エピソード森田彩乃:大地君

 

「またご縁があればっち、ねぇラブ?」


『くぅ〜ん』



 あの日、幼い少年とラブを救った本当のヒーローは『またご縁があれば』っと、風のように去って行ってしまった。



 ただ名前だけを残して。



 そんなヒーローの名前は、宍戸大地君。それ以外に手掛かりは何も無かったから。あの日から私とラブの散歩は、彼にもう一度会えることをずっと願っていた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 彼とのあの出来事できごと以来、私にはちょっとした変化が訪れていた。


 私というよりも……ラブなんだけど。



 警察に表彰されたり、新聞社に取材を受けたり。動画が拡散されてからは、散歩中に声を掛けられることも、珍しいことではなかった。



 彼を見過ごさない為に、何度も何度も観た動画。そんな時、ふと彼の名前で検索することを思い付く。


 一個人を特定するなんて無謀だから、半分は遊び心で。



「えぇっ!?」



 ベッドに転がりながらスマホに軽く打ち込んだ私は、思わず飛び起きて、そのままPCの電源を入れる。



『コンコン』



「はぁい! どうしたん?」


「こっちがどうしたのやけど? 姉貴、何にびっくりしよんので?」



「光輝ごめん、なんでも無いけん」


「はぁ? なら別にええけど」



 4つ年下の弟は、そう言いながら私の部屋のドアを閉めようとしていた。



「あっ、ちょっと待って光輝。この街ではないんやけどね。東中学校の宍戸大地っちサッカーで有名やったみたいなんやけど、知っちょん?」


「東中学校の宍戸大地? 知らん……って、知っちょんわ! 県大会でボコボコにされた相手や」



「え? あんた試合したん!?」


「姉貴に話さんやった? 俺1年からレギュラーやったけんなぁ。マジでハンパなかったっちゃ。5点目取られてから、試合に出ちょった下級生は、俺含めて3年の先輩と交代されたんで」



「ありよったね! 決勝戦は夏休みやけん、応援に行くっち話したね」


「まぁ、そこは負けたんやけど。その宍戸さんがどうかしたん? なんか噂では、怪我でサッカー辞めたっち聞いたで」



「そ、そうなんや……。光輝、ありがと」



『姉貴、あんまり騒ぐなよ』と、ちょっと生意気を言いながら、私の部屋のドアを静かに閉める。



 私がスマホで入力したのは、【県】と【ひらがな入力で彼の名前】。


 たったそれだけで、本当にたくさんの情報がヒットした。


 そしてその内容は、中学総体の決勝戦を境に驚くほど論調が変わっていた。



「ちょっとこれって……」



 色んな情報を整理すると『偉大なるキャプテン』彼はそんな風に呼ばれていたみたい。そしてそれは『悲劇のヒーロー』と揶揄やゆされるようになっていた。



強豪校を蹴ったツケ? 


チームメイトに恵まれなかった?


膝に怪我を負って傷物になった?



 チームメイトを散々にコケ落とす内容であったり、彼の選択を責めるモノまである。公立校の顧問に対して、怪我の責任問題を激しく非難するモノまであった。



 当時中学生だった彼は、このことをどう受け止めたんだろう。


 本当にサッカーを完全に辞めてしまわなければならない程、大きな怪我だったのかな。



 彼のことを何も知らない私でも、本当の理由は心の傷なんじゃないかって、なんとなくそんなことを思っていた。



「やっぱり、彼にもう一度会いたいな」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「ら、ラブ? ちょっと!」


「またんね!!」



 あの日のようにリード振り切ったラブを追いかける私。ラブが一直線に向かう先には、ジョギングをしている男性の姿が。



 そのままラブはノンストップで男性に突撃し、甘えるように上からのしかかっていた。その光景に思わず叫んでしまう。



『ラブ!! いけんやろ!!』



 そんな私の言葉を無視するように、千切れんばかりに尻尾を振りながら、尻餅をついた男性に甘えている。



 え……


 彼って……



 ラブ同様に『あっ!! 宍戸大地君!!!!』っと、口にしながら、思わず彼に抱きついてた私。今思い返すと、とんでもないことしていて。


 その時の私は、溢れんばかりの想いを彼にぶつけていた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 再会を願っていた私に、突然訪れたチャンス。それはもう一度ラブが与えてくれたモノだったけど、本当はラブが彼に会いたかったのかも。



 どこか儚さを帯びた大地君が、なんだかとても切なく感じて。精一杯、励ましたり、揶揄からかたりなんかして。


 彼が見せてくれたその笑顔に、私は安心したような、ホッとしたような、そんな気持ちになった。



 『しんけん可愛い』っと、私のコンプレックスを褒めてくれた彼。あっという間に動画のヒーローへと恋に落ちた私は、彼だけのヒロインになりたくて。



『またね』っと別れたその夜に、交換した連絡先から大地君へとメッセージを入れた。

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