第二十九話 三人の結婚式

 たまたま魔王が不在の時、副官が応対してくれた。

 そして二ヶ月後に行われる結婚式について段取りを話しあっていた折、俺のある言葉を聞いた副官が真顔で否定する事が起きた。


「は? 結婚式の後、故郷にローナとセシルを連れて帰る? 帰せるわけ無いじゃないですか」


 数舜、思考が停止したのち再起動する。


「……約束が違う。理由を言ってくれ」

「すみません、言葉が足りませんでしたね。送還魔法は非常にデリケートなものです。今のローナを連れ帰ろうものなら、お腹の子が流れてしまいますよ」

「あー、それは……」


 聞いてないぞ、そんな欠点。


「加えて赤子の首が据わってからでないと、せっかく授かった命が失われかねません」


 という事は、帰還はローナが出産して赤ん坊の首が据わるまでの間はこっちで過ごすことになるのか。

 妊娠から出産まで十月十日で……。


「生まれてから赤ん坊の首が据わるまで、ざっとどのくらいかかる?」

「半年程度はみないといけませんね」


 合わせてざっと十六ヶ月、妊娠してから四ヶ月経過してるからあと一年といったところか。


「……分かった、送還の儀式は当分の間延期。了承した」

「ご理解いただきありがとうございます」

「こっちこそ無知で悪かった」


 副官に頭を下げる。


「それと、ヤスタケさんの故郷では重婚は犯罪なんですよね?」

「らしい。それが?」

「故郷に帰るのを諦めたのではないのですか?」


 そんな事で諦めきれるか。


「もしかしたら何か抜け道があるかもしれない。それを探しに行く」

「はあ」

「上手く行けばそのまま何事もなく永住できるかも……」


 あくまでかもしれないという希望的観測に、副官は盛大にため息を吐いた。


「……まあ、ヤスタケさんの人生ですしあなた自身で決めてみてはどうでしょうか」

「すまんな」


 副官にとっては迷惑な話なのだろうかと思いつつ執務室を出る。予定が空いてしまった。何をして過ごそうか。


◆     ◆     ◆


 城下町を散策していると、通りの向こうから見知った顔が見えた。ウェブルとルモールの二人だ。


「おおい、久しぶり」

「ノリオじゃないか、久しぶりだな」

「元気してたかい?」


 俺の呼びかけにルモールとウェブルが答えてくれた。


「元気元気、いつ以来だっけか」

「一ヶ月ぶりだね」


 ウェブルが即答する。さすが商人の子。

 それにしても、もうそんなに経つか。時が過ぎるのはあっと言う間だな。


「ノリオがこの辺りをぶらついてるなんて珍しいんじゃないか?」

「普段から城に籠っているからな。今日はちょっとね」


 ルモールの疑問にあっけらかんと言うと、二人は心配げな顔つきになる。


「……何か悩み事かい?」

「分かるのか」

「それなりの付き合いだからね」


 ウェブルの問いに訊き返すと肩をすくめられた。

 いかんな、顔に出てたか。


「何なら相談に乗るが?」

「……そうだな、一人で悩むよりは良いか」


 ルモールの親身な問いかけに乗ることにした。

 とりあえず、ここ何日かで起きた出来事を簡潔に話してみた。


「結婚するのかい? おめでとう」

「それなら、前祝いでこれから飲みに行かないか?」

「いいな、そうしよう」


 ウェブルとルモールに誘われるまま、適当な居酒屋っぽい店に入る。店員のいらっしゃいませーという声を聞きながら、空いている席に座る。

 お互いの近況を語り合う事になった。酔っ払って話ができなくなっては意味が無いため、アルコール度数の低い酒を頼む。


 ウェブルとルモールの二人はまだ十四才だが戦場に立った結果、一人前の立派な大人の仲間入りをはたしたとカルアンデ王国から判断されたようで、酒を飲むのは問題ないと言われたそうだ。

 王国、意外と融通が利くな。


「二人は今後どんな予定を立てているんだ?」

「僕は和平派閥の外交官のメッケルさんの紹介で将来外交官になってみないかって誘われてさ、興味があるからその道に進もうかなって」

「勇者部隊の仲間数人も含めてなんだが、俺の場合は近衛騎士のワルムさんからの推薦で近衛騎士にならないかと言われてな。何人か乗り気らしい」


 俺の問いにウェブルとルモールが順繰りに語る。

 魔王城決戦でお世話になった二人か。青田買いですね分かります。


 勇者部隊に所属して危険な橋を渡った結果、若さと勇気が認められたか。

 短い付き合いだけれども、二人の人となりは知っている。家柄に難癖をつけられなければ、出世に響くようなものは無いだろう。

 仲間の未来ある栄光に眩しさを感じ、嬉しくなる。


「順風満帆そうで何よりだな」

「そういう君はどうなんだい?」


 俺の感想にウェブルに訊き返され、これまでの経緯を話すことにした。


「帰還は先送り、か」

「え、あのメイドを妊娠させたのかい?」


 ルモールは腕組みをし、ウェブルは目を見開いて確認してくる。

 ウェブル、もうアルコールが脳みそに回ったのか? 認識がずれてるぞ。


「させられたんだ、眠らされたうえでの介入受胎でな」

『ええ……』


 二人はどん引きした。俺だって当事者じゃなければ同じ反応をしただろう。


「それで、今から一年くらいはこっちに留まる事になったんだが、どうやって過ごせば良いだろうか?」


 その問いに、二人が顔を見合わせる。


「うーん、俺たちは魔王領内の見学を終えてついこの間帰ってきたところなんだ」

「王国からも帰国命令が来ていて、そろそろ帰る準備をしなきゃいけなくてさ」

「そうなのか」


 二人は忙しいようだ。


「俺は王国から何も言われてない。仲間外れか」

「まだあっちじゃ主戦派閥の生き残りがお前を憎んでるって話だから、行かない方が良いぞ」

「結婚式は二ヶ月後だっけ? その頃また来るからさ」

「ありがとう。というか、主戦派閥の憎悪対象って俺だけなのか……」

「君さえカルアンデに来なければ良かったのにって言ってるらしいよ」

「理不尽すぎる」


 残念そうに言うと、ルモールとウェブルが諭してくれたので礼を言う。

 じゃあ、今度は結婚式で会おうと約束してお開きとなった。


◆     ◆     ◆


 巨人練兵場ヘ顔出しした俺に会ったセシルが話があると言って、人気のあまり無い練兵場の端ヘ案内された。

 近くに人がいない事を確認した彼女が開口一番結論を言ってくる。


「恐れ入った。妊娠とはな」

「弁解させてくれ。不可抗力だ」

「詳細は魔王様の副官から聞いている。災難だったな」

「そう理解してくれて助かる」


 普通はどういう事かと男に詰め寄るものだと考えていたが、彼女は違うらしい。


「ノリオへの想いの強さはあの娘の方が上だ。その点については敵わない」

「……良いのか?」

「構わない。私個人から見て彼女は特に嫌っていない。私にない明るさを持っているのがうらやましい」

「そうか」


 冷静に評価、判断できるのは凄いな。


「ところでノリオからあの娘を見た場合、今も苦手なのか?」

の事がちらついて戸惑っているが、いずれ慣れると思う。……時間が解決するだろうな」


 俺も重婚の決定に色々考えたが、感情に折り合いをつけることにした。


「それなら良いんだ。結婚後のぎくしゃくした生活は好ましくない」

「前向きだな」

「重婚を誘ったのは私だぞ?」


 胸を張る彼女に俺は苦笑するしかなかった。


◆     ◆     ◆


 魔導通信機で定期的に連絡を取り合っているコリンズに今回の経緯を伝えていると、横からある人物に割り込まれた。


『話は聞かせてもらった。……結婚式は何時だ? 俺も参加しよう』

「そのお声は、カルアンデ王国国王ウェスティン陛下」

『何か発音がおかしかったが、まあ良いだろう』

「およそ二ヶ月後です」

『ではその時に会おう』


 王様はそう告げると沈黙した。


「もしもし、国王陛下? ……何だったんだ一体」

『さあ……』


 と、コリンズと二人して首を傾げていた。

 ちなみに、すでに王様には魔王に立ち向かった学園生たちやモンリー中隊に手厚い報酬を頼み、快く引き受けてもらった。


◆     ◆     ◆


 そして結婚式当日。

 世界各国の要人が集まる中での魔王による戦争終結宣言と俺たち三人の結婚の挙式に万雷の拍手で迎えられた。

 要人たちから少し離れた所にウェブルたち勇者部隊の面々も正装姿で参列しているのが見えた。

 偉い人たちとの挨拶優先なので、彼らと話すことができるのは式を終えてからかもしれない。


 同盟国からは知らない顔ばかりだが、カルアンデ王国からは国王ウェスティンと魔術師ビョルンとコリンズ、メッケルその他が参加していた。

 コリンズが言っていた通り、主戦派閥はいないようだ。せっかくの式典を滅茶苦茶にされては困るからな。


 壇上に立った各国要人の祝辞の言葉を聞きながら、召使から受け取ったワイングラスを傾け、酒を軽く口にする。

 …………毒は無さそうだな。まあ、グラスに毒無効化の刻印魔法を施してあるから大丈夫だろう。


 長々とした祝辞を聞き終え、パーティーが始まった。

 予想通り各国要人たちが俺の元に訪れる。

 同盟各国からは魔王領との戦争で主力部隊が壊滅し、彼らの勇者たちもこの世を去った今、短期間で終結へと導いた俺に感謝しきりだった。


 皆、どこもかしこも戦争で経済状態がやばかったようだ。

 消滅した軍事国家領を分割して手に入れた各種鉱山で、かなり失われた国庫の中身の埋め合わせをするらしい。


 各国が戦争前の軍事力を取り戻すのに最低でも三十年はかかるだろうとの見方から、それだけの間は仮初かりそめの平和が訪れるだろう。

 カルアンデ王国国王からも感謝された。


 報酬の宝石の件については魔法で故郷の日本に年金として定期的に送ってもらうよう頼み込み、認められた。

 これで日本では多少余裕のある日常生活を送る事ができるだろう。


◆     ◆     ◆


 結婚式を終えてから四ヶ月後。

 魔王領内の魔王城の廊下で待つ俺とセシルの所に甲高い泣き声が扉越しに響いてきた。


「生まれたか」

「の、ようだな」


 俺とセシルの短い会話の後、少ししてから扉が開いた。

 看護師に室内へ案内されると、ベッドに横たわったローナがまだ苦しい呼吸をしていた。


「直に落ち着きますよ。心配なさらないで下さい」


 落ち着きのない俺に産科医がそう言った。

 この道何十年の玄人くろうとが言うなら間違いない。

 一度深呼吸するとローナの顔の傍でおくるみに寝かされている赤ん坊を見る。


「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」

「でかした、ローナ!」

「ふふん、頑張りましたー。……でも、まさかこんなに痛いとは思いませんでした」


 額に汗を浮かべたローナが満足げな顔でのたまった。

 本当に頑張ったな。

 なお、俺とセシルの間に子は出来なかった。どうやらまだ彼女に生理が来ていないらしい。

 随分遅いな。……ま、そんな事もあるだろう。

 時期を考えると、日本に帰還してからでも遅くはないだろう。


「男の子なので、約束通り名前は虎太郎にするよー」

「ああ」

「次、女の子だったら私に名付けさせてねー」

「分かった」


 額から汗を流しながら主張するローナに頷いた。


◆     ◆     ◆


 日本への帰還はローナと虎太郎にセシルを連れて行くことになった。

 三人を受け入れた俺は本格的に彼女たちに日本語と日本の文化、社会常識を教える。


 魔王のところに厄介になって一年半も経った頃、魔法の文字や刻印魔法を一通り学び、教師からこれなら一人だけでも食べて行けるだろうと太鼓判たいこばんを押され、虎太郎の首が据わった事だし地球へ帰る決心をした。

 魔王領でも日本に送る儀式魔法が可能なため、カルアンデ王国へ経由せずに便利だから受け入れた。

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