第3話 なぜ自分が……

 殴られて金を取られてもいい、今は何もかも忘れてしまいたかった。真田は今月で丁度五十歳になった。全国的に不景気で、正社員でもウカウカしては居られないのは分かっていた。だがまさか自分に白羽の矢が立つとは思わなかっただろう。今の会社には大学を卒業してすぐ入った。世界でもその名は有名な自動車会社だった。

 本当は営業をやりたかったのだが、大学時代は簿記に力を入れていた為。

 経理学が得意だった為に、すんなりと経理課に配属、後に総務課へ移った。

二年前に課長補佐となって現在に至る。大会社にしては四十歳後半では、まぁ悪い方じゃない。だから真田は、自分は会社に必要な人材であると思っていた矢先の事だった。


 今日の午後の事、人事部長から呼ばれて実は……と始まった。

 真田はみるみる顔が青ざめ、部長があとから細々と言っていたが、もう耳に入らない。どう部長が気使いを見せても退職は免れられないのだ。

 その日の退社時間まで、まったく仕事が手に付かなかった。部下達も真田の様子を見て気づいたのだろう。腫れ物に触るのを避けるように誰も声を掛けなかった。自宅は職場である新宿から埼京線に乗ると二十分で埼玉県に入る。

 そこから十分ほどで自宅に近い駅だ。そこから歩いて十五分程度の所に家がある。時刻はもう夜中の十一時過ぎ。

 真田は電車から降りた。だが家族に合わせる顔がない。

 家には妻と高校二年生の娘と大学2年生の息子、それにラッキーと云う柴犬が待っているはずだ。


つづく

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