第10話 べんきょう
「なんだか、ご機嫌だねぇ」
お母さんが晩御飯を作りながら、ドラマの刑事さんみたいに探る視線でそう言った。
僕は、今日もリトルホテルに行く気だ。チェックインは済んでいる。今日は、夜10時半って書いてあった。
リトルホテルに宿題を持って行って、問題を解く。
だから、家に帰ってきてから宿題をしてない。ずっと遊んでたんだ。すごく楽しく時間を使えてる。顔に張り付いたニヤニヤが取れない。
お母さんはそんな僕の顔を見て、「ご機嫌だね」と言ったのかもしれないけれど、それだけじゃない。
お母さんだってニヤニヤしてる。
「そういうお母さんも、なんだか今日、ご機嫌だね」
「分かる〜?」
やっぱり。
「今日、お仕事でね、頑張ってるからって表彰される人に選ばれましたって言われたの!」
「へぇ、すごいじゃん!」
「今度、ちょっとご褒美? でね、表彰状と、ちょこーっとお祝い……お小遣いもらえるんだぁ。何に使おっかな。みんなで美味しいもの、食べに行く?」
「いいね。焼肉食べたい」
「おお……回らないお寿司は?」
「そんなにたくさんもらえるの?」
こういう、いいことがあった時のお母さんは、ちょこっと子どもっぽい。
お風呂に入って、歯を磨いて。教科書とノートを抱きしめて、布団に入った。入ってからガチャって玄関が開く音がして、お父さんの声も聞こえてきた。
話をしたいけど、でも寝なくちゃいけない。
この後、宿題をしなくちゃいけないんだから、眠るのに失敗できないもん。お父さんは、我慢だ。
ひつじを数えていたら、そーっと部屋の扉が開いた。ちょこっとお父さんが覗いたみたいだ。「おやすみ」と小さくて優しい声が聞こえてきた。
気づいたら図書室みたいな部屋にいた。ちゃんと教科書もノートも持ってる!
「おっす、コウジ!」
遠くの机に、タイチたちが居る。もう、ユズキに勉強を教えてもらってるみたいだ。
静かにしてなきゃいけないはずの図書室が、なんだか騒がしい。
騒がしいけれど、みんな遊んでいるわけじゃなくって、勉強してる。たぶん、リトルホテルの図書室は、勉強するためだったら喋ってもいいんだ。なんか、すごくいい場所に見える。だって、勉強していて、教え合いたいときとか、話せないのが不便だったんだもん。ちょっとでも話してると、図書委員の人に「しー」ってされちゃって、それでやる気が無くなったりするんだもん。
「やっほー」
「さ、宿題片付けようぜ!」
僕も、教科書とノートを開いた。
「あ……」
「どうした? コウジ」
「筆箱忘れた」
教科書とノートは確かにぎゅっと抱きしめたけれど、筆記用具のことをすっかり忘れていた。
「みんな、荷物になるから余計に持ってきてないんだよな……」
ケイが申し訳なさそうに呟いた。
近くのテーブルでお絵描きをしている子が使っている鉛筆には、リトルホテルって書いてある。貸し出し用?
僕は「貸してもらえないか、聞いてくるね」と言って、図書室の係の人が居るところへ行った。
「あの、筆記用具を貸してもらえませんか?」
「構いませんよ。どうぞ」
差し出された消しゴム付きの鉛筆を受け取り、お礼を言って席に戻る。ユズキの解説に、途中からだけど食らいついた。普段は僕ひとりで宿題をこなしてる。いつもだって、ちんぷんかんぷんってわけじゃないから、途中からでもなんとかなった。
宿題を進めるにつれて、僕はどちらかというとユズキサイドになった。その時に、気づいたことがひとつある。それは、教えるってすごく勉強になるってことだ。教えるためには分かっていなくちゃならなくて、分かっていても、答えを言ってしまったら教えるってことにならないから、答えを言わないように気を付けなくちゃならない。これがけっこう、難しい。
解くだけじゃなかったからか、いつもよりもすごく頭を使った気がする。でも、ヘトヘトじゃない。みんなで勉強をするの、すっごく楽しかったから!
「おっしゃー! おしまい!」
タイチがんんーっと伸びをした。スッキリした顔だ。
僕は図書室を出る前に、係の人にまたお礼を言って、鉛筆を返した。
フロントに行って、鍵を貰う。
みんな勉強をして腹ペコになったから、一旦部屋に行って、教科書とかノートを置いてから、レストランで集合することにしたんだ。今回は、何メモリとかない。休憩しないで、すぐに集合だ。
鍵を貰って、廊下を進む。また部屋が見つからなくて、違う館に迷いこんじゃったらどうしよう、ってすごく不安になったけれど、ちゃんと見つけられた。今回の部屋はユズキの部屋の隣だった。
やっと、自分の部屋に入れて、安心した。
教科書とノートを置いて部屋を出たら、ユズキが待ってくれていた。部屋につくまで、「僕、この前部屋を見つけられなくて迷子になったんだ」なんて話をしたから、気をつかって待っていてくれたらしい。おかげで、レストランに行くのは初めてだったけれど、ちゃんと行けた。
みんなは「レストラン」と言っているけれど、なんだかフードコートみたいだった。窓口で注文して、その場でトレーにのせてもらって、空いた席で食べて、返却口に食器を返しに行く。そう、そんな感じ。フードコートと違うのは、お金を払わなくても食べられるってことくらい。
料理をしている人たちも、もちろんと言っていいのか、同じくらいの子たちだった。ちょっとだけ、大人びている感じがする。大人びているっていうか、落ち着きがあるって言えばいいのかなぁ。僕より背が低い子もいたけれど、ちょっとだけロボットみたいに、てきぱきとお仕事をしていた。
僕はミックスフライ定食を注文した。サクサクの揚げたてエビフライにコロッケ、唐揚げ。ご飯にお味噌汁、サラダもついてる。
「いただきます!」
みんなのご飯がそろったから、手を合わせて挨拶をして、モリモリ食べた。
美味しい。お母さんのご飯くらい美味しい。本当にあの子たちが作っているんだろうか。なんて、勘繰りたくなっちゃうくらいに美味しい。
「ごちそうさまでした!」
「おなかいっぱい!」
「寝るかぁ」
「えぇ、もう帰るの?」
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