第41話

「あなたが積極的に動いてくれるのなら、私も少しだけ新しく仕掛けてみたりしてみようかしら?」

「……既に嫌な予感がするけど、どんなことをするつもりなんだ?」


 もはや定式化した薄暗い部屋の中で、二人のアフタートークが続いていた。


「あら、随分と酷い言いようね? 先程までのあなた自身を思い返しても、その言葉が出るのかしら?」

「……うるせ」


 そう言って、麗羽の体に顔を埋めた。


「で、何をするつもりなんだ?」

「そうね……。ちょっとあなたに話しかけたり、メッセージの返信をしなくなるとかどうかしら?」

「何でそうなる!?」

「あなたが少し押してくれるなら、私は試しにしっかりと引いてみてもいいのではないかと思ったの」

「ついさっきまで、『お互いのらしさが無くなってはダメ』とか散々言ってただろ」

「確かにそうね。あなたの場合は無理したららしさが無くなりそうだけど、でも私がちょっと違うことをしたくらいでらしさが無くなると思うかしら?」

「……いや、絶対に無いな」


 彼女がどんな行動をしていても、言葉にし難い「麗羽らしさ」というものが失われるということは、どう考えてもありそうにない。


「でしょう? だから、私の心配をする必要はなくてよ?」

「……だからって、そんなことする必要ないだろ」

「そうかしら? 駆け引きとして、引いてみるのもありとか言う話を聞いたことがあるもの」

「いやいや、お前がそんな世の中の適当な意見を参考にするなんてらしくない。早速、お前らしさが無くなってる。それにさっきの話にも出たが、俺達は色々と普通じゃないから、世の中で普通って言われることは合わない的なこと言ってただろ」


 悟がそう言うと、堪りかねたように麗羽が笑い始めた。


「ふふ、もう素直に言ったらいいじゃない。『それは辛いから止めて欲しい』って」

「マジでそれはきついから止めてくれ。そんなことされたら、頭おかしくなると思う」


 いつもなら軽く抵抗するのだが、彼女の促しに即答した。


「それは何故かしら? ちゃんと具体的に言ってくれないと分からないわ」

「……何故って言われても、辛くなるからってしか理由がないだろ」


 悟はちょっとだけ不貞腐れたような態度で、より麗羽を抱きしめる力を強めた。


「ふふ、この状態ではどっちが男か女か分からないわね。本当に寂しがり屋の構ってさんになってしまったってわけね」

「……これも俗に言うお前に『染められた』せいだと俺は思ってるから」

「あら、都合の良い時だけはそういうこともうまく利用するのね。悪い人なこと」

「事実を言ってるまでよ」

「そうなのであれば、表面的に嫌がる振りをするのを止めなさい? 毎回言っているけれども」

「だって……。誰か見てるかもしれないし、何か恥ずかしくないか?」


 こういうところでいちゃつくならいくらでも出来るが、外で誰かが見てるかもしれないところではやはり気が引けるわけで。


「別に、周りに見られて分かるくらい食い気味に反応しなくていいじゃない。普通に肯定的な反応をするだけでいいのだし」

「まぁ要するに表面的にもちょっとは素直になれよってことだな?」

「端的に言えばそういうことね。こういう場では私にいくらでも愛の言葉を囁やけるでしょう?」

「まぁ……。普通に出来るけど」

「そうなのだから、特に難しい話だとは思わないのだけれども」

「まぁ、今後は善処するとするよ」

「あら、随分と素直に聞き入れるのね。いつもならもう少し駄々をこねる印象があるのだけれども」

「……そんなことして、お前が引いてみる戦術したりでもしたら耐えられないからな。大人しく聞き入れることにする」

「ふふ、随分と効果があったようね。今なら、何を言ってもしてくれそうね?」

「………」


 その後、彼女に再びいいようにされたのは言うまでもない。



 ※※※※


「うーん……」

「え、何でそんな難しい顔してんの? お前にそんな顔、全く合ってないんだが」

「それって、遠回しにバカって言ってるでしょ! 征哉にだけは言われたくないね!」

「じゃあ、誰にだったら言われてもいいんだ? 悟とか悟とか?」

「た、高嶋君は関係ないじゃん……!」


 いつも通り部活帰り、難しい顔で考え事をしていた瑠璃を征哉が茶化していた。


 そんな中で、悟の話を出すとやはり大きく動揺したようにちょっとだけ乙女な顔になる。


 改めて茶化す度に、「こいつは悟に本気で好意を寄せているのだな」と征哉としては思わされる。


「……ちょっと悪くないなって思ったろ。悟にバカにされるの」

「うるさいな!!!」

「で、何をそんなに考え込んでるわけ?」

「……初音さんの彼氏って、誰だと思う?」

「あー、そのことか。って、お前としては初音さんのこと好きじゃないだろ。何で気になるのさ」

「うん、嫌いだよ。でも、付き合ってる相手は気になっちゃうね」

「まぁまさかの校内にいるっていう、すごい事実が発覚したわけだしな」

「色々と聞き込みしたけど、有力候補が全部違うんだよなぁ……」

「あれだけの有名人の相手が分からないって、相当だよな」

「本当にね。こうなってくると、もうその相手が"嘘をついている"としか思えないんだよねぇ……」

「嘘? どういうこと?」

「実は初音さんと付き合ってるけど、『付き合ってる人なんて居ません』って周りには言ってるってこととかかな?」

「うーん、言いたいことは分かる。でも、そんな事するやつ、普通は居ないと思わないか?」

「うん、征哉のツッコミは合ってると思う。男も女も、高校生にしたら付き合う相手ってステータスみたいに見られることもある。確かに初音さんのことは嫌いだけど、男からしたらあんな人と付き合えたら、絶対に自慢するはずだし」

「だろ?」

「でも、そういうスクールカーストに興味ない人やそれよりも大事にしてるものがあるのなら……。敢えて隠してるって線もある」

「??? いやいや、その仮説だとしたら初音さんもあんな匂わせしないだろ」

「確かに、その辺りがよくわからないんだよなぁ。マジで謎」

「アプローチだるいから、フェイク彼氏的なやつなんじゃねーの?」

「いや、だったら校外に居るって勝手に周りが思ってたのを敢えて崩す必要あった? それに、女の直感的にあの感じで男が居ないとは思わない」


 征哉としては、漠然とした勘という言葉に笑うしか無いが、女の勘が鋭いことは瑠璃や周りの人間関係を通してそれなりに分かっていた。


「……現時点で彼女居なくて、女子から評判の良い男子って誰が居る?」

「うーん、そんなやつ居るかなぁ……。って居たわ、一人」

「誰?」

「お前も分かってるだろ、悟だよ」

「……確かに。でも、前に征哉が『高嶋君には彼女居ないから』って言ってたじゃんか!」

「まぁそうなんだけど……。そうやって瑠璃の推理を聞くに、何だかそれが本当なのか自信が持てなくなってきてんだよなぁ……」

「おいおい、親友大丈夫かよ!」

「いや、いつもあんな感じで物静かでさ。俺が畳み掛けないと言わなかったり、動かなかったりすることかなりあるからなぁ……」


 確かに征哉としては、悟と一番仲良くしている。

 しかし、まだ分からないことが征哉の中でもあったりした。


「前回も言ったけど、悟についてもっと調べたり聞いていくしか無いなぁ……」

「確かに前もそんな結論になったよね。ただ、私はクラスが違うからなかなか難しいんだよねぇ……」

「これからは行事が増えてきて、クラスの垣根を超えて動くことが増える。そこで接点を作っていくべきだろうな」

「なるほど! 征哉にしてはまともな意見が出たじゃんか!」

「失礼なやつだな!」


 瑠璃の生意気な一言に、征哉は笑うしか無かった。

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