第十六話 情報収集

 俺はウェブルたち勇者部隊に手伝ってもらい、手分けして兵たちの聞き込みを始めた。

 俺も率先して各部隊を訪問することにした。

 途中経過だが反応はかんばしくなかった。

 最初は平民出身の勇者と聞いて歓迎してくれるのだが、部隊の大半が魔法学園の貴族の生徒たちで占めていると言うと、途端によそよそしくなるのだ。


「すまんが、うちで勇者殿と協力できることは何も無い。悪いが他をあたってくれないか」


 そんな断り文句を言われたことも一度や二度ではない。

 これは同様に聞き込みに回っている他の生徒たちも望み薄かもしれないと、暗澹あんたんとした気分で次の部隊を訪れる。

 カルアンデ王国に召喚された勇者だと名乗り、この部隊の隊長と面談したいと伝えると、応対した兵士が少々お待ちくださいと言ってその場を離れた。

 十分ほどして兵士が戻って来た。


「モンリー中隊長がお会いになるそうです。案内します」


 兵士に連れられて歩く。

 ここまでは他の部隊と同じ展開だ。さて、どうなることやら。

 天幕が張られている場所に案内され、中に入ると、木製の椅子に座った兵士よりも少々良い鎧を着た男が木製の椅子に座っていた。その男が口を開く。


「モンリー隊長、勇者殿をお連れいたしました」

「ようこそ。まあ、まずは座って下せえ」


 モンリー中隊長の対面の椅子に座ると、従兵が木箱の上に置かれたカップに茶を注ぐ。

 従兵にお礼を言って茶を飲む。


「悪いね、ここも戦場なもんで良い茶が手に入らねえんだ」

「俺は平民の出だから気にしないでくれ」

「へえ、それにしては所作がキレイだな」

「ああ、母親が特に礼儀作法に厳しくてな、話し方から食事の仕方まで……あ」

「どうした?」

「そういえば、没落したけど良いとこの出の末娘とか親戚に聞かされた事あったな。それでか」

「礼儀作法は習っておいて損はないと思いますぜ。貴族どもから舐められなくなるからな」

「それは一般庶民でも同じだと思うぞ」

「そうですかい。ところで勇者様は俺たち平民部隊に何の用だい?」


 正直に事情を話すことにした。

 この国に召喚されてから王立魔法学園で過ごした事。戦況の悪化で訓練期間を短縮された上に、全体の半数近い生徒たちまで動員された事などだ。


「ほうほう、それだけじゃないんでしょう?」

「集団戦、特に対魔族戦の経験が圧倒的に足りてない。そこで相談なんだが、モンリーさんの部隊が俺たちに教えてほしい。できれば教育が終わった後も共闘したいんだが、できるか?」

「ふうむ、事情は分かりやした。教える事はできやすが、一緒に戦う事は無理かと思いやす」

「理由を聞いても?」

「俺の部隊も先の戦いであわや壊滅かと思った時、前の隊長、貴族出身の奴何ですがね、そいつが機転を利かせて俺たちを無事にとはいかなかったんですが、返してくれたんですよ。そいつが殿を務める最中に死んじまいやして。その隊長を俺が継いだんですが、命を救われた恩があるからなるべく勇者様を助けてやりたいとは思ってはいるんですよ。けれど再編されたこの部隊は貴族の横暴な指揮のせいで死にかけた奴らがいっぱいて、勇者と共に行動する貴族どもと仲良くできないと考えている奴らが大半なんです。そこんところは分かって下せえ」

「どうすればいい」

「行動で示して下せえ。勇気を見せて血を流して、それを部下たちに見せてくれればきっと分かってくれるはずです」

「分かった、貴重な情報をありがとう。それと、これは前払いだ」


 そう言って俺はマントの中から倉庫からもらってきた度数の高い酒瓶さかびんを三本渡す。


「こいつはどうも。……これは貴族の士官しか飲めねー酒じゃないですか、良いんですか?」

「貴族の大勢が死んだ今、宝の持ち腐れだ。部下たちと分け合って飲んでくれ」

「部下たちにもこいつはいい気晴らしになる。勇者様よ、ありがとう」


 要塞司令官に掛け合って兵士の嗜好品である酒を手土産に持って行ったのは正解だったようだ。


「安武、安武典男。それが俺の名前だ」

「じゃあヤスタケさん、これからよろしくな」

「こちらこそよろしく」


 というわけで、俺はモンリー隊と契約を交わし、百点満点とは行かずともある程度の交渉の成果を上げたと思う。

 森の中で学園生徒たちが適当な場所に宿営地を作った所へ戻ると、通称「勇者部隊」所属の主だった分・小隊長たちに獲得した情報を開示しあう。やはり仲間たちの結果は芳しくなく、他部隊との連携が取れそうにない。

 最後に俺がモンリー中隊との連携の条件を伝えたところ、皆一様に不安がった。


「一応、魔族との戦い方を教えてもらえるから、頑張って覚えよう」

「それしかないのか……」

「明日から、まずは軽く座学から入るだろうから気楽にいこう」


 彼らをはげますが、表情が暗い。

 カルアンデ王国軍全体の士気は総じて高くない。こんな状態で敵に攻め込まれたらひとたまりもないだろうが、肝心の敵が来ないので多少気が抜けていても問題はないのだろうか。


◆     ◆     ◆


 翌日、勇者部隊のみ六十七人がモンリー中隊に会いに行く。

 最初、俺の背後にいた学園生に対しにらんでいた連中は、皆が若すぎるうえに女子も混じっていることに驚いたようだ。

 兵の一人が学園生に声をかける。


「おい、そこのお前、年幾つだ?」

「十三才です」

「……俺の息子よりも若いじゃないか」


 呆然とする兵たちを尻目にモンリー中隊長に会う。


「約束通り教えてもらいに来たぞ」

「おう。……あのさヤスタケさん、後ろの奴ら、皆戦場に行くのか?」

「そうだ」


 後ろをちらりと見やると様々な表情の学園生が見えた。大半は緊張していたが、顔を青くしている生徒もいる。


「ここまでひでえのかよ……」


 モンリーが小声で天を仰ぐ。

 皆にはまだ伝わってないようだが、他の同盟各国はもっと酷いことになっている事は言わないでおこう。


「勇者以外のお前らに訊くが、本当に戦えるのか?」


 モンリーが半信半疑ながら念を押すと生徒たちが口々に戦えますと答えるが、若干じゃっかん声が震えている。

 言えただけでもましではなかろうか。

 モンリー中隊長は部下たちへと顔を向ける。言葉は無かったが部下たちの困惑した表情から察するに、想定外だったらしい。

 モンリーは部下たちに命令した。


「お前ら、ちょっとそこで待ってろ。……勇者殿、こっちへ。話がありやす」

「分かった。……皆、少し待っていてくれ」


 学園生たちに頼むとモンリーに連れられ、その場を離れて行った。


「話って何だ?」

「ガキが戦ごっこをするとは聞いていたが、あそこまで幼いとは思いやせんでした」

「何才くらいだと思ってたんだ?」

「てっきり十八才以上だと。……くそ、これじゃあ俺たちが弱い者いじめをしてるだけじゃないか」

「自覚できてるだけ大人だよ」

「何で王様はあんなの寄越したんだよ」

「正確には主戦派の議員たちに押し切られた。和平派の議員の数が少ないせいだな」

「これだから現場を見てねえ政治家どもは……!」


 モンリーは苛立ったのか、地面を踏む。


「なあモンリーさん、ここは俺の顔に免じて、戦場に立つときも協力してくれないか」

「……昨日約束したばかりのことを変えるわけにはいかねえ」

「なら、俺たちが敵と戦って危ないと思ったら、駆けつけて助けてくれ。どうだ?」

「…………その条件なら約束を破っちゃいないな。分かりやした、それで手を打ちやしょう」


 俺とモンリーが皆の所に戻ると、早速座学が始まった。

 開戦からこっち、モンリー中隊に所属していた兵たちが戦った敵の種類や外見の特徴、長所、短所、構成、対処法などを色々学ぶ。

 モンリー中隊に教えてもらっている学園生たちは、平民出の兵たちに荒っぽく教えられるが、学園の教官と比べて少し怖いくらいで済んでいることに戸惑っている。へまをすると殴られると思っていたようだ。


「いいか、現時点で最悪の敵は巨人だ。こいつらはかたすぎて物理攻撃がまず通らない上に、魔法攻撃にも耐性がある。今のところ罠にめて身動きをとらせないようにしつつ、とっととずらかることしかできない相手だ」

「倒せる方法は?」

「今は無い。立ち向かった奴らは皆死んだ。いいか、こいつを見たらすぐに逃げろ。隣にいる仲間が転んでも助けるな、とにかく一歩でも遠くへ逃げるんだ。逃げるだけなら生存確率は上がるからな」


 講義を受けながら学園生たちは経験という知識を頭に叩き込む。

 ある時はこの辺の地形図を引っ張り出して図上演習も行った。どこで攻めたり、迎え撃つかを検討する。

 またある時は実地訓練もしようとしたが、その段階になって上層部、正確には主戦派を中心とした政治家たちからいつになったら戦うのかとせっつかれ、それ以上の訓練は出来ずに攻め込むことになった。


◆     ◆     ◆


 いざ出陣。

 勇者部隊の後をモンリー隊がついてくる。

 モンリー隊は俺たちのすぐ後ろで名目上、俺らを見張ることになっている。本当はいざと言う時の助っ人役なのだが、そのことを知らない学園生たちは不平不満を漏らすが、連携が取れないまま放置されれば、待っているのは破滅だ。


 表向きは先頭に立つことになった。

 軍事国家領内は人口が激減したせいもあって、畑の草は伸び放題となっていて、道無き道を歩くのは難しい。それというのも、道路はどこからか魔族が監視していて、歩けばたちどころに通報される仕組みになっているようだ。

 このため、俺たちは畑の中を突っ切って行くのだが、人の背丈ほどもある草を刈り取りながら、ふかふかしている地面を歩くので時間がとにかくかかる。


 面倒くさくなった俺は一計を案じ、闇魔法ドレインで植物の生命力を吸い取り、部隊が通る場所だけの草を枯らせていく。その上を俺たちが踏みつけていくので、多少なりとも進軍速度が上がった。

 晴れた空が広がっていた。静かな空を見ていれば戦なんてなかったと思わせるが、残念ながら現実は甘くない。

 空にポツンと一つ優雅に飛ぶ鳥がいた。

 いや、鳥ではないな。あの特徴的な翼の形は幼年偵察隊のものだ。


「あれは偵察隊ですね。何をしているんでしょうか?」

「あれの下に敵がいやす」

「そうなんですか?」

「まだ距離があるので大丈夫でしょう」


 学園生の一人がモンリーにたずねると明確な回答が得られた。


「見ていて思ったんだが、なんで幼年偵察隊は敵の妨害を受けないんだ? こう言ってはなんだが撃ち落とされる危険性があると思うんだが……、彼らに自衛手段はあるのか?」

「風魔法でしか身を守る手段がなかったはずです。しかも、あの年で一度に二つの魔法を同時に使えるとは思えません」

「最初はばんばん落とされてやしたよ。そのうち敵がやらなくなりやしたが」


 俺と質問と学園生の一人の見解にモンリーははっきりと答えた。


「落とさなくなった、ということは……、敵も相手が幼児だと知って憐憫れんびんでもいだいたのか? それにしてもよく任務にのぞめるな……普通拒否するだろうに」

「彼らの家庭環境、経済状況が思わしくないんです。一人でも任務をこなせるくらい技術も頭もいいから、自身の立場をよくわかっていて、家族のために頑張ってしまうんですよ」

「過酷な任務な分、給料もわりと高めなはずなんですが、大半を仕送りに使ってるとは聞きやした」

「色々言いたい事はあるんだが、俺がとやかく言うことじゃないな」


 俺の感想にジャックとモンリーが彼らの事情を説明する。

 俺に軍事的な才能があるわけではないので、余計な口出しは控える。正当な報酬が支払われているのならそれで十分だろうし、この世界に人道的なものを期待するだけ無駄だろう。俺一人が世の中を変えようだなんて思い上がりもはなはだしい。

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