エピソード10:お隣、いいですか?


「ごめん! 今日は美香と約束してるんだ」


 ごめんって、いつから俺は、お前と一緒に昼飯食うことがルーティン化されたんだ?


 俺のことなんか、気にしなくていいのに。律儀な奴だな。



「気にすんな。早く行けよ。相沢さん、待ってるんだろ」



 小栗は顔の前で両手を合わせてから、教室を出て行った。



「隅っこは、小栗に捨てられていよいよボッチだな」


「シッシってもうそれ以上、隅には行けないか」



 二人組の男子生徒が、いつものように俺を馬鹿にしてくる。小栗には言えないけど、一部の男子生徒からの当たりがきついのは、たぶん小栗の所為せいだ。


 女子生徒からだけでなく、男子連中にも人気あるからな、小栗は。そんなアイツから、積極的に絡まれる俺への、単なる妬ねたみなんだろうな。


 まぁ、どうでもいいんだけど。


 いつものように教室の隅っこにいる俺は、朝コンビニで買ってきたパンを齧かじりながら、窓の外をぼんやり眺めていた。


 グラウンドでは、数名が楽しそうにサッカーをしている。


 あの制服は一年生か。ん? あれはーーーー


 サッカーをしている一年生が気になっていた俺は、突如として騒がしくなった教室が全く気にならなかった。



「お隣、いいですか?」


「えっ? あぁ、しばらくは帰って来ないから、いいんじゃない?」



 女性の声?


 珍しい、俺に声を掛けてくるなんて。小栗の席に何の用だろう。 


 俺には関係ないか。



「ありがとうございます」



 窓の外に気を取られていた俺は、相手も見ずに返事を返していた。


 教室のザワ付きがより一層強くなって、さすがの俺も異常事態なんだってことを認識し始めた、その時



「外、何が見えるんですか?」



 再び声を掛けられたことに驚きつつ『いや、なんでも』っと答えながら、小栗の席へ振り向いた俺は、目を疑う。


 ここにはいるはずのない椎名しいな葉月はづきさんが、小栗の席へ座って、俺を見つめていたのだから。



「ふふふ、やっとこちらを向いてくれました」


「なっ、なんで?」


「お昼をご一緒にと思いまして」


「誰と?」


「宍戸大地さんで、間違いありませんよね?」



 どうして俺の名前なんか?


 もしかして、アイツら……裏切りやがったな。チッ、バカップルを信用した俺が、馬鹿だったよ。



「あっ、私は1組の椎名葉月と申します」



 存じてるよ! 


 有名だからね、椎名さんは。教室中の視線が刺さってるの、気になんないのかな。



「ご迷惑……だったでしょうか?」


「迷惑だなんて、まさか。ただ、俺なんかといると、椎名さんに迷惑が掛かるよ」



 事情はどうあれ、椎名さんに罪は無いから。きっと、直接お礼を言いにきたんだろう。



「私は自分の意思で、ここに来ています。お昼を一緒にする相手も、恥ずかしいのですが、私にはいませんから」


「相沢さんは小栗と一緒だけど、他にもいるでしょ?」



 椎名さんは『みんな、彼氏さんと……みたいです』っと答えながら、お弁当を食べる準備をしている。


 小栗が椎名さんはフリーだって言ってたな。早くお礼を言って、申し訳ないけど帰ってくれないかな。


 でも、お礼の言葉は気をつけて欲しい。これ以上の騒ぎはちょっと。



「そっか。で、椎名さん、俺に話があるんじゃない?」


 

俺は椎名さんが話しやすい様に、お膳立てをして場を整える。



「話、話、そうですよね。宍戸さんは、いつもパンなんですか?」


「え!?」



 予想外のことに、思わず驚きの声が漏れた。


 いや、違うよね? そういう事じゃないよね。 



「ごっ、ごめんなさい。失礼でしたよね」


「いやいや、俺はコンビニでパンや弁当を買ったり、極まれに学食だったりかな」


「込み入ったことを伺ってしまって、申し訳ありません」


「いいんだよ、全然。気にしないで」



 なんか調子狂うな。妙に丁寧な言葉遣いが、どこか引っ掛かるというか、違和感しかない。


 椎名さんはハーフなんだろうか? ブロンドヘアーにグレーの瞳。そんな容姿で、これでもかってぐらいの丁寧な言葉遣い。どちらかというとギャルっぽいから、違和感が拭えない。


 いや、それは失礼か。外見で判断するなんて、俺としたことが最低だな。本当に最低だ。よく見れば椎名さん、ギャルどころか、どこも着崩していない。校則よりカッチリして見える。



「そっそんなに見られると」



 椎名さんの箸が止まり、気まずそうに俯いていた。



「あっ、ごめん、そんなつもりじゃ。俺なんかにジロジロ見られたら、気持ち悪かったよね。申し訳ない」


「そんなこと思ってないです!! それは違いますから」



 嬉しいけど、椎名さんがそんな声出したら。


 ただでさえ注目を浴びてるのに、これじゃクラスの見せ物だ。



「ごめんなさい。大きな声を出してしまって。でも、本当に違いますから」


「ごめん、ありがとう」


「宍戸さんは、みなさんの視線が気になりますか?」



 椎名さん、痛いところを突いてくるな。


 俺は人の視線が苦手というより、怖くなったって方が正しい。かなり慣れてはきたけど、まだ気にならないと言えば、嘘になる。


 昔は注目されることが、大好きだったんだけど。



「その通りだよ。注目されるのは、得意ではないかな。椎名さんは?」


「私もその、好きではありませんが、慣れてしまいました」



 そりゃそうか。これだけのルックスだもんな。どこで、何をしていても目につくよね。これだけ注目されながらも、堂々と昼飯を食えるんだから。そうじゃなきゃ、生活できないんだろうな。


 可愛いのは罪って言葉、本当にあったんだ。


 なんでもいいけど、ホント何しにきたんだ? ただ一緒に昼飯なんて、突然、不自然過ぎるだろ。小栗、早く帰って来ないかな。



「宍戸さんは、バイトをされているんですよね?」


「そうだけど、どうしてそれを?」


「うふふ、ヒミツです」


「秘密って」


「私にも、お店の名刺を頂きたいなって」



 アイツら、いったい椎名さんに何を言ったんだ? 


 全くお礼をする気配もないし。別にお礼をして欲しい訳じゃないけど、状況がさっぱりわからない。今度は店の名刺って? 何がどうなってんだよ。



「ごめん、椎名さん。俺には状況がよくわからないんだけど、どこまで知っているの?」


「んーー? ごめんなさい。ご質問の意味がきちんと理解できていないのですが、私、口の堅さには自信がありますから」



 まるで噛み合ってないぞ。ん? SNS。小栗からだ。


 小栗:『なんか美香が、椎名さんにお前のこと、色々聞かれたらしいぞ。でも、約束は守ったって』


 はぁ!? この状況で、俺は何を信じればいいんだ。


 あっ、椎名さん、食べ終えたみたいで、片付け始めてる。良かった、これで帰ってくれる。



「椎名さん、ごめん。今、名刺を切らせててさ」


「宍戸さん、嘘がお上手ではありませんね。そんな意地悪、宍戸さんにはお似合いになりませんわ」



 笑顔なんだけど、目が笑ってないというか、逸らせない。真っ直ぐな瞳に、吸い込まれそうだ。


 俺は『悪かったよ』そう伝えながら、財布から名刺を取り出して、椎名さんへと渡す。あたり一面が眩くなるぐらいの笑顔で、大事そうに受け取ってくれた。



「絶対にお仕事の邪魔はしませんので」


「あはは、来るつもりなんだ」



 包み隠さず、本音が漏れていた。



「宍戸さん、お話が出来て、楽しかったです。ありがとうございます」


「いえ、こちらこそ。ありがとう」



 楽しかった? いったい何が?


 結局、最後まで俺の疑問は解消されなかったけど、もういいか。



「私は自分の意思でここへ来ました。その、私にも……彼氏が欲しいと、そう思いまして」


 透き通るような白い肌を真っ赤に染めて、最後に彼女はそう呟いてから、教室を出て行った。



        『あとがき』


ランチタイムの一幕



小栗「美香みか、ありがとう!! 凄え嬉しい!!」

相沢「大袈裟ね。恥ずかしいよ」


小栗「うまっ!! んーー幸せ過ぎる」

相沢「ありがとう。そういえばね、なぜか葉月から宍戸君について、色々と聞かれたんだけど」


小栗「ん? 椎名さんが? 宍戸について?」

相沢「そうなの。バイトしてることも、それが喫茶店だってことも知っていたのよ」


小栗「なんで!?」

相沢「わからないの」


小栗「それで?」

相沢「葉月、嘘に敏感だし、珍しく質問攻めにされたから」


小栗「えっ!? 言ってないよね?」

相沢「もちろん、動画のことや啓二から聞いた話は言ってないわ」


小栗「疑ってごめん。でも、なんで椎名さんが」

相沢「聞いても、『ヒミツ』としか答えてくれなかったのよね」


小栗「いやぁ、もしかしてだけどさ。可能性の話なんだけど」

相沢「宍戸君が動画のヒーローだって、気がついた?」


小栗「そう! それ」

相沢「今頃、宍戸君のところへ行っているかも」


小栗「ヤバイ!! 急いで連絡しないと」

相沢「ん? 何を」


小栗「身の潔白だよ!! 絶対、誤解される」

相沢「あっ! そうよね」


小栗「美香、明日も一緒に昼飯、どうかな?」

相沢「もちろん、大丈夫だよ」


小栗「明日は学食集合にしないか? 宍戸を誘ってみる」

相沢「それいいかも! 私は葉月を誘うね。面白くなりそう」

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