お前、いつもいつも邪魔しやがって」



 実は、このキャプテンを探して来いという指示も、先輩たちから俺に対する嫌がらせの一つ。今の俺にとっては、ありがたいことではあるんだけど。



 入部してすぐ、サッカー部のエースとしての地位を固めた俺を、その当時、一学年上だった2年生の先輩たちは誰一人として、俺のことをよく思っていなかった。


 特にそれまでエースとして持て囃されていた現キャプテンは、俺を目の敵のようにしていて。3年生の引退と共に、俺への当たりは激しさを増すばかり。



 俺としては、ここで喧嘩して泣かしてやってもいいんだけど。コイツ、成績がいい分、顧問からの信頼は絶大なんだよな。


 それに……2年生全員を相手にするのは、分が悪過ぎるし。



「小栗、お前調子に乗ってるよな。なんか、相沢と遊びに行ったりしてるらしいって聞いたんだけど」


「二人で遊んでるわけじゃないですけど」



 もともと女子生徒から絶大な人気があったらしい現キャプテン。


 顔も俺から見たってイケてると思うし、成績も良いみたいだ。もちろんサッカーだって、真面目にやれば強豪校でもレギュラー張れるかも? いや、ベンチぐらい? の実力はある。



 ただこの性格。


 見限られるのも早かったみたいで。現在、上級生はもちろん、同学年にも相手にされなくなったらしい。それでさっきみたいに、下級生である相沢さんへ、先輩風吹かせて強引に迫ってきている。


 コイツをよくわかっていない俺たちの学年の女子には、確かに人気があるみたいなんだけど。



「小栗、そういう問題じゃねぇんだよ! だいたいお前がエースだなんて、誰が認めたんだ!」



 言ってることが、無茶苦茶だな。ホントに成績いいのか、コイツ。



「とりあえず俺、20周走ってきますんで」



 俺はそう言うと、相沢さんと同じように走って現キャプテンの前から立ち去った。



~~~~~~~~~~



「おぐりん、相沢さんが呼んでるよ」



 相沢さんと仲が良い俺のクラスメイトがそう声を掛けてきた。彼女が指さす方向を見ると、相沢さんが教室のドアの近くで立っていた。



「どうしたの? 相沢さん。あっ、昨日も大変だったね」


「ううん。いつもありがとう。それと……小栗君、大丈夫? 私の所為せいでごめんなさい」



 申し訳なさそうに頭を下げてくる相沢さん。彼女は何一つ悪くないのに。



「気にしないでよ。俺は大丈夫だし、相沢さんは何一つ悪くないんだから」


 

 彼女は俯きながら『でも』っと、小さな声で口にした後、少しの間を空けてから張り詰めた声で



「うちのクラスのサッカー部だった人が言ってたよ。小栗君、先輩たちに嫌がらせされてるって。いつも私を助けてくれてるから。それでなんでしょ!?」


「相沢さん、落ち着いて。そうじゃないから。落ち着こうよ」



 俺の返しも空むなしく、相沢さんは関が切れたように続ける。



「最近、みんなサッカー部辞めてるよね。私の所為で、私なんかの為に……小栗君まで辞めちゃうことになったら」



 普段クールな相沢さんが、上ずった声で、今にも泣きそうなその状況に、廊下にいた生徒たちの視線が集まる。その様子に教室から出てくる生徒たちも増えてきて、俺はこの状況をどうしたら良いかわからずにいた。



 そんな時、誰かが俺の肩を『ポン』っと叩いてきて、聞き慣れた声がする。



「小栗」


「宍戸?」



「俺、ちょっと用があるから、席使えよ。ここよりはいいだろ」



 それだけ言うと宍戸は、相沢さんを見向きもせずに、どこかへ立ち去って行った。



 俺は、宍戸すまん、ありがとうと心の中で謝罪と感謝を述べ、相沢さんを教室へと招き入れる。宍戸の席へ座った彼女を、クラスのみんなは、なんとなく状況を察してか、見て見ぬフリをしてくれていた。



「相沢さん、落ち着いたかな?」


「ごめんなさい。私、取り乱したりして」



 俺は少しでも相沢さんに安心して欲しくて『大丈夫大丈夫』っと笑顔を向ける。



「小栗君まで辞めてしまったらって……私、怖くなって」



 相沢さんの表情は曇ったまま。『不安』という言葉が、しっかりと俺にも届いてくる。彼女のそれを打ち消したくて、俺は本音で語り掛ける。



「それも本当に大丈夫だよ。俺はさ、どんなことがあってもサッカー部は辞めないから。全国を目指してるとか、そういうのじゃないんだけど、待ってるヤツがいるんだ。もう一回、サッカーに、グラウンドに戻ってくれるのを待ってるんだ、俺。そいつと……一緒にサッカーがしたくて」



 そして『詳しくは言えないんだけど、だから、俺はサッカーを辞めないから心配しないで』っと、そう付け加えた。



 少し俯きながらも『うんうん』っと俺の話を聞いてくれる彼女を、もっと安心させたくて。相沢さんに少しでも俺の想いを届けたくて。



「俺は、相沢さんを助けたいって、そう思ってるから」



 俺の言葉を聞いた相沢さんは『えっ?』っと、驚いた表情を俺に向ける。



「必ず、相沢さんを助けるから。絶対に守ってみせるから。俺を信じて待っててくれないかな。もう少しだけ、嫌な思いをさせて申し訳ないけど」



 きょとんとした表情を向けた彼女が俺を見つめてくる。



 とんでもなく、恥ずかしいことを口にしたって感覚が後からやってきて。俺は沈黙してしまった相沢さんとの間にも耐えられなくなり、下を向いてしまう。



 膝の上でぎゅっと握り拳を作っていた俺の手に、そっと相沢さんが手を被せてきて。思わず顔を上げた。



「うふふ、小栗君、騎士ナイトみたいだね。うん。私、信じて待ってるから」



 そう答えてくれた彼女の笑顔は、女神が微笑んでくれたかのように優しく、美しくて。ツンとして冷たそうなんていう彼女への表現が、ありえないぐらいに。


 その瞬間、絶対に相沢さんを誰にも渡したくない気持ちが、俺の中で溢れてきた。



「俺を信じて、待ってて欲しい」


「ありがとう。でも、無理はしないで、絶対に」



 相沢さんはその言葉を残して、教室から出て行った。

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