モテ始めた俺、とある女子に染められたのが理由です。

エパンテリアス

プロローグ

 高校二年生という時期。

 それは青春という言葉が指す期間の中で、最も的確といえる時期ではないだろうか。


 高校生活にも慣れてきたタイミングであり、部活を始めとした校内での活動の中心的な位置になる。

 そして、徐々に頭に入れないといけないとは言っても、まだ受験などの大きな試験が控えているわけでもない。


 まさに、日々の生活に全力で向き合って楽しめる時期と言えよう。


 そんな時期の学生たちの最大の関心事と言えば――。


「おい、悟。お前知ってるか?」

「あ? 何の話よ」


 四月に見合わぬやたら強い紫外線を屋上で浴びながら、高嶋悟は野菜ジュースを飲みつつ、友人の西野征哉の話に耳を傾けていた。


「一年の時に同じクラスにいた、成宮ってやついただろ?」

「あー、居たね。三学期に入ってくらいから俺らともちょこちょこしゃべったりしてなかったっけ?」

「そうそう。なんとそいつさ……。お前のことが好きらしいんだよ!」

「……そうなのか」

「え、反応薄過ぎじゃね? 普通に可愛い相手だと思うんだが」

「まぁ確かにな」


 よく耳にする「誰が誰を好き」という話。

 しかし、それも自分が当事者になれば多少なりとも浮き足立ったりするもの。


 それも、可愛くて男子から一目置かれるような女子なら言うまでもないだろう。

 今回話に出た成宮という女子も、明るく活発的な子で可愛らしい女子であることは間違いない。

 同じクラス内の男子生徒の中にも、彼女のことが気になっている者が居るという話も耳にしたことがあるくらいだ。


 ただ、悟はただの他人事のようにさらっとした反応しかしなかった。


「だったらもっといい反応しろよ~。ってか、そんなに興味ない相手だった?」

「うーん、どうなんだろ……」

「……まぁいいや。恋愛の話になると、終始イマイチな反応をするあたり、お前らしいちゃお前らしいし。それにしても、最近になって悟のことが気になってる女子増えてるよな? 現にこういう話や、お前に声を掛けようとする子、明らかに増えたし」

「それは自分でも感じてる。一年の最初の頃なんてただの陰キャ極めて、女子に声すらかけられることがなかったのにな。お前の目から見て、俺ってそんなに変わったように見えるのか?」


 悟がそう尋ねてみると、征哉は顔に手を当てて考え込むようなしぐさをしながら悟の顔をいろんな角度から眺め始めた。

 いくら友人とはいえ、普通に気持ち悪さを感じたがその不快さを口にする前に、征哉がその問いかけに対する答えを返してきた。


「この際だから言うが、気持ち悪いくらい変わってると思う。髪型とかの見た目もそうだし、何より雰囲気がただの陰キャじゃなくなった」

「何だそのただの陰キャじゃないって。陰キャに上級種とか居るわけ?」

「いや、そうじゃなくて何と言うか……。普段あんま喋らないのは変わってないけど、何だろ。男に対して言いたくないけど、『良い意味でクール』っていう雰囲気になったというか……」


 確かに、一年の最初の頃に比べて髪型など見えるところで変わったところはある。

 ただ、征哉に指摘されたような内面的変化を悟自身は感じていない。


 これまでと変わらぬスタンスのまま、生活を送っているつもりだった。


「これだけ変わるってことは、絶対にお前の中で何かきっかけがあったんだろ!?」

「それは……」


 征哉に問い詰められ、思わず野菜ジュースの紙パックに刺したストローから口を離して言い淀んだ時だった。


「ふう……」


 校舎から屋上へと出るドアから、一人の女子が一息つきながら出てきた。


 綺麗に整えられた長髪ストレートの黒髪が、屋上を流れる風に揺れており、整った顔立ちとスタイルは、見慣れているはずの悟と征哉ですらハッと驚かせてしまうほどである。


「は、初音さんっ!?」

「あら、二人ともここで揃ってお昼休憩かしら?」


 思わず大きな声を上げてしまった征哉に気が付いて、その女子ははこちらへと近づいてきた。


 彼女の名は、初音麗羽。

 現在の悟と征哉、二人と同じクラスの女子であり、最も男子から注目を集める存在でもある人物である。


 学年一、あるいは校内でも随一とも言われるほど、容姿端麗だと男子から絶大な人気を受けている。

 そして冷静沈着で、成績優秀。

 まさに、才色兼備という言葉はこういう人のためにあるのだろうと思わされるような相手である。


 喋り方が非常に落ち着いておりクールな印象強めだが、意外とどんな相手でも普通に円滑に穏やかに話をする面も持ち合わせている。


 そのため、男子にとっても「可能性が無い相手ではない」と思っている人も多く、アプローチを受けているようだ。

 だが、依然としてそのアタックが成功した者はいない。


 そして、ただ一言「興味が無い」という言葉が返ってくる。


 それだけならまだいい。

 そのお決まりの言葉の上に、しっかりと「あなたに」という殺傷能力高めの単語ももれなくついてくる。

 普段の生活では男子であろうと円滑に話してくれるだけに、その最終回答はより切れ味を増すのだとか。


 そんなこともあって、一年の頃よりは遥かに少なくなったものの、今もアプローチを掛けようと試みる男子もいるようだ。


「そ、そうなんですよ。こいつがにぎやかなところ嫌いなみたいで……。なぁ、悟?」

「……」

「お、おーい?」

「え? あ、ああ。そうだな」


 彼女の姿に気を取られてしまい、征哉に話を振られていることに気が付くのが遅れた悟は、少し遅れてやや適当な返事をしてしまった。

 そんな様子を見て、征哉は何かに気が付いたようにハッとした顔をした。


「お前、もしかして初音さんのこと気になってんのか?」

「え?」

「とぼけるなって! そんなうつろな目で彼女のことを見つめちゃってさぁ! なるほどな、お前が変わったのって初音さんが好きだから自分磨きしてたってことか!」

「い、いや……」

「否定しなくても良いって! それなら成宮を含め他の女子のことが気にならないのにも説明がつくよ!」

「ま、待て。俺の話を……」

「そうとなれば、このチャンスを逃すわけにはいかねぇぞ! 雲をつかむくらい難しいことをしようとしているが、友として応援しないわけにはいかない。頑張れよ」

「お、おい……」


 悟の制止を無視し、言いたいことだけ一方的に言った征哉はその場から立ち上がった。


「二人とも、俺ちょっと用事思い出しちまった! 先に戻るけど、二人はもうちょっとここいると良いよ!」


 そう言うと、颯爽と屋上から姿を消した。


 そして残されたのは、悟と麗羽の二人だけとなった。


「……彼に言われた通り、お話の続きでもする?」

「……それでもいいが、行ったふりをしてのぞき見してる可能性がある。もう少し距離を取って、ドアから物陰になるところで頼む」

「ふふ、とても慎重なのね」


 悟としては真面目に言ったつもりなのだが、彼女にとっては愉快な言葉にしか聞こえなかったようだ。


「誰のせいでその慎重な行動をせざるを得ないと思ってるんだよ……」

「あら、私は以前から言っている通り、『何も気にしない』と言っているはずだけど?」

「じゃあ、俺だけが困るってことで良いよ!」

「あら、そう?」


 悟の言葉に、彼女は控えめに口元に手を当てて笑う。

 そうこうしているうちに、征哉が向かったドアからは離れている上に、物陰になって見えない位置に移動した。


「そう言えば、周りの噂で聞いたわ。あなた、またモテてるらしいわね?」

「……らしいな」

「ふふ、嬉しい?」

「素直に言うと、よく分からない。自覚も無いしな」

「本当に素直な感想を言うのね。で『嬉しい』ってくらい言い返すものだと思っていたのだけれども」

「そんなことしたって、どうせお前には勝てねぇよ……」

「あら、ことにはしたけれど、調教したつもりはないのだけれども?」

「似たようなもんだろ……」

「どちらかというと、今の言葉が私に対してのかしら?」

「もうそれでいいよ……」

「ふふ、可愛いわね」


 ちょっと話しただけで、もう彼女のペースになっている。


「でも、どう思うんでしょうね」

「何がだ?」

「その好きになった男が、他の女に体も心も既に取られてるって知ったら」


 そう言うと、彼女は自分の体にそっと触れてくる。

 それは一体何を指すのか、これまで何度も悟は、よく知っている。


「せ、せめてここでは止めろ! 征哉が見えないからってここまで戻ってきたらどうするつもりだ!」

「あら、私は言ったはずよ? 『何も気にしない』って」

「……」

「だから、この状況が危ないと思うなら私を振り払って逃げるしかないわね?」


 彼女の言葉は事実で、あちら側からは止める気はなく、こちら側から避けるしかない。

 でも、そんなことが出来るならこんなことにはなっていないわけで。


 躊躇しているうちに、彼女は容赦なく間合いを詰めて悟と自分の唇を重ね合わせた。

 どうしてこんなことになったのか。

 

 彼女とは他の皆より知り合うのが早かったというだけ。

 そこから起きた出来事が、ここまで歪な関係性を作り上げるに至ってしまった。


 でも、後悔してももう遅い。

 いや、後悔などしていないのかもしれない。


 あまりにも危険ではあるものの、ただの陰キャだった自分にとってあまりにも甘すぎる上に、どうあがいても抜け出せないところに至ったのだから。

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