昨日の敵は今日の武器〜前作ボスと歩むVRMMO道中〜

いろは

第1話

兵士たちが怒声をあげながら走っていく。数万に及ぶ人間と魔族がぶつかり合う戦場では不自然なほど静まり返った場所に俺はいた。


次世代型VRMMO「ウォー・ロード」は最終局面を迎えていた。

人間として生まれたプレイヤーは魔族との戦争に駆り出される。どこまでもリアルに作られたこのゲームは果たして、ファンタジー要素も満載であった。魔法やスキルで戦闘を行うトレーラー映像はゲーマー達をここぞとばかりに惹き付けた。

ゲーム開始から5年、公式が出した最後のイベント、後にラスト・ウォーと名付けられたこの戦争は、このゲームの終わりに立ち会うため大量のプレイヤーが参加していた。人間側に騎士団、闘技場勢、各クラン、ソロ、パーティとそれぞれに壁はなく、最後を見届けようと、否、自分こそがこのゲームの最後を飾ろうと持てる全ての力を奮っていた。

人気絶頂のこのゲームがここで終わるのには理由がある。運営が次回作を発表したのである。同じゲームシステムを採用した次作は、この世界の500年後の世界を描くとのことだ。さらに、この戦争の結果によって次作のストーリーが変わるらしい。




向かい合った隻角の女性魔族が声を上げる。


「こうして刃を交えるのは何度目か。改めて名乗ろう。私はラプライラ・エルドラド。魔族12将が1人。〈銀剣のライラ〉と呼ばれている。最後に打ち合うのがあなたで良かった。」


綺麗な唇を釣り上げて笑うと、反りのない細身の剣を抜いた。彼女もこれが最後の戦いだと分かっているのだろう。

刃には刃を。礼儀には礼儀を。


「改めて名乗ろう。俺はジン。王国騎士団第7部隊隊長だ。最後にお前とやり合えるなんて願ってもない幸運だ。この腕の借り、返させてもらう。」


ライラに向かい合うと、今はもう無いはずの左腕が疼いた。いつかの戦で彼女に切り落とされ、使い物にならなくなった左腕の残滓は彼女を覚えているのだろう。

俺は普通の人間なら両手でも持ち上げられないほどの大剣を軽々と右手で抱えると、土を蹴り彼女へと接近した。


大剣を振り下ろしても彼女は動くことなく細身の剣で受け流す。称号持ちだけなことはある。

彼女の強さは全ての攻撃を受け流すその技術だ。ありとあらゆる武器や魔法の性質を瞬時に感じ取り、腕1本でいなしてみせる。まさに天性の才能である。


俺の攻撃を防ぎきったライラはこちらへ刃を滑らせる。これくらいでやられているようじゃ、この戦場に立つ資格はない。

俺は受け流された大剣を地面へ突き刺すと、それを軸に空中へ踊り出す。剣の柄を右手で持ち、両足で地面を蹴って飛び上がる。


「なんですかその無茶苦茶な曲芸は…。大剣使いは力で押すのがセオリーでしょうに。」


呆れながらも彼女は剣を振り続ける。


「生憎俺は普通じゃないらしい。左手が使えたらもっと舞えるぞ。」


「本当に、運良く左腕を潰せてよかったと心から思ってますよ。」


2人の剣戟は止まらない。


剣の音が鳴り響き数刻、俺の大剣にヒビが入る。ライラは大剣の同じ場所に剣を打ち込んでいたのだ。

2人の剣が交差し、大剣の先半分が砕け散る。


「楽しかったですが、ここで終わりですね。」


「あぁ、この大剣はよくやってくれたよ。今までお前とずっと打ち合ってきてやっと崩れるなんて1級品だ。」


彼女が俺にとどめを刺そうと剣を向ける。


「なぁ、本当にここで終わりならさ」


俺は残っている魔力の全てを右手にかき集める。


「誰にも見せたことがなかった俺の本当の武器、お前に見せてやるよ。」


魔法を発動する気配を察知したのか、彼女は焦ったようにこちらへ近づいてくる。相変わらず勘が鋭い。


「来いよ最後に出番だ。待たせたな固有魔法。俺のありったけを、この5年分全部持っていけ。」


右手から柔らかいオレンジ色の光が溢れて戦場を照らす。他の場所で戦ってる人間も魔族も一瞬だけ動きを止める。


「散らせよ《レヴァテイン》」


右手にシンプルな槍が生まれる。どこか懐かしいようで新しい、手に馴染むそれは、やはり俺の武器だと主張していた。


「なんですかその化け物みたいな力は。見た目は普通の槍なのに、漏れ出る魔力が魔道士1000人でも集めて儀式してぎりぎり放てるくらいの極大魔法級じゃないですか。」


「この5年間、お前たちと戦う以外全ての魔力をこの魔法に使ってたからな。正真正銘ラストだ、行くぞライラ。勝っても負けても文句なしだ。」


そう言うと俺は右足を踏み出した。槍と剣の差はその攻撃範囲と攻撃方法だ。突くのと振るのでは速さが違う。


「王国騎士流槍術 《双竜突》」


とてつもない速さで繰り出した2回の突きを、ライラはすんでの所で剣で弾く。

彼女の驚く顔が目に映る。それはそうだろう。俺は今まで戦争で1度でもスキルを使ったことは無かったからだろう。


「あなた、スキルが使えたのですか!」


「あぁ、俺のスキル派生は槍。隠してて悪かったな。ギア上げていくぞ!」


「王国騎士流槍術 《流星》」


魔力の乗った突きが彼女を襲う。


「先程から使ってるそのスキル、他の兵士が使っているところを見たことがありませんが」


「それはそうだろう。このスキルは王国騎士槍部隊で俺しか使えない。そもそも王国騎士流槍術は俺が創ったものだしな」


「はぁ?じゃあ何故今まで大剣を使っていたんですか!」


2人の攻防は終わりに向かっていた。


「この国の王女様が俺には大剣が似合うとか言って渡してきたからだよ!貰った手前使わない訳にはいかないだろ!これでも槍聖の称号持ちだぞ俺!そろそろ締めだ、行くぞ!」


「秘・王国騎士流槍術 《レヴァテイン》」


槍がオレンジ色に光り、炎へと形を変える。

俺は槍を握りしめると彼女へと投擲した。

彼女はいつも通り細剣で受け止めるが、徐々に押されていく。

槍を離してすぐに俺は走り出す。彼女と力比べしている炎の槍を掴むとさらに圧力をかけていく。

俺の槍が彼女の胸を貫くのと、力負けした瞬間に突き出された彼女の剣が俺の心臓を貫くのは同時だった。

彼女はかすれた声で囁く。


「今世は非常に楽しい戦いの人生だった。あなたのおかげです、ジン。来世、また会えるなら次は共に…。」


そう言うと彼女の身体は粒子になり、銀色のイヤリングになった。おそらくドロップ品だろう。


周りの歓声はもはや耳には届かず、俺は魔族の角の形をしたそのイヤリングを握りしめながら意識を手放した。

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