魔女と魔女を殺す唯一の方法

「結局、君は優しすぎるんだよ」

 ちづらは僕らに向かってそういった。

 そもそも君が私を殺せるはずがないだろ、人の痛みを知る君には。

 そして自分を捨てる覚悟もない、君にはね。

「自分を捨てる……?」

「そうだよ、私を殺すってことは人殺しになるのと同義だからね。たまたま通りかかった女の子の為に人殺しになるお人よしも居ないでしょ」

 確かに彼女の言うとおりだ、血に濡れた手を見たとき僕の体がこわばったのを感じた。

「君は鬼には向かないよ」

 そう言って、笑った彼女の歯は少し印象的だった。

 彼女は最初から分かっていたのだろう、白髪の彼が自身にトドメをさせないことを。

 彼女へのラストチャンスで剣を突き刺し、押し込もうとしたとき。彼の記憶を少し見た。

 彼女への愛と慈しみ、最後の別れの後悔を。

 願いの成就と、彼の想いの相反する二つの感情が結局彼が逃げるしかない道を作ってしまったのである。

 彼は逃げながらもずっと、彼女への想いを忘れないでいた。

 来る日も来る日も、彼女を想い、いつでも願いを叶えられる状態の先に安心な未来があると信じて自分の時間を捧げた。

 そして老い死ぬまで彼女に会えなかったということは、成就する術を見つけられなかったということだ。

 彼の苦悩の一部を覗き見て、それでも僕は彼に同情する気にはなれなかった。


「僕は僕で君が好きでよかったんだよ。巻き込むんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」

 僕は内側に居る、彼に対してものすごい怒りを感じた。

 外側に顕現している白髪の彼は驚く。

 僕の言葉がやっと、僕の口から発せられる。

 なんだかずっとうじうじとした感情が流れ続けることに限界がきた。

 唐突に感情が爆発した僕に二人とも驚いた。

 僕は怒りのまま剣を呼び出す。

 彼女はその剣を見て、目を丸くする。

 そして僕はその剣を僕自身に突き立てた。

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 自分に突き刺す、痛みに悶える僕。

 賞賛があったわけではないが、白髪の彼を追い出すにはこれしかないと思った。

「何をする、こんなことをして自分が死ぬと思わなかったのか」

 僕の口から僕の言葉では無いものが出るが、それを無視した。

 僕自身もこんなに痛みを伴うとも思ってはいなかったが、彼女の受けた傷よりはましだろうし最悪彼女がなんとかしてくれるだろうという思いもあった。

 それでも勝算などない。

 最悪道連れでもいいくらいの気分だった。

 僕の腹から絶え間なく溢れる血が下半身を真っ赤に濡らす。


 血に映る自分の姿には、二重のシルエット。

 僕らの姿は徐々に僕だけの姿へと統合される。

 「はぁはぁはぁ……」

 一旦は彼を僕の奥底へと追いやることが出来た。

 僕は自力で自分に刺した剣を引き抜く。

 刺した時以上の痛みが体を襲うが、歯を食いしばり構わず引き抜いた。

「うがぁぁぁぁぁぁ」

 カランッ――

 引き抜いた勢いで剣を手放すと、剣は地面へと落ちていった。

 腹から腸がぶら下がり、それをしまう気力もなく、そのまま血の海へと倒れ伏した。

 血の海で力尽きる様に目を閉じる間際、彼女が僕の元へと駆け寄ってくるのが見えたが構わず目を閉じた。

「あなたを好きでいたかった……」

 そんな言葉が僕の口から洩れたような気がした……。


 気が付くと、見覚えのない白い天井が見える。

 横を見ると彼女が自分の腕に顔を乗せて眠っていた。

 彼女の髪をなんとなく、思い付きで撫でる。

 撫でられた彼女はどこかくすぐったそうにした。

 しばらく撫でた後、彼女はうっすらと目を開いて僕を見る。

「ば、か」

 彼女はただそれだけを僕に言って、布団に乗せていた頭を起こした。

 僕は布団を腰辺りまで剥ぎ、自分で刺した腹の部分まで服をめくるがやはり跡は残っていなかった。

「やっぱり傷跡は残ってないんだね」

「当たり前だろう、そのための部屋なんだから」

 彼女のその言葉に少し確信めいたものを感じた。

 あそこで作用する対象は、彼女だけではないということだ。

 僕の考察が正しければ――。

「ねぇ」

 彼女は僕の考察に割り込むように言葉を投げてきた。

「なんであんなことしたの?」

 彼女は少し睨むように僕に問う。

「だってさ、ムカついたんだもん」

 笑いながら彼女にそう返すと、彼女がため息を吐きながら呆れた表情をする。

「ムカついたからって、普通自分の腹に剣を突き刺す?」

「僕は正直死んでもいいやってつもりでやったからね」

 僕があっけらかんと答えると彼女からはやっぱり「ばか」とだけ返された。

 それから少しだけいつもと違う雰囲気で談笑をして、僕はもう少し残ると言った彼女を置いて帰り道を行く。

 

 帰りの電車にて――

 電車が自分の最寄り駅に向かう途中、ふと見たガラスにはまた彼が映る。

「これで終わったと思うなよ」と声は聞こえなかったけど、口の形からそういった気がした。

 今回は他の乗客が周りから居なくなることはなく、そのまましばらくしたら何事無く最寄り駅に着いた。


 帰りながら、きっと彼はまだ僕の中に居るのだろう。

 なんとなく腹の中にもったりとした感覚がある。

 それが何なのかはハッキリとは言えないけど、いい気分ではなかった。


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